子の夏休みの宿題が少なくて腹がたった話

子供が小学生になり初めての夏休みを迎えた。

夏休みと言えば夏休みの宿題である国語や算数のドリル、工作、絵日記、作文などをせっせとこなして過ごした思い出があるのだが、小1の子の宿題は国語・算数の宿題各5枚、あさがおの観察を用紙に一枚まとめる、一言日記、その他音読、読書、作文や絵はできたらやりましょうということで必ずではないとのこと。結果算数と国語のドリルは夏休み5日目ほどで終わってしまった。

基礎学習の課題が少なすぎるのではないだろうか。うちの学校だけなのか?と思い埼玉と東京に在住、子供を公立小学校に通わせている友人5名に聞き取り調査をしたところ全員が「子供の夏休みの宿題は多い」との回答で「え?」となりました(ちなみにその後東京に住む方からうちの学校は少ないと感じるという答えをいただいたので地域や感覚の違いによるところはあると思いますが)。

夏休みの宿題が少ないのはわたしの住む市の方針によるところが多そうだと思い、職場(歯医者)にやってくる子供とその保護者10数名程度に「夏休みの宿題の量は少ないか」と仕事しながら勝手に独自アンケートをとったところ少ない、もう終わったなど意見が多数。そして驚くことに「そもそも宿題などない」との回答者が3名おりひっくり返りそうになりました。

そして少ない、そもそも宿題などないとの回答をした家庭の親が総じて言うのは「心配だからドリルを買ってやらせている」という話で、宿題量に不満があるご家庭は、自主学習をさせている様子。私もその1人です。

夏休みの宿題が少ないorないことで基礎学習力は低下するのでは?と心配に思う。特に小学1年生はやっと机に向かって勉強するという姿勢が身についた頃に長期休みがきて、勉強習慣が1ヶ月半ほどない状態で二学期から再度勉強に取り組めるのか不安だ。歯医者の定期検診にきている親御さんのように心配に思うとわざわざドリルを買って家庭学習させたりとフォローできる家はそれでもいいのかもしれないが、そうでない家庭の子はどうでしょうか。学習に差がでるのではないか...義務教育がなにしとんじゃい!!と怒りすらかんじます。しかもドリルってまぁまぁな金額するし...家庭任せにしすぎなのではと思います。子の同級生のママ友と近所で酒飲みをした際に、市内で小学校教諭をする友人から「ドリルなどで自主学習しておかないと二学期大変だと思う」と話されたと言われ、担任と夏休み前の二者面談では「お休み中にカタカナが抜けやすいのでご家庭で復習を」と言われたのにも関わらず、夏休みの宿題にカタカナの課題は入っておらず義務教育なにしとんじゃいーーー!!!!!現場も周知の事実かいと沸々と腹がたってしまい..チャットGPTに愚痴りました...小児歯科で働いてから色々事情があるにしてももうちょっと関心を持って育てませんかという親御さんがいるなと感じているので(それでも歯医者に一生懸命連れてきてるだけ本当にマシだと思うのだが)義務教育で支えてあげなければそのせいでこぼれ落ちてしまう子供の未来を心配してしまい、怒りを感じました。なんで夏休みの宿題がないのじゃろか...体験格差を心配する前にきちんと宿題を出したらどうでしょうか。

もうすぐ40歳か…

先日また一つ歳をとったので39歳になった。

20代から30代への移り変わりはとくに何もおもうことがなく、取り立てて何か変わることがなかった記憶であるが、30代から40代への移り変わりの差は大きく、例えていうとサスケの跳び箱を9段から10段になったときはすんなり飛べたのに、14段から15段になると尻を打って落下するような、目には見えない大きな壁のようなものを感じている。それは日頃シワとか白髪など視覚的な老いを痛感することとは別で、40歳というだれがどうみてもいい歳の人間なのに「わたしは成熟した大人」と声を大にして言いきれない焦りのようなものを感じている。

ちなみに大人像っていうのは人それぞれあると思うのだけど、わたしの持つ大人像は四年前に確立した。子供が保育園のときに一緒のクラスだったAちゃんのパパ、そのパパが私に大人とはこういうものですよと体現してくれたのだ。あれは保育園の初めての保護者会でのこと。父母たちが体育館で輪になって子供たちの園や家庭での様子を語り合うときに「最近お子さんがこんなことができるようになりまたした〜ということを、マイクでお一人ずつ話てもらいましょう」と担任に言われ、えー!なにを話そうか、みんなの前で話すのは緊張するななどと考えていると、じゃAちゃんのパパから、とマイクがスーツ姿のAちゃんのパパに手渡された。Aちゃんは何ができるようになったんだろうかと注目していると「えー先生方におかれましては日頃より温かいご指導を〜」と第一声がAちゃんの成長ではなく先生方への滑らかな謝辞だったときに「大人や...」と衝撃を受けたのであった。

大人というのは人への配慮、さらに社会的な配慮のできる人を大人というのではないかと私の中で定義をしたのだが、狭い世界で生きてきた私に社会的な立場での振る舞いがきちんとできているか自信はない。言葉遣いは変だし、名刺の渡し方は右手と左手が一緒にでるでマルか?で当っているかよくわからないし「ごくろうさま」は目下の人に使う言葉と知ってからは私より目下な人などこの世にいないと思って誰にも「ごくろうさま」と言えなくなってしまった。

このような不束者が成熟した大人になるにはどうしたらいいのかを考えた結果、日常生活と少しばかり距離のある場所で普段関わりのないような人たちや関わりのない場所で何かをすることで、理想的な大人に近づけるのではとぼんやり思っている。とりあえず小学校のボランティアチームに登録したのだが、めんどくさがらずに活動していこうと思う。あと無料マンガばかりせっせと読んでないでもう少し社会に興味を持って新聞とか本とか意識的に読まないといかんと思います。大人なので...

40まであと一年(正確には11ヶ月)。大人を意識して生きていこうと思います...そして40歳になった暁には私は大人ですと胸を張って言いたい。

 

 

子の卒業そして入学

先日子が保育園を卒所した。

保育園という場所は本当にありがたい場所で、この保育園に入れてよかったと思うしなんなら自分もこの保育園に通いたかったと思うほどだった。楽しそうな行事や遊びをたくさん先生方が考えてくれ、同年代から下の世代まで一緒になって参加できるようなものが多かった。また楽しいだけじゃなく「トイトレ」とか「箸の持ち方」とか親が悩ましく思う課題もうちはほとんど関与せず保育園で学び覚えてくれた。「こちらでできそうなタイミングがきたらお伝えしますので、今は練習しないでいいです」と言われたのでそのように従ったらいつのまにかおむつが不要となり箸を持つようになっていた。おむつはたしか4歳すぎとかで、一般的には遅い方だと思うのだけど、漏らしちゃったこととかも1回あったかな?という感じで布団が大惨事になったこともなく、やっぱうちの子にとっては先生の判断したあのタイミングが絶妙だったんだろうなと思う。

そんな素晴らしき保育園を巣立ち、子は小学校に進む。新しいステージの幕開けといった感じで、4月1日の学童の日前夜は緊張してしまいなかなか寝付けなかった(私が)。小学校も学童も子にとって楽しい場所であってほしい。どうか行きたくないと言わないでほしい。(仕事行けなくなっちゃう...)そして大きな怪我や事故に巻き込まれないでほしい。学童初日は楽しかったらしいけど「ちんこちんこを連呼している人がいて治安が悪かった」とニコニコしていたが、そのくらいの雰囲気でこのままいってほしい..

私が小学生だったときは自宅にあったおままごとに使っていた古鍋に家から持ってきた生米を入れて駐車場で火をおこして炊けた飯を人の家の犬に勝手に与え食べさせたり、ドブ川の橋下で火をおこして焼き芋を焼いたりして遊んでいたので、どうか、ちんこちんこ連呼するくらいのお友達と平和に仲良く過ごしてほしいと母は願っています....

 

 

今年の振り返りと来年の抱負(2025-2026)

年末になると「今年一年はどうだったか、来年はどうしたいか」などと稀に見る意識の高さで人生を振り返っているのですが、去年のブログを振り返ったところ「友人にオススメしてもらった本を読むことと、文学フリマに出ること」という2点を今年の目標を掲げていたのですが、え... ?って思いましたね。どっちもできてないどころか文学フリマに至ってはエントリーすらしてないので...去年の稀に見えた意識の高さは何処に....

 

2025年を振り返りますと、まず子供が年長さんになりまして、全ての保育園の行事が最後ということで「ウー、こんなに立派になって...」と涙する出来事が多くて感慨深い一年でした。。。年長さんになって出来ることも増えて話しも通じ、歯がゆくてイライラしてしまうこともほとんどないと言っていいほどお兄さんになったなと思います。勝手に洗濯物を畳んでいたりするしすばらしい!

仕事は今年度から扶養が外れたことで、税金分を稼ぐために頑張ってシフトを入れて働きました。時に週6でシフトが入ってしまったりして今年は働いて働いて働かないとと、自民党のマインドで働いてました。来年は子供が小学生になって学童に入る予定なので、今年よりもさらに働いて働いて働いてまいりますのrightなかんじで頑張りたいと思います。

 

来年の抱負(2026)

・頑張って働く

今まで15:30くらいに仕事を終えて保育園にお迎えに行っていたのですが、小学生になって学童に入るのでもう少し時間を長く働きたいと思っている。ワークライフバランスの調整をがんばりたいです。

 

・袋田の滝に行く

運転にだいぶ自信が持て車で遠出するのもだんだん苦ではなくなった今年なので、電車ではなかなか行きずらい場所に足を運んでみることも人生を有意義に生きているように思うので、茨城にある袋田の滝という日本三代名瀑の一つであるその滝に行ってみたいと思う。歳を重ねるごとに四季の移ろいや自然の変化に気持ちの高まりを感じるようになって、いよいよ年増の機運を感じつつも(年増なんだけど)そんな自分を愛でてもいいんじゃないでしょうか!滝見ましょう滝!!この滝の何がいいのかちょっと調べてみたのですが、横幅があるのが袋田の滝の良いところのように思うのですが、実際どうなんでしょうかね。しかとこの目で見にいくぞという目標を立ててみたいと思います。

 

・髪をのばす

実は去年から髪を伸ばしているのだけど、今ようやっと鎖骨下くらいに到達したので来年中に乳を髪で隠したあゆのアルバムのあのジャケットくらいまで伸びてたら良いなと思う。20代の頃は、おばさんになったら潔く髪は切ろう、汚らしいからなどと思っていた小娘なのですが、最近のテクノロジー?のおかげなのかシャンプーやトリートメント、カラー剤やヘアオイルがきっと向上したんでしょうね。気さえ使えてればおばさんたちの髪も美しさが保てると実感していまして、しかもわたしの好きな40代(美容師の辻のぞみさんやアメリカに住んでいると思われるmayumi foxさんなど)はみなさんロン毛で髪が美しくしいんですね〜わたしだってロン毛でオラつきたい!(誰もロン毛でオラついてないのだけど)というわけで敬愛するのぞみさんやまゆみさんのように来年もがんばって髪を伸ばそうと意気込んでいます。

 

ということで来年の目標は仕事を頑張ることと袋田の滝に行くことと髪を綺麗にのばすこです。

みなさん良いお年を〜バイビー

 

 

先人に学ぶを実感するお年頃

20代の頃なにを頑張りましたか?と聞かれたときには「飲み会です」と答えるだろうと思っている私なのだが、飲み会の思い出はいろいろあるのだけどその時に言われて印象的だったことをふとした時に思い出す。

とりわけ覚えている出来事は2つあるのだが、1つ目はたしか二十歳の時に参加した早稲田大学生との飲み会での出来事。高校の時の友人が早稲田のフットサルだかサッカーサークルに入っていて、飲み会があるからおいでよと誘われ友人らと一緒に参加したのだが、そこで普段何をしているのかと聞かれ歯科衛生士の学校に通っていると答えたところ「きったね!!」と早稲田の学生に言われたことは一生忘れない。言われた時には驚いてしまい頭が真っ白になって何も言い返せなかったので、この場をかりて今言わせて欲しい。そうですね、おっしゃる通り私は汚ったない場所で現在も歯科衛生士として汚ったない仕事をしています。大変汚い場所なので絶対に来ない方が良いと思います。一生来んな。お前なんか虫歯になって神経まで感染が広がって泣きながら自分で抜歯しろ!この出来事のせいで私は早稲田大学を憎むようになり、早慶合戦はどうであれ慶應大学を絶対に応援するし、大隈重信より福沢諭吉を偉いと思っている。

もう一つは22歳くらいで参加した飲み会で、たしか男性側は10歳くらい上の人たちだったのだが、ポテトをいろいろなソースやスパイスで味変をして楽しめるメニューを頼んでいて、私が色んなスパイスやらソースをつけて楽しんでいると「こんこんちゃんは好奇心旺盛なタイプだね。俺は一つ気に入ったものがあればもうそれだけしか付けない」と言っており、20代の私は目から鱗で「え?こんなにソースがあるのに試さないなんてもったいないじゃん」とも思ったし、自分は好奇心旺盛なんだと気付かされたし、まさかこんなにソースがいっぱいあるのにそれを積極的に選ばないという人がいることにも驚いたのであった。とても印象的な出来事だった。

それから10年以上経って、私があの時の飲み会で一緒になった男性以上に年をとったある日。新しい映画が見れないという症状が発症した。NetflixにもAmazon primeにも映画はたくさんあり色々見たいという気持ちはあるけど「えーとどれにしよう、どれにしよう、えーとやっぱりマネーショートにしよう」と好きな映画マネーショートを気がつくと見るのは7回目だし、ポテトチップスは湖池屋の塩ばかり食べているし、毎日食べるヨーグルトはダノンのピーチしか買わない。私は好奇心旺盛のこんこんちゃんではなくただ若さから、あれこれ試して選んで楽しめたのかもしれない。良くも悪くも色々と嗜好や思考が固まって大人になったということかと思うと同時にこうしてヤバい老人が出来上がっていくのだなと実感してしまい、湖池屋のしおばかり食べてないでたまには新商品もいってみようか...などと思ったのでした。

 

実は若者と出かけた坂本龍一展

satomiconcon.hatenablog.jp

坂本龍一展に言った記録はもうすでに書いているのだが、実はこの展示に若者と一緒に行ったという稀なことが起きた。

時を戻すこと今年の1月。わたしは月に数回ジムに通っているのだが、私がお世話になっているジムのトレーナーが美術鑑賞好きで、この日も気になっている展示の話をしながら上腕二頭筋を鍛えたり背筋を鍛えたりしていたのだが、そのときに私が「坂本龍一展に行きたいと思っている」話をトレーナーにしてその日のトレーニングは終了した。2月にジムに行ったらトレーナーが「こんこんさんが話ていた美術展に実はいってきまして、すごくよかったから2回見に行った」という話を聞かせてもらい「そうなんですね、まだ行けてないから行かないと」と返したところ「よかったら車を出すので一緒に見に行きませんか?」という流れに行き着いたのだった。

車で東京...それは車でおかねの看板くらい私にとってインパクトのあるフレーズであった。北関東から車で東京に行けたら非常に快適で楽なのは知っている。知っているのだが私は首都高に乗る技量も勇気もなく、駐車場料金が高いのも等しくわかっていた。この人はマジで車で東京まで連れて行ってくれるのだろうか...!

「いいんですか!よろしくお願いします!!」私は声高らかに若者に伝えた。そして「ちなみに美術鑑賞は1人でみたいタイプなので館内では別行動でもいいですか?」と言ったところ良いと言われたので、「ではチケットはこちらで準備します!」と言って私は車を出してもらう代わりにチケットの手配係に立候補することにした。

家に帰ってから夫にジムのトレーナーが車で美術館に連れて行ってくれることになった旨を報告したところ「そんなことあるの?」と驚いていたので「あるらしい」と答えた。もしかしたら「そんなオプションがあるの?」とそういうサービスを私が利用したと思われたのかもしれないけど「車で東京に行けるなんてラッキーだよね」とニコニコしてみせてその話題は終わった。

それから3日くらいたって私は急に不安になったので夫に相談に乗ってもらった。「若者が40近いおばさんを美術館に誘う意味ってなんだと思う?」と聞いてみたところ「知らない」と返された。ちなみにトレーナーには彼女がいること、トレーナーは私に家庭があり子供がいることも日々の世間話のなかで情報を提供済みである。わたしは「知らない」と薄ら笑いしている夫に話を続けた。「多分、わたし宗教かマルチ商法に誘われるんだと思う。」夫のニヤニヤは増した。

宗教に4回、マルチ商法に1.5回ほど誘いを受けたことのある私にはわかる。多分私はなんか誘いやすい顔をしているのだろうし、脈略のない突然の誘いは怪しいという事実も過去の経験から学んでいる。嫌だな〜せっかく通いやすくて3年も通ってる居場所がなくなちゃったらと気が引ける思いをかんじながらも、宗教に4回、マルチ商法に1.5回をかわしてきた私なので車の中で誘われた時はどうかわそうか...などと少しの意気込みのようなものも感じつつも「まぁ、車で東京に行けるしいいか」と余計なことは考えないようにすることにした。

約束の日。若者は約束通り指定した私の家の近くまで迎えにきてくれた。車に乗せてもらうのでお茶を準備して若者に「よろしくお願いします」といいながら茶を渡したところ「あ、僕もコーヒーを買ってきてまして、よかったらどうぞ」とコンビニのあったかいドリップコーヒーが車内にすでに準備されており驚いた。omotenashi!と心に中で叫んだ。

ありがたくコーヒーを啜っていると車は高速道路に乗ってそうして私の苦手な首都高に突入していった。そのあたりで一件の電話が入った。若者が出ていいですか?というのでどうぞというとやや北関東なまりの50代くらいのおじさんの声で持株を売るか待つかどうしましょうかみたいな話をしていた。(ハンズフリー通話です)

私は察した。きっとこの流れで私に株を買わないか?という話をしてくるのだろう。買わないぞ!!と気合を入れたところで「すみません」といいながら若者の通話が終了したので「大丈夫ですよ、株のはなしですか?」と相手に話をふった。私にはそういうところがある。

黙っていればいいものの香ばしいにおいのする会話の切り口を自ら切り出してしまい、そのまま株の話に移行して言った。ちなみに私は自称投資家歴7年なのでそれなりに株の話はできる。こいや!!と謎の闘志を抱きながら(投資だけに)ふむふむと静かに話を聞いた。どうやら投資グループを作って活動している様子だった。「こんこんさんは興味あります?」とジャブをされたので「あ、私は1人で一喜一憂してやるのが好きなので」と日頃鍛えた上腕二頭筋を使ってブロッキングした。「儲けたいとか思わないのですか?」と聞かれたので「儲けたいと思いません。社会勉強のためにやってますので(大うそ)」と答えると、それ以上とやかく言われることもなく投資の話は終わった。

それから会場に着くと予定通り別行動で美術鑑賞し、2時間後くらいに再度集合し清澄白河にあるブルーボトルコーヒーでお茶をすることにした。若者は、その道中で必ず道路側を歩くという姿勢を見せてくれた。どんなに私が道路側になっても必ずさささと移動をしてくれ「すごい!どんなに歩いても道路側にならない!」と思いつつも「いや幼稚園児じゃないんだわ」と心の中のわたしがヤジを飛ばしており、そうか私は年を取って道路側を歩かれてもあまり響かない中年になったのかとそのときに気付かされた。一方今朝のあのホットコーヒーのおもてなしは沁みるものがあった。万年冷え症なので温かいものが準備されているのは非常にありがたくしかもコーヒーも好きなので好感度が高った。私も誰かにやってあげようと思う。

コーヒーを飲んで、それでは帰ろうとなったタイミングで「これご家族でよかったら」と坂本龍一展で売っていた坂本龍一が愛したBABBIのウエハースをいただいた。すげーこの人のおもてなしとびっくりしながらもらったものは返さなきゃのおばさんなのでちょっと待っててと言ってブルーボトルコーヒーの豆をプレゼントした。

そうして首都高に乗って我々の住む北関東に帰る帰り道で、私は驚く光景を目にした。どこのジャンクションなのか忘れたのだけど、右側にいる車が左側に、左側にいる車が右側に入れ替わる現象が高速道路上で発生した。

バイパスではなくジャンクションでした

みんな当たり前のようにゆっくり左右の車がクロスして入れ替わっていき一体何が起きているのかと若者に聞いてみたところ、おそらく新しい道路ができ全てを整備するわけにもいかず継ぎはぎになっているためにこのような走行になっているのでは?との解説を受けたのですが、この謎のJCTまたぎを体験してますます「首都高無理...」の気持ちになってしまいガッカリしてしまった。これ何も知らないで遭遇したら発狂するぞ...しかも停車せずにやれと....この日一番の驚きは首都高の新たな壁を知ったことだったことかもしれません。

そうして私は宗教にもマルチ商法にも株の仲間にも誘われることはなくこの日を終えることができ、今現在も若者トレーナーのもとで元気にトレーニングを受けている。一緒に出かけたことで行きづらくならないで本当によかった。しかしこの日を境にトレーナーは変な誘いを受けて乗ってしまっているのではという余計な危惧を感じてしまい、若者がインスタでやけに参拝に行っている投稿をあげている様子などを目にすると目覚めよー!などと余計なおばさんムーブを醸し出してしまう次第である。余計なお世話ばかりしていないで早く首都高に乗れるように頑張りたいと思います。

クラブで犬の名前をバカにされた話

小学校高学年のときに突然犬を飼うことになった。父の仕事関係のご自宅で子犬が生まれたらしく、よかったら飼いませんか?と声をかけられたと仕事から帰ってきた父がそう言うと、「やったー」「飼う!」「お世話する!」など興奮気味に三姉妹全員が大喜びをしたのだった。

子犬が我が家にやってくる日の夜。まだかまだかと皆がソワソワしながら父の帰りと新しい家族を心待ちにしていた。「ただいま」と帰ってきた父は仕事先の自宅で使われていたであろうにおいの付いたタオルに小さな子犬を包んで持ち帰ってきた。テリアとシーズーの雑種という情報しか知らされていなかった我が家の新しい家族。テリアとシーズーの雑種ってどんな顔なんだろう...私は顔がつぶれてて黒っぽい犬の顔を思い描いてあまり可愛くないのでは?などと考えていたのだけど、タオルに包まれた小さい弟を見たときにイメージの違いに驚いたのであった。可愛い。最高に可愛い犬だった。ふわふわの栗毛をしていて目はまんまるく耳はピンと立っていた。皆は口々に「かわいいね!」「小さいね!」「ふわふわだね」などと言い合い、小学生の私は「愛しい」という気持ちをこのとき初めて知ったのではと振り返る。

三姉妹で話し合った結果、名前は「クリ」と命名した。栗毛色のふわふわの毛がとても印象的だからだ。

クリはその後スクスク育ち、散歩が大好きな立派な雄犬と成長した。家族皆に愛され思春期の頃も皆で交代で散歩に行ってあげた。また女ばかりの家庭だったこともあってか雄犬のクリを父が一番可愛がっていたようにも思う。

皆がクリのことを大事にしていたこともあってか、散歩当番をサボるなどあり得ない行為だった。散歩の当番に合わせてデートにクリの散歩を組み込ませる、朝まで渋谷で飲み明かした日も「犬の散歩当番だから」という理由でフラフラしながら始発で帰るなどとにかくクリをとてもとても大切にしていたからずっと根に持っていたことがある。

ある日、20歳前後だった私は友人と渋谷のクラブに行って勝手な行動を互いに取っていたせいで友人とはぐれてしまった。そんなときに確か3人組くらいの男性集団に話しかけられ、お酒をご馳走してくれるというのでやったーというかんじで4人で酒を飲むことになった。そんな中で私が犬を飼っているという話になり名前を聞かれたので「クリちゃんだよ」と答えたところ、3人とも爆笑しはじめた。わたしはなんで笑っているのかわからず、もう1回「栗毛色だったからクリちゃんだよ?」と真面目な顔で答えたところ1人は「クリちゃん...」と笑いながら言いまた1人は「わかった、わかったから」と何故かもうそのワードを出させないぞというかんじで話を終わらせられた。意味がわからなかった。

あれから15年...と3年。解せないあの日の出来事からいや、正直30を超えたくらいでもしかしてあのときの笑いは...と薄々気がつきはじめたけどそんな幼稚でバカなことあるか?との狭間で揺れうごく38歳の初夏にとある出来事が発生。たまたま私のXのタイムラインに流れてきた「マユリカ」のショート動画だった。

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「やっぱりかーーーーー」となった。まさにあの日のクラブの男もこんな笑い方をしており、今現在はっきりしたことは誰も言ってないが、あの笑いもこの笑いも同じことで笑ってますよね?と38歳は確信し、急いで「犬の名前、クリ、付けてはいけない」で検索したけど検索のトップに「クリちゃんは可愛くて良い名前」と書かれていたのでいや考えすぎか?と一旦心を落ち着かせたけど、決定的なヒントがこの動画に隠れているのではと何回も再生してしまっている。今度ショートバージョンじゃないの聞いてみようと思う。