子の卒業そして入学

先日子が保育園を卒所した。

保育園という場所は本当にありがたい場所で、この保育園に入れてよかったと思うしなんなら自分もこの保育園に通いたかったと思うほどだった。楽しそうな行事や遊びをたくさん先生方が考えてくれ、同年代から下の世代まで一緒になって参加できるようなものが多かった。また楽しいだけじゃなく「トイトレ」とか「箸の持ち方」とか親が悩ましく思う課題もうちはほとんど関与せず保育園で学び覚えてくれた。「こちらでできそうなタイミングがきたらお伝えしますので、今は練習しないでいいです」と言われたのでそのように従ったらいつのまにかおむつが不要となり箸を持つようになっていた。おむつはたしか4歳すぎとかで、一般的には遅い方だと思うのだけど、漏らしちゃったこととかも1回あったかな?という感じで布団が大惨事になったこともなく、やっぱうちの子にとっては先生の判断したあのタイミングが絶妙だったんだろうなと思う。

そんな素晴らしき保育園を巣立ち、子は小学校に進む。新しいステージの幕開けといった感じで、4月1日の学童の日前夜は緊張してしまいなかなか寝付けなかった(私が)。小学校も学童も子にとって楽しい場所であってほしい。どうか行きたくないと言わないでほしい。(仕事行けなくなっちゃう...)そして大きな怪我や事故に巻き込まれないでほしい。学童初日は楽しかったらしいけど「ちんこちんこを連呼している人がいて治安が悪かった」とニコニコしていたが、そのくらいの雰囲気でこのままいってほしい..

私が小学生だったときは自宅にあったおままごとに使っていた古鍋に家から持ってきた生米を入れて駐車場で火をおこして炊けた飯を人の家の犬に勝手に与え食べさせたり、ドブ川の橋下で火をおこして焼き芋を焼いたりして遊んでいたので、どうか、ちんこちんこ連呼するくらいのお友達と平和に仲良く過ごしてほしいと母は願っています....

 

 

今年の振り返りと来年の抱負(2025-2026)

年末になると「今年一年はどうだったか、来年はどうしたいか」などと稀に見る意識の高さで人生を振り返っているのですが、去年のブログを振り返ったところ「友人にオススメしてもらった本を読むことと、文学フリマに出ること」という2点を今年の目標を掲げていたのですが、え... ?って思いましたね。どっちもできてないどころか文学フリマに至ってはエントリーすらしてないので...去年の稀に見えた意識の高さは何処に....

 

2025年を振り返りますと、まず子供が年長さんになりまして、全ての保育園の行事が最後ということで「ウー、こんなに立派になって...」と涙する出来事が多くて感慨深い一年でした。。。年長さんになって出来ることも増えて話しも通じ、歯がゆくてイライラしてしまうこともほとんどないと言っていいほどお兄さんになったなと思います。勝手に洗濯物を畳んでいたりするしすばらしい!

仕事は今年度から扶養が外れたことで、税金分を稼ぐために頑張ってシフトを入れて働きました。時に週6でシフトが入ってしまったりして今年は働いて働いて働かないとと、自民党のマインドで働いてました。来年は子供が小学生になって学童に入る予定なので、今年よりもさらに働いて働いて働いてまいりますのrightなかんじで頑張りたいと思います。

 

来年の抱負(2026)

・頑張って働く

今まで15:30くらいに仕事を終えて保育園にお迎えに行っていたのですが、小学生になって学童に入るのでもう少し時間を長く働きたいと思っている。ワークライフバランスの調整をがんばりたいです。

 

袋田の滝に行く

運転にだいぶ自信が持て車で遠出するのもだんだん苦ではなくなった今年なので、電車ではなかなか行きずらい場所に足を運んでみることも人生を有意義に生きているように思うので、茨城にある袋田の滝という日本三代名瀑の一つであるその滝に行ってみたいと思う。歳を重ねるごとに四季の移ろいや自然の変化に気持ちの高まりを感じるようになって、いよいよ年増の機運を感じつつも(年増なんだけど)そんな自分を愛でてもいいんじゃないでしょうか!滝見ましょう滝!!この滝の何がいいのかちょっと調べてみたのですが、横幅があるのが袋田の滝の良いところのように思うのですが、実際どうなんでしょうかね。しかとこの目で見にいくぞという目標を立ててみたいと思います。

 

・髪をのばす

実は去年から髪を伸ばしているのだけど、今ようやっと鎖骨下くらいに到達したので来年中に乳を髪で隠したあゆのアルバムのあのジャケットくらいまで伸びてたら良いなと思う。20代の頃は、おばさんになったら潔く髪は切ろう、汚らしいからなどと思っていた小娘なのですが、最近のテクノロジー?のおかげなのかシャンプーやトリートメント、カラー剤やヘアオイルがきっと向上したんでしょうね。気さえ使えてればおばさんたちの髪も美しさが保てると実感していまして、しかもわたしの好きな40代(美容師の辻のぞみさんやアメリカに住んでいると思われるmayumi foxさんなど)はみなさんロン毛で髪が美しくしいんですね〜わたしだってロン毛でオラつきたい!(誰もロン毛でオラついてないのだけど)というわけで敬愛するのぞみさんやまゆみさんのように来年もがんばって髪を伸ばそうと意気込んでいます。

 

ということで来年の目標は仕事を頑張ることと袋田の滝に行くことと髪を綺麗にのばすこです。

みなさん良いお年を〜バイビー

 

 

先人に学ぶを実感するお年頃

20代の頃なにを頑張りましたか?と聞かれたときには「飲み会です」と答えるだろうと思っている私なのだが、飲み会の思い出はいろいろあるのだけどその時に言われて印象的だったことをふとした時に思い出す。

とりわけ覚えている出来事は2つあるのだが、1つ目はたしか二十歳の時に参加した早稲田大学生との飲み会での出来事。高校の時の友人が早稲田のフットサルだかサッカーサークルに入っていて、飲み会があるからおいでよと誘われ友人らと一緒に参加したのだが、そこで普段何をしているのかと聞かれ歯科衛生士の学校に通っていると答えたところ「きったね!!」と早稲田の学生に言われたことは一生忘れない。言われた時には驚いてしまい頭が真っ白になって何も言い返せなかったので、この場をかりて今言わせて欲しい。そうですね、おっしゃる通り私は汚ったない場所で現在も歯科衛生士として汚ったない仕事をしています。大変汚い場所なので絶対に来ない方が良いと思います。一生来んな。お前なんか虫歯になって神経まで感染が広がって泣きながら自分で抜歯しろ!この出来事のせいで私は早稲田大学を憎むようになり、早慶合戦はどうであれ慶應大学を絶対に応援するし、大隈重信より福沢諭吉を偉いと思っている。

もう一つは22歳くらいで参加した飲み会で、たしか男性側は10歳くらい上の人たちだったのだが、ポテトをいろいろなソースやスパイスで味変をして楽しめるメニューを頼んでいて、私が色んなスパイスやらソースをつけて楽しんでいると「こんこんちゃんは好奇心旺盛なタイプだね。俺は一つ気に入ったものがあればもうそれだけしか付けない」と言っており、20代の私は目から鱗で「え?こんなにソースがあるのに試さないなんてもったいないじゃん」とも思ったし、自分は好奇心旺盛なんだと気付かされたし、まさかこんなにソースがいっぱいあるのにそれを積極的に選ばないという人がいることにも驚いたのであった。とても印象的な出来事だった。

それから10年以上経って、私があの時の飲み会で一緒になった男性以上に年をとったある日。新しい映画が見れないという症状が発症した。NetflixにもAmazon primeにも映画はたくさんあり色々見たいという気持ちはあるけど「えーとどれにしよう、どれにしよう、えーとやっぱりマネーショートにしよう」と好きな映画マネーショートを気がつくと見るのは7回目だし、ポテトチップスは湖池屋の塩ばかり食べているし、毎日食べるヨーグルトはダノンのピーチしか買わない。私は好奇心旺盛のこんこんちゃんではなくただ若さから、あれこれ試して選んで楽しめたのかもしれない。良くも悪くも色々と嗜好や思考が固まって大人になったということかと思うと同時にこうしてヤバい老人が出来上がっていくのだなと実感してしまい、湖池屋のしおばかり食べてないでたまには新商品もいってみようか...などと思ったのでした。

 

実は若者と出かけた坂本龍一展

satomiconcon.hatenablog.jp

坂本龍一展に言った記録はもうすでに書いているのだが、実はこの展示に若者と一緒に行ったという稀なことが起きた。

時を戻すこと今年の1月。わたしは月に数回ジムに通っているのだが、私がお世話になっているジムのトレーナーが美術鑑賞好きで、この日も気になっている展示の話をしながら上腕二頭筋を鍛えたり背筋を鍛えたりしていたのだが、そのときに私が「坂本龍一展に行きたいと思っている」話をトレーナーにしてその日のトレーニングは終了した。2月にジムに行ったらトレーナーが「こんこんさんが話ていた美術展に実はいってきまして、すごくよかったから2回見に行った」という話を聞かせてもらい「そうなんですね、まだ行けてないから行かないと」と返したところ「よかったら車を出すので一緒に見に行きませんか?」という流れに行き着いたのだった。

車で東京...それは車でおかねの看板くらい私にとってインパクトのあるフレーズであった。北関東から車で東京に行けたら非常に快適で楽なのは知っている。知っているのだが私は首都高に乗る技量も勇気もなく、駐車場料金が高いのも等しくわかっていた。この人はマジで車で東京まで連れて行ってくれるのだろうか...!

「いいんですか!よろしくお願いします!!」私は声高らかに若者に伝えた。そして「ちなみに美術鑑賞は1人でみたいタイプなので館内では別行動でもいいですか?」と言ったところ良いと言われたので、「ではチケットはこちらで準備します!」と言って私は車を出してもらう代わりにチケットの手配係に立候補することにした。

家に帰ってから夫にジムのトレーナーが車で美術館に連れて行ってくれることになった旨を報告したところ「そんなことあるの?」と驚いていたので「あるらしい」と答えた。もしかしたら「そんなオプションがあるの?」とそういうサービスを私が利用したと思われたのかもしれないけど「車で東京に行けるなんてラッキーだよね」とニコニコしてみせてその話題は終わった。

それから3日くらいたって私は急に不安になったので夫に相談に乗ってもらった。「若者が40近いおばさんを美術館に誘う意味ってなんだと思う?」と聞いてみたところ「知らない」と返された。ちなみにトレーナーには彼女がいること、トレーナーは私に家庭があり子供がいることも日々の世間話のなかで情報を提供済みである。わたしは「知らない」と薄ら笑いしている夫に話を続けた。「多分、わたし宗教かマルチ商法に誘われるんだと思う。」夫のニヤニヤは増した。

宗教に4回、マルチ商法に1.5回ほど誘いを受けたことのある私にはわかる。多分私はなんか誘いやすい顔をしているのだろうし、脈略のない突然の誘いは怪しいという事実も過去の経験から学んでいる。嫌だな〜せっかく通いやすくて3年も通ってる居場所がなくなちゃったらと気が引ける思いをかんじながらも、宗教に4回、マルチ商法に1.5回をかわしてきた私なので車の中で誘われた時はどうかわそうか...などと少しの意気込みのようなものも感じつつも「まぁ、車で東京に行けるしいいか」と余計なことは考えないようにすることにした。

約束の日。若者は約束通り指定した私の家の近くまで迎えにきてくれた。車に乗せてもらうのでお茶を準備して若者に「よろしくお願いします」といいながら茶を渡したところ「あ、僕もコーヒーを買ってきてまして、よかったらどうぞ」とコンビニのあったかいドリップコーヒーが車内にすでに準備されており驚いた。omotenashi!と心に中で叫んだ。

ありがたくコーヒーを啜っていると車は高速道路に乗ってそうして私の苦手な首都高に突入していった。そのあたりで一件の電話が入った。若者が出ていいですか?というのでどうぞというとやや北関東なまりの50代くらいのおじさんの声で持株を売るか待つかどうしましょうかみたいな話をしていた。(ハンズフリー通話です)

私は察した。きっとこの流れで私に株を買わないか?という話をしてくるのだろう。買わないぞ!!と気合を入れたところで「すみません」といいながら若者の通話が終了したので「大丈夫ですよ、株のはなしですか?」と相手に話をふった。私にはそういうところがある。

黙っていればいいものの香ばしいにおいのする会話の切り口を自ら切り出してしまい、そのまま株の話に移行して言った。ちなみに私は自称投資家歴7年なのでそれなりに株の話はできる。こいや!!と謎の闘志を抱きながら(投資だけに)ふむふむと静かに話を聞いた。どうやら投資グループを作って活動している様子だった。「こんこんさんは興味あります?」とジャブをされたので「あ、私は1人で一喜一憂してやるのが好きなので」と日頃鍛えた上腕二頭筋を使ってブロッキングした。「儲けたいとか思わないのですか?」と聞かれたので「儲けたいと思いません。社会勉強のためにやってますので(大うそ)」と答えると、それ以上とやかく言われることもなく投資の話は終わった。

それから会場に着くと予定通り別行動で美術鑑賞し、2時間後くらいに再度集合し清澄白河にあるブルーボトルコーヒーでお茶をすることにした。若者は、その道中で必ず道路側を歩くという姿勢を見せてくれた。どんなに私が道路側になっても必ずさささと移動をしてくれ「すごい!どんなに歩いても道路側にならない!」と思いつつも「いや幼稚園児じゃないんだわ」と心の中のわたしがヤジを飛ばしており、そうか私は年を取って道路側を歩かれてもあまり響かない中年になったのかとそのときに気付かされた。一方今朝のあのホットコーヒーのおもてなしは沁みるものがあった。万年冷え症なので温かいものが準備されているのは非常にありがたくしかもコーヒーも好きなので好感度が高った。私も誰かにやってあげようと思う。

コーヒーを飲んで、それでは帰ろうとなったタイミングで「これご家族でよかったら」と坂本龍一展で売っていた坂本龍一が愛したBABBIのウエハースをいただいた。すげーこの人のおもてなしとびっくりしながらもらったものは返さなきゃのおばさんなのでちょっと待っててと言ってブルーボトルコーヒーの豆をプレゼントした。

そうして首都高に乗って我々の住む北関東に帰る帰り道で、私は驚く光景を目にした。どこのジャンクションなのか忘れたのだけど、右側にいる車が左側に、左側にいる車が右側に入れ替わる現象が高速道路上で発生した。

バイパスではなくジャンクションでした

みんな当たり前のようにゆっくり左右の車がクロスして入れ替わっていき一体何が起きているのかと若者に聞いてみたところ、おそらく新しい道路ができ全てを整備するわけにもいかず継ぎはぎになっているためにこのような走行になっているのでは?との解説を受けたのですが、この謎のJCTまたぎを体験してますます「首都高無理...」の気持ちになってしまいガッカリしてしまった。これ何も知らないで遭遇したら発狂するぞ...しかも停車せずにやれと....この日一番の驚きは首都高の新たな壁を知ったことだったことかもしれません。

そうして私は宗教にもマルチ商法にも株の仲間にも誘われることはなくこの日を終えることができ、今現在も若者トレーナーのもとで元気にトレーニングを受けている。一緒に出かけたことで行きづらくならないで本当によかった。しかしこの日を境にトレーナーは変な誘いを受けて乗ってしまっているのではという余計な危惧を感じてしまい、若者がインスタでやけに参拝に行っている投稿をあげている様子などを目にすると目覚めよー!などと余計なおばさんムーブを醸し出してしまう次第である。余計なお世話ばかりしていないで早く首都高に乗れるように頑張りたいと思います。

クラブで犬の名前をバカにされた話

小学校高学年のときに突然犬を飼うことになった。父の仕事関係のご自宅で子犬が生まれたらしく、よかったら飼いませんか?と声をかけられたと仕事から帰ってきた父がそう言うと、「やったー」「飼う!」「お世話する!」など興奮気味に三姉妹全員が大喜びをしたのだった。

子犬が我が家にやってくる日の夜。まだかまだかと皆がソワソワしながら父の帰りと新しい家族を心待ちにしていた。「ただいま」と帰ってきた父は仕事先の自宅で使われていたであろうにおいの付いたタオルに小さな子犬を包んで持ち帰ってきた。テリアとシーズーの雑種という情報しか知らされていなかった我が家の新しい家族。テリアとシーズーの雑種ってどんな顔なんだろう...私は顔がつぶれてて黒っぽい犬の顔を思い描いてあまり可愛くないのでは?などと考えていたのだけど、タオルに包まれた小さい弟を見たときにイメージの違いに驚いたのであった。可愛い。最高に可愛い犬だった。ふわふわの栗毛をしていて目はまんまるく耳はピンと立っていた。皆は口々に「かわいいね!」「小さいね!」「ふわふわだね」などと言い合い、小学生の私は「愛しい」という気持ちをこのとき初めて知ったのではと振り返る。

三姉妹で話し合った結果、名前は「クリ」と命名した。栗毛色のふわふわの毛がとても印象的だからだ。

クリはその後スクスク育ち、散歩が大好きな立派な雄犬と成長した。家族皆に愛され思春期の頃も皆で交代で散歩に行ってあげた。また女ばかりの家庭だったこともあってか雄犬のクリを父が一番可愛がっていたようにも思う。

皆がクリのことを大事にしていたこともあってか、散歩当番をサボるなどあり得ない行為だった。散歩の当番に合わせてデートにクリの散歩を組み込ませる、朝まで渋谷で飲み明かした日も「犬の散歩当番だから」という理由でフラフラしながら始発で帰るなどとにかくクリをとてもとても大切にしていたからずっと根に持っていたことがある。

ある日、20歳前後だった私は友人と渋谷のクラブに行って勝手な行動を互いに取っていたせいで友人とはぐれてしまった。そんなときに確か3人組くらいの男性集団に話しかけられ、お酒をご馳走してくれるというのでやったーというかんじで4人で酒を飲むことになった。そんな中で私が犬を飼っているという話になり名前を聞かれたので「クリちゃんだよ」と答えたところ、3人とも爆笑しはじめた。わたしはなんで笑っているのかわからず、もう1回「栗毛色だったからクリちゃんだよ?」と真面目な顔で答えたところ1人は「クリちゃん...」と笑いながら言いまた1人は「わかった、わかったから」と何故かもうそのワードを出させないぞというかんじで話を終わらせられた。意味がわからなかった。

あれから15年...と3年。解せないあの日の出来事からいや、正直30を超えたくらいでもしかしてあのときの笑いは...と薄々気がつきはじめたけどそんな幼稚でバカなことあるか?との狭間で揺れうごく38歳の初夏にとある出来事が発生。たまたま私のXのタイムラインに流れてきた「マユリカ」のショート動画だった。

www.youtube.com

「やっぱりかーーーーー」となった。まさにあの日のクラブの男もこんな笑い方をしており、今現在はっきりしたことは誰も言ってないが、あの笑いもこの笑いも同じことで笑ってますよね?と38歳は確信し、急いで「犬の名前、クリ、付けてはいけない」で検索したけど検索のトップに「クリちゃんは可愛くて良い名前」と書かれていたのでいや考えすぎか?と一旦心を落ち着かせたけど、決定的なヒントがこの動画に隠れているのではと何回も再生してしまっている。今度ショートバージョンじゃないの聞いてみようと思う。

LOVEファッションー私を着がえるとき展に行った話

先日「LOVEファッションー私を着がえるとき」展に行きました。

この展示に行くきっかけとなったのは「そういえば小谷元彦さんはどうしているのだろうか」と私が美術鑑賞に興味を持つきっかけとなった美術家の小谷元彦さんへのふとした思いで、早速小谷さんのホームページを見てみると最新の動向にオペラシティーで行われていたLOVEファッション展に作品が展示されていることが偶然わかり、運命もファッションもLOVEもみんなだーいすきというかんじの私は「先生、見に行きます」と6月のよく晴れた日に初台にあるオペラシティーに向かったのでした。

今回のファッション展は

1、自然にかえりたい

2、きれいになりたい

3、ありのままでいたい

4、自由になりたい

5、我を忘れたい

の5つの章に分かれていて、これらの章に沿った衣服や造形や写真・本の一節などが会場に美しく展示されており非常に見応えがありました。一方展示の規模はそこまで大きくないので3周くらいくるくる回って見られるくらいの軽やかさもあり、普段美術鑑賞に馴染みのない人でも楽しく気負いなく見られそうだなと思いました。せっかくなので章ごとに感想を...

 

1、自然にかえりたい

古代ギリシャ・ローマの人々は生花の花輪や冠で身を飾り、18世紀ヨーロッパの貴族たちは男女関係なく草花模様で身を包み、遠く昔から人類は毛皮の肌触りと温もりで酔いしれ、時には鳥の羽で着飾って高翼感を感じたりしてきました。花に囲まれて暮らしたい、いきものの温もりを感じたい、自然に対する憧れや身近に置いておきたい願望は、時代や地域にかかわらず人々が抱く感情だということが掲示れていました。その結果、種の絶滅や生態系の破壊を引き起こされてしまったことも周知の事実です。

もふもふコーナー

そこで思い浮かぶのはステラ・マッカートニーです。ビートルズポール・マッカートニーの娘でもある彼女ですが、デザイナーとしても多くの功績を納めています。ステラといえばレザーやファーなどの動物由来素材を一切使用しないことで有名ですが、動物愛護活動にも積極的だそうです。

ステラマッカートニーの美しいフェイクファーのコート

一方、ステラマッカートニーのフェイクファーの左となりにはボッデガ・ヴェネタの真っ赤なラムファーが並んでおり、フェイクとリアルの対比ができるようになっていました。見比べた感想はどちらも美しい。

紅白もふふわ合戦

この二つの作品がわざと背中あわせで「ふんっ」と敵対しているよう配置されたのかなと思うのは考えすぎでしょうか。

ちなみに私は生半可な人間なので動物は好きだけどお肉を食べるのも好きで、動物に申し訳ないけどお肉は大好物なのですが、この素敵なコートを作るためだけに動物の命が奪われるのは良くないなと思う一方、美味しくお肉を食べてこれからも元気に生きていきたいと願っているので、美味しくいただいた動物の毛や皮を利用して素敵な何かを作るというのは命を無駄にせず良い循環になるのではと思っています。だけどやっぱり毛皮はいいね、レザーは素敵だよねという人が増えれば需要過多になって問題が起きそうなのでどちらの意見も大切というのが今の私の意見です。gizenですかね..

そしてそのすぐそばに展示されていたのは、私が今回楽しみにしていた小谷元彦さんの作品です。ファーvsフェイクファーの熱い戦いのすぐそばに平置きになっていたので最初気がつかなかったのですが「おや、こんなところに」と覗き込んだ瞬間、自分の体温がヒュッと下がったようなゾクゾクした感覚を瞬間的に感じました。

made of 人毛

おそらくアジア人に絞った人毛なのでしょうか

さすが先生、人間の毛髪でドレスをお作りになっておられました。フェイクファーとリアルファーの抗争のそばで「こちとら人毛ですけど」というくだりになっているのか!と勝手に考察したのですが真相はわかりません。願わくばこのチャプターの配置を担当した方と飲みに行きたいものです。

着用写真も近くに展示されておりました。

チクチクはしないのかな

私が初めて小谷元彦さんの美術展を訪れた時に、先生ご自身の血液をシャボン玉に込めて真っ白いキャンバスにシャボン玉をブチ当てて血液を弾かせるという映像作品を見たのですが、その時の瞬間的に背筋が凍る体験を忘れることはなく、あれから10年以上経ってまた先生の別の作品で同じような体験ができてとても感動いたしました。すげ〜!!北関東から見にきてよかった...私はホラーが苦手なのですが、怖いものを見た時と似たような感覚を体験できて癖になるというか...また別の形でヒュッとなってドキドキさせてくださいと思いながら人毛ドレスを後にしました。

ドレスの近くには人毛最高だよねという村田沙耶香さんの小説の一節も展示されていました

 

2、きれいになりたい

服を着ることによって「きれいになりたい」「美しく見せたいという」と思う気持ちは多くの人が抱いたことのある身近な感情のように思います。この章ではその時代に沿った「きれいになりたい」欲望の造形が展示されておりました。ウエストをS字に締め上げるコルセットや、スカートを丸く膨らませるための歩きにくく重たそうなクリノリンなど、どの時代にも「きれいに見せるための苦行な装い」があるのだろうと思われます。現代だと苦行な装いって何でしょうか。整形?

1997年。それまでの均等のとれた身体美とは全く異なるドレスが登場しました。今までの価値観や概念を疑う意思を込めた作品が発表されたのですが、それがコムデギャルソンの Body Meets Dress, Dress Meets Body通称「こぶドレス」と呼ばれる作品です。

均等のとれた身体美とは全く異なるフォルムを呈示した川久保玲の作品

私は一時期コムデギャルソンのデザイナーである「川久保玲さんにハマる」というブームがあって、尊敬する人は?と聞かれたら川久保玲と答えようとずっと思っていて誰にも聞かれずに今に至るのですが、川久保玲さんの何がすごいと思うのかというと、常に概念を壊し新しい何かを呈示し続けながらも、売るという商業的な部分も成果を出していて、ドーバーストリートマーケットという素敵で洗練された空間も提供していて、世界的に有名で第一戦でご活躍されていることに(現在82歳だそうです)尊敬しかないです。知ってるよという感じかもしれないですが、改めてすごい方ですよね。この章だけではなくコムデギャルソンの功績は別のチャプターでも紹介されていました。川久保玲は日本の誇り!

もう少し私とコムデギャルソンの思い出を語りますと、川久保ファンだけどコムデギャルソンの服は洗練されすぎて着こなす自信が持てず、だけど同じ空気を吸わせてもらいたくて仕事が早く終わった日は新宿伊勢丹の3階に行きましてコムデギャルソンの店のあたりをイワシのようにぐるぐるぐるぐる回り、休日はドーバーストリートマーケットに行って狂った鳥のように下のフロアから上のフロアへと行ったり来たいりして快楽を感じていた頃がありました。そんななかでたった数点ではありますが、ドキドキしながら尊敬するコムデギャルソンを購入したのはいい思い出です。

 

3、ありのままでいたい

「ありのーままでー」という歌詞の歌が流行ったのは2014年ごろですが、社会の流れでは2010年頃から「ボディ・ポジティブ」が唱えられ、様々な価値観の共生を目指そうという姿勢が今日までの間に徐々に広がったように思われます。

ビックメゾン(という響きかっこいいですよね)からも西洋の伝統的で理想化された身体ではなく標準的な身体を基礎とした服が発表され、野暮な下着を躊躇なく透かし見せたデザインなど平凡さを肯定的に容認する作風も見受けられました。

ありのままがすぎるような気もするシャネルのブラトップ

ここ数年でよく見かけるシアートップスももしかしたら「ボディ・ポジティブ」からの流行りなのでしょうか。わかりませんが...

素敵な憧れの服というのは「ここぞという時に着る服」という思いがある一方「素敵な服なら毎日着たいよね」と思う気持ちもあります。そんな気持ちを代弁してくれるブランドがsacaiです。

ゴルチエ・パリ・バイ・サカイ(中央の作品)
よく見ると服が何層かに重なっているがパッとみるとドレスのフリルのよう

「日常の上に成り立つデザイン」をコンセプトにしている阿部千登勢氏がゴルチエの過去のコレクションを新しい形に再構築した作品ですが、よくみるとタトゥーの入ったレギンスを履いていたり、ドレスのフリルかと思っていた部分がシャツだったり、ピンクのブラジャーが重ねてあったりと日常の着衣が隠れていて謎解きのようでワクワクする服だと思いました。ちなみにピンクのややとがったブラは90年代にゴルチエ氏がマドンナの衣装を手掛けて象徴的なものとして確立した「コーンブラ」がモチーフとなっているそうです。

 

4、自由になりたい

国籍、言語、民族、宗教、文化、階級、職業、年齢、性差....予めつくられた「物語」を生きる私たちは、自己に輪郭を与えるため、しばしばアイデンティティを衣服に委ねます。との掲示とともに日本の宝である川久保玲ウィーン国立歌劇場創立150年を記念したオペラ「オーランドー」で手掛けた衣装がスクリーンの下に飾られていました。

オーランドーは川久保玲を含め作曲、演出、など全て女性が指揮を執るというオペラの世界では珍しい試みで話題を呼んだ

オーランドーというヴァージニア・ウルフの小説で(この方も女性)青年貴族のオーランドがある日突然女性に変身し、時代や性別を超えて生きる姿を描いている作品だそうです。

私自身はおめでたい人間だからなのか、自由になりたくて服を選んだということはなく正直一番ピンとこないテーマなのですが、それは私が性自認が一致していて無宗教で日本の平凡な家庭でボヤッとぬくぬくわりと自由にマジョリティー側で育ったからなのかなと思いました。ただこの章から思い浮かんだのは、セックスアンドザシティの映画でアブダビに旅行に行ったSATCのメンバーが大変な目に遭いそんな中でヒジャブを纏った女性達に助けられるシーンがあるのですが、ヒジャブの下をチラッと見せてもらうとめちゃくちゃ華やかで素敵な洋服を着ており、みんなで素敵素敵〜と喜ぶシーンを思い出しました。

 

5、我を忘れたい

私は私。でも、私はどこかで今とは違う私の夢をみています。そういった変身願望とそこから得た欲望を追い求め、ときに支配されるという旨の掲示にわかりみ〜と思ってしまったのですが、まさに私にそんな夢を抱かせてくれる作品がこちらです。

トモ・コイズミの作品。リボンとフリルがいっぱい!!

MISIA東京オリンピックの開会式でトモコイズミのドレスを着用して話題になりましたが、フリルとリボンで埋もれそうな夢いっぱいのこのお洋服を見てこれを着たらどんな気分になるだろうかと想像してしまいましたね...しかもこちら私の好きなズボンなんですね!私の人生にあまりスカートは登場しないのですが、なぜかというとよく自転車に乗るからというそれだけの理由なのですが、これなら自転車もいけますね。髪型はチュンリーみたいなお団子かレディーガガがやってたリボンの髪がいいかもしれません。素敵です。

袖を通すことで異次元にもいけてしまえそうな作品群たち

そんな見ているだけで自然と気持ちが昂ぶる衣服の側に手のひらサイズの透き通った装いの展示がありました。

都市風景をヤドカリに背負わせるAKI INOMATAの作品

綺麗!!!!

こちらはニューヨークのお宿

ヤドカリは心地よく気に入った宿でないと中に入って活動しないようなのですが、少しずつヤドカリが中に入って生活できる世界の都市宿は増えていっているそうです。この展示でAKI INOMATAさんの活動を知ってとても興味深く、魅了されました。

 

✳︎展示を見て得たことから考えてみよう

当たり前に毎日服を選び着ている我々に、衣服を通して様々な思いや感情を表していることを今回の展示が具体的に教えてくれました。

さてこの日、わたしの格好は何を表していたのでしょうか。展示を通して考えてみることにしました。

ギャルソンが好きだと言っている人とは思えない格好をしていますが、私はよくこのような格好をしています。ちなみにこの日も駅まで自転車に乗ってきたので当たり前のようにズボンを履いています。Tシャツは今年H&Mで発掘した「GUAVA」とデカデカとプリントされ、さらに大きなグアバのイラストまで描かれたおニューのものです。5月のちょっと涼しいときに「この夏っぽいグアバののTシャツを着て今年の夏を元気よく過ごしたい」という思いで購入し、6月のよく晴れたこの日に初めて袖を通しました。ズボンはリーバイスの501のデニムですね、真っ青な海のような色で夏を表してます(グアバに合わせて)。

つまり私は1章の「自然にかえりたい」に記されたような感情でこのTシャツを選んだということがわかります。グアバを身につけたい!海っぽいな!という気持ちなので。ちなみに鑑賞後に待ち合わせをしていた姉に「なんか今日は元気な格好をしてるね」と言われました。グアバファッションに込めた「元気に過ごす」という思いが姉には察知されたようです。

また「夏っぽいから」という季節を感じて衣服を選ぶという感覚はもしかしたら日本人特有の考え方なのでは?ということも展示を通しての気づきです。本当にそうならそれはとても誇らしいことのように思うので、その気持ちを大切に今後も服を選びたいと思いました。

とっても楽しい展示でした!

 

 

 

坂本龍一展を見に行った話

3月上旬に、清澄白河にある東京都現代美術館で行われていた坂本龍一展-時を視る音を聴く-を見に行きました。

平日に行ったのですがチケットを事前に購入していても入館するのに20分くらい並んで入りました。土日は1時間以上並んで入ることもあったようで大盛況の展示でした。

教授 素敵です

館内のほとんどが写真撮影禁止でほぼ写真がないのですが、幻想的な空間に坂本氏の音や音楽が鳴り響き時間を忘れるような空間でした。私の知人はこの展示が良すぎて3回も行ったそうな。

特に印象的だった作品は東日本大震災で被災した宮城県農業高等学校のピアノの展示で、「自然によって調律されたピアノ」と捉えて作品化していたのですが、あの大津波を受けた生身のピアノが奏でる旋律を聞くとジーンとくるものがありました。

作品の数はそこまで多くはないのですが、映像と音がセットになっている展示がほとんどで映像が終わるまで見ようとすると結構な時間がかかり、人も多かったこともあってヘトヘトになりました。

そして正直いうと素敵な空間!!という気持ちにはなったのですが、そこから何かを考えたり調べてたりというふうにはならず、私の中で知見や感性の幅が広がった感じはしなかったのでした。なんでだろうかと考えたのですが、そもそも音楽を聞いて思考するというより「いい」「おー」「フォー」みたいな音楽は言葉より感じろ!見たいなゾーンに入ってしまいその結果「この歌好きだけど誰が歌っているのかわかんない」「この歌すごい好きなんだけどなんて名前か知らない」みたいなことが日常ですごくあって、自称音楽好きだけど音楽全然語れない私には、ちょっと難しい鑑賞だったのかもしれません。なので私には音を視ることができなかったのかもしれませんが、被災したピアノの旋律を聞いてジーンとした時には時を聴くことができたように思います...!

最後に霧の彫刻で有名な中谷芙ニ子さんとのコラボレーション作品の思い出を...

人工の霧であたり一体が覆われるインスタレーションなのですが、ちょうど消防車の出動と重なってサイレン鳴り響く中で街が霞んで見えました。ある意味の夢幻空間が発生し、音が視えたようにも思えたのでした。