広尾のランチパーティー

mixi掲示板で「広尾のマンションでおしゃれなランチパーティー♩☆」の書き込みを見かけ、行ってみたいなと思った。私、当時22歳の時の話である。

広尾のランチパーティー当日。私は期待に胸を膨らませて広尾駅にいた。集合場所の広尾駅前にそれっぽい集団を見つけ「あの、広尾のランチパーティーの方ですか?」と勇気を出して声をかけると、ひょろっとした男性が笑顔で迎えてくれた。それから数分後には広尾のランチパーティーのメンバーが集合。だいたい20歳〜25歳くらいの男女10名程度のメンバーであった。

「ちょっと買い物を頼まれているのでスーパーに寄ってもいいですか?」先ほどのひょろっとした男性が呼びかけ、皆で広尾のスーパーに移動した。一人でランチパーティーに参加していたのはどうやら私だけだったらしく、知り合いのいない私は列の一番後ろについてトボトボ後を追った。広尾のスーパーに着くと大変お行儀よく並ぶ野菜や見慣れぬ肉の塊などが並んでおり、やっぱり広尾のスーパーは違いますなと関心したことを覚えている。

その後ランチパーティー会場となる広尾のマンションに移動。駅から程近いそのマンションは外観も素敵でエントランスも大きく広尾の名に恥じない立派なマンションであった。ひょろっとした男性が先頭をきってマンション内を案内した。「ここです」と案内されたお宅から、ギャルを意識したメイクの女性が現れ笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃい」

どうやら推定年齢45歳のこのギャルおばさんが、広尾のランチパーティーの主催の様子であった。「どうぞあがって」ギャルおばさんに案内され部屋の中に入った。ギャルおばさんの家のリビングは広々しており、10人など余裕で入れる広さであった。

まずは簡単に皆で自己紹介をした。早稲田のサークルのつながりで参加しました。サークルの友達の友達で参加しました。美容室の同僚同士で参加しました。mixi掲示板を見て参加しました。わたしは正直に答えた。すると「よくきましたね!」と褒めてんだかけなされてるのかよくわからない言葉をかけられて私の自己紹介は終了。その後ギャルおばさんと私が似ているという褒めてんだかけなされてるんだかよくわからない声かけをされ、いよいよもって私は何故ここにいるのか?という気持ちが募ったのであった。

ギャルおばさんは途中までランチの準備をしてくれており、作り途中のメニューを皆で分担して調理をしていった。メニューはサラダとラザニアとビシソワーズなどなど。ビシソワーズを作るときにギャルおばさんが頻りに「このマッシャーがすごく便利でラクチンにビシソワーズが作れる」と言っており、広尾の人は日常的にビシソワーズを作るんだなと関心していた。その後も「うちの浄水器はすごく良くて〜」と水道水の自慢をギャルおばさんがしており、金持ちは自慢が多いなと思っていた。

おばさんの逐一自慢を交えながらみんなでガヤガヤとランチ作りを進めていると、おばさんの娘と思われる10歳前後の小太りな女の子がキッチンに登場した。するとギャルおばさんは「あっちに行ってなさい」というような視線を送って女の子を別室に行くよう促していたのだが、その光景に違和感を感じた。何故、ランチパーティーなのに娘は参加しないのだろうか。パーティーは皆でするものじゃないのだろうか。ギャルおばさんに促され別室に移動していった女の子がポツリと一人で絵を書いている様子が見え、私はビシソワーズの作りかたよりもその女の子が気になったのであった。

料理が完成し大きな机を囲んで皆で乾杯をした。広尾のマンションでおしゃれなランチパーティーの幕開けである。ナスとトマトのラザニアも、初めての手作りビシソワーズも美味しかった。一人でやってきた私だったが、目黒の美容室で働くえみちゃんとゆみちゃんとおしゃべりをしたり、ひょろっとした男性と話をしたりして少しずつ周りとも打ち解けていった。美味しいものを食べておしゃべりをするのは楽しい。そしてここは広尾。いつもと違う環境に刺激を受けていたのは確かであった。

だらだらと皆で食べて飲んでをしていたら時間はあっという間にすぎ、気がつくともう夕方であった。そろそろ帰りたいな。そう思いはじめていた時であった。ギャルおばさんがまたビシソワーズの話を始めたのである。このマッシャーは便利だと。その次に水道の浄水器の話が始まった。いかにこの水道水が新鮮な水であるかそして経済的かと。次に奥から持ってきたのは歯磨き粉だ。いかにこの歯磨き粉が歯面を傷つけず歯に優しいかと。するとご丁寧にアルミホイルを使った歯磨き粉の実験をはじめた。ひょろっとした男性と早稲田のサークルの一人が市販の歯磨き粉はこんなに削れている、この歯磨き粉はどうでしょう!といった具合に実演をしていた。歯磨き粉の実験の後はシャンプーが登場。いかにこのシャンプーが素晴らしいかギャルおばさんが熱弁。そんな様子を通販番組をみるかのように私はおばさんを無の状態で眺めていた。一体何なんだろうか。

周りの人はどんな気持ちでこの話を聞いているのかと思い周りを見回すと、神妙な面持ちで話を聞いていた。

通販番組かと思われるくらいの熱心な商品紹介の話が終わると、ここからが本題!といった具合でカタログが数部配られた。先ほどのマッシャーや歯磨き粉も載っているそのカタログを見せながら「普通に買うこともできるけど、もっとお得なのはメンバーになること。そして良い商品を人に紹介してあげること」そんな風なことをギャルおばさんは話し出した。この会社は決して怪しいものじゃなくて渋谷にも建物があり、商品はそこでも買える。だけどメンバーになったほうがいい。とギャルおばさんは力説。その後ギャルおばさんはいかにこの会社が素晴らしいか、いかにこの会社が私たちに益をもたらせてくれるかを説いていた。おばさんのありがたい話の端々で「アムウェイやばいって...」「アムウェイばかかよ...」得すぎてやばい、得すぎてばかだとヨイショをする早稲田の学生。どうやらこのギャルおばさんとひょろっとした男性と早稲田の男性はチームを組んで活動しているということがわかった。そしておばさんらは、我々にメンバーになることを勧めてきたのだった。

私はこの時この会社のことをよく知らなかったのだが、ランチパーティーに一人でやってくるような私がチームを組むなんて面倒で向いていないと思ったし、商品が良ければ渋谷に行けば買えるのだから、メンバーにはならない。そう伝えた。すると「それはもったいないから!もったいないから!」とおばさんに返答された。

「私やってみようかな...」そう言い出したのは目黒の美容室で働くえみちゃんだった。おばさんの力説に心が動いたらしい。するとその言葉に秒速で反応したおばさんらは、すかさず契約書のようなものをえみちゃんの前に広げた。えみちゃん、やるんだ。私はえみちゃんが契約書を真剣に読むその姿を見届けながら「家で家族とサザエさんが見たいので帰ります」と言って足早に広尾のマンションを後にした。

その後パーティーで知り合った人と誰とも連絡をとることもなかったし、連絡が来ることもなかったため、ギャルおばさんやひょろっとした男性、早稲田のサークルの人々、そして小太りの少女のその後を知ることはなかった。

しかし、その翌年のロケットマンデラックスのイベントでたまたま知り合った人がなんと目黒の美容室で働く美容師だったことで、えみちゃんが広尾のランチパーティーの翌日に青ざめて出勤したということを知るのであった。