お誕生日のバルーン

子が産まれない。 友人知人から早産の話はよく聞いていたが、過期産だったという話は聞いたことがなかった。自分が過期産になる可能性なんて考えていなかった。 今までは「社会に出たくないのね。ゆっくりしてね」「私に似てのんびり屋なのね」「お腹からの…

ヨガ教室に通っていた

20代の頃これだという趣味を見つけたくて様々な習い事にお金をつぎ込んでは飽きてやめてきたのだが、ヨガ教室もそのうちの一つであった。 仕事終わりに職場から走って3分ほどのヨガスタジオに直行し、ヨガに励んで帰宅するというイケイケOLみたいなことを1…

里に帰った

里帰りをしてもう1ヶ月近くになる。久しぶりに生まれ育った埼玉の町で生活をして思ったことは、東京で暮らす人の方が愛想が良いということであった。都会の人は冷たいなんて聞くけど、そんなことはない。都会の人の方が感じが良い。少なくともわたしが住んで…

ほくろと小杉

口元にあるホクロはセクシーなんて言われるが、セクシーのセの字の恩恵も受けていないのに私の口の周りには2つもホクロが付いている。この2つのホクロ、小学生のころはすごくコンプレックスであった。 「口元のホクロはセクシー」というよりも「口元のホク…

はじめての入院

たしか4歳くらいの時の話なのだが二階建ての社宅の古いアパートに住んでいた当時、そのアパートに住む子供たちと外で遊ぶことは毎日の日課であった。この日も5、6人で追いかけっこのようなことをして遊んでいたかと思う。子供同士でキャッキャッと遊んで…

諦めきれないG

もうすぐ臨月に入る。随分とお腹も目立つようになり子の胎動も激しく、時々足らしきものが腹の中からウネウネと押し出されてちょっとキモいと思う今日この頃。妊婦生活ももう終盤だと思うと感慨深い。そして今は出産の恐怖を感じながらスクワットに励む毎日…

さとこ先生のジュリアナ東京

satomiconcon.hatenablog.jp 以前書いた記事にも登場する「さとこ先生」は年中・年長さんの時の担任の先生であった。さとこ先生は当時たぶん20代前半で、いつも笑顔で少し茶色く染めたロングのワンレンソバージュと綺麗にカールされた少なめの前髪が動く度に…

不服だった田舎のネズミ

自尊心とはいつ頃から根付くものなのかはよくわからないが、私の自尊心は5歳の時には定着していたと思う。その訳は幼稚園の年中の時のお遊戯会にある。その年のお遊戯会の演目は「田舎のネズミと町のネズミ」言わずと知れたイソップ物語の寓話である。勿論5…

はじめての妊婦

妊娠して8カ月が過ぎた。小さい頃は20歳になったらお嫁さんになって女の子を産んでという人生計画を立てていたが、それから10年経ってもその予定は訪れず、結婚をしない生活をぼんやり考え始めた頃にあれよあれよと言う間に結婚・妊娠そしてあとフタツキもす…

FLOSS OR DIE を閉鎖する

floss-navi.tokyo pcデポで講習を受けるほどインターネット弱者な私ですが、一丁前にサイトを運営していました。フロスを紹介するこちらのブログははてなブログよりも長いことやっており、私のブログライフはここから始まったと言っても過言ではなく結構思い…

はじめてのぎっくり腰

そもそも私は腰弱者なのである。側弯症という背骨の病気を手術した影響で、人よりも腰には気を使って生きていかなければいけないのだ。さらに現在妊婦という要素も加わり、弱点腰の素質はより一層強いものとなっていたのにも関わらず、わたしはそのことなど…

ただの豆だった

最近麻布十番を訪れることが多い。その訳は兼ねてから勤しんでいるピラティスのスタジオが移転し、移転先が麻布十番になったからである。そのため月に2回とか3回麻布十番を訪れるようになったのだが、だいたい昼頃にピラティスの予約を入れるので、その後麻…

丸い男

どういう訳か専門学生時代からいつも眠い。それまでは授業中に寝るということはなく真面目に勉学に励む学生であったのに、専門学生になった途端毎日眠くなって90分の授業を全部寝て過ごすこともあった。隙あれば寝る。授業中以外でもバスや電車の移動中でも…

麻布十番のエレベーターの中で

先日用事があり麻布十番のマンションを訪れた。 用事を済ませ、マンションの12階からエレベーターに乗り1階のボタンを押した。エレベーターの中には私1人だった。ぼんやりエレベーターに乗っていると7階でエレベーターが止まり、茶髪のマスク姿の女性がベビ…

マヨンセとの思い出

初めてインターネットで知り合った人と実際に会ったのは21歳の時であった。その相手の名前はマヨンセといい、マヨンセとはmixiで知り合った。mixiには同じ趣味や関心ごとを持つ人達が集まるコミニュティーというサービスがあり、私もいくつか入っていたのだ…

初めて見た芸能人は藤原組長だった

通っていた小学校の近くに藤原組長が住んでいた。私が藤原組長のことを知ったのは小学校3年生か4年生の頃で、知ったきっかけは「おまえは藤原組長を見たことがあるか?」という同級生らの問いかけからその存在を知ったのであった。藤原組長を見かけたことが…

カレー

好きな食べ物は何かと尋ねられて一度たりともカレーと答えたことはないが、今日はカレーだよと言われたらなんか嬉しかったり、時々無性に食べたくなったり、晩御飯のメニューが全く浮かばないときに「そうだカレーにしよう」となんとなくカレーにしてみたり…

キキララのバイト

若かりし頃、12月に入ると決まって話題になるのがクリスマスをどう過ごすかということであった。勿論ピチピチギャルであった私もクリスマスには思い入れがあり、彼氏のプレゼントを何にしようとかちょっといいホテルに泊まりに行きたいわとかクリスマスに着…

裸の付き合い

大きな風呂にのんびり入りたい。と、ふと思い立って近所の銭湯に行ってみることにした。街中にある銭湯に行くのはこれが初めてであった。 銭湯に行く前、私は用事があり出かけていた。そこそこ長い髪は美容室でセットされ、髪が落ちてこないよう念入りにピン…

ピラティスに通っている

強欲なわたしですから、30を過ぎてもそれなりに小綺麗にして健やかな人間でありたいと願ってしまうもんで、こそこそアンチエイジングに励んだりしている訳である。 その一環で、2年前から友人が始めたピラティス教室に通っている。猫背を治したいとかたるん…

盗作をしてしまった

最近盗作をしてしまった。ある人の表現を真似してしまったのである。やっぱり?もしかして?と思った人がいたらすみません。そうなんです、真似しました。弁解させてもらうと悪気はありませんでした。気づいたらやってました。申し訳ありませんでした。 わた…

突然の来客

生まれてから小学校5年生くらいまで社宅のアパートに住んでいた。「けやき荘」と「銀杏荘」という名前のアパートが2棟並んでいて、我が家は「けやき荘」の住人であった。古くてボロいアパートの上、名前がダサすぎるのも嫌だったけれど、アパートには子供…

SETAGAYAバブル時代

あっという間に30を超えるとおしりも垂れ始め、順調におばさんの道を歩んでいるわたしであるが、わたしにだってイケイケでバブリーな時代くらいあった。あれは26歳の時だった。当時彼氏は医者の息子。世田谷生まれ世田谷育ち代々医者のご家庭に生まれた彼の…

薄っぺらい脳

タイのチェンマイを夫と2人で旅行した時の話である。その日はよく晴れて汗をかきながら旧市街をウロウロ歩いていた。すると突然雲行きが怪しくなりポツポツ雨が降り始めた。夫とわたしは慌ててトゥクトゥクに飛び乗ってホテルのある方向へと戻った。今日の予…

ラーメン屋

幼少の頃から漫画やアニメが好きで、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」など子供らしいものから「らんま1/2 」や「笑ゥせぇるすまん」などちょっと大人なアニメも熱心に見ていた。漫画は父の買ってくるビックコミックオリジナルを楽しみにしており、三…

致し方なく履いたTバック

ジメジメする梅雨の時期から汗が噴き出る夏の頃まで私の右腕の肘窩にはアトピーが出現する。このアトピー、もう10年近くの付き合いである。わたしのアトピーは20歳くらいから発症し酷い時は全身にでることもあった。幸い今は落ち着いて右腕の肘窩だけで済…

あだ名

多くの人が少なくとも1〜2個のあだ名を持っているように思う。わたしもまぁまぁの数のあだ名を持っている。まずブログやサイトで名乗っている「さとみこんこん」これもあだ名みたいなものである。しかしこの「さとみこんこん」実際に呼ぶ際には、ほとんどの…

小銭を拾ってあげたかった

ある日わたしは勤め先の歯医者で受付をしていた。待合室には70代のご婦人が2名会計待ちをしている。先に診察が終わった婦人Aの名前を呼び受付にて会計、次回の予約を取っていた。待合室にはソファーが置いてあるのだが、受付からソファーまではだいたい4メー…

誕生日の日に

先日31歳の誕生日を迎えた。わたしは割とイベント事に気合を入れて気持ちを高ぶらせたい人間なので「自分の誕生日」これは盛り上がらずにはいられないのである。起床は5時だ。誕生日をちょっとでも長く生きるために5時から活動をした。まずブログを書いた。…

フィリピンでの国際玉送り

あれはどうだったのだろうかと1年くらい疑問に思っていたことがあった。わたしは、新郎も新婦も知り合いではないのにフィリピンまで行って結婚式に参列したことがある。詳しく言うと、新郎はわたしの彼の高校の友人。新婦はフィリピン在住のフィリピン人。2…