鯖缶の思い出

20代の頃、弁当に鯖缶を入れることにはまり週3ペースで鯖缶を弁当に入れていた。白米と鯖缶と卵焼きとミニトマトで完結された弁当を職場に持っていき、昼休みになるとシメシメと口元を緩ませながらゴソゴソと弁当の入った袋を取り出し、食べる前に必ずティッシュで弁当箱を拭いた。鯖缶弁当は十中八九汁漏れしている。「あー汁漏れしてる!」とわかりきったことを呟きながら汁を拭いて、弁当箱が綺麗になったところでシメシメと白い歯をこぼしながら弁当の蓋を開けてみると、今朝は白米だったはずの米粒が鯖缶の汁漏れの影響で茶ばんでぐったりとしている。この鯖缶に犯された米が美味いんだな〜と思いながら昼下がり、目を細め鯖缶弁当を頬張った。

夫と一緒に暮らすようになって弁当が1つから2つに増えた。そうしてやって来た鯖缶弁当の日。当然のごとく2つの弁当に鯖缶を入れて蓋をし、弁当箱をバンダナで縛り「いってらっしゃい!」と元気よく見送った。

弁当に鯖缶を何回か入れたある日。鯖缶を弁当に入れないでほしいと夫から申し入れがあった。理由は臭いからとのこと。確かに、鯖缶は臭い。だけど人から臭いと言われなければ、美味いが臭いに優って私の中で臭いはなかったことになっていた。そういえば、私は鯖缶弁当の時は必ずといっていいほど汁漏れした弁当箱をティッシュで拭いていた。あー汁漏れしてる!と言いながら。あの時周りの人達は臭かったのだろうか。結構な頻度で職場に鯖缶を持ち込む従業員に対し皆はどのような気持ちでいたのだろうか。

それからというもの臭いに優っていた美味いが人の目に敗れ、私の弁当生活から鯖缶の出番が激減した。

鯖缶が弁当界から姿を消し、鯖缶とはすっかりご無沙汰していた頃。どこの誰だか知らないが鯖缶鯖缶騒ぎ出すもんだから世の中は空前の鯖缶ブーム。鯖缶の需要は高まり鯖缶の値段は高騰。安けりゃ100円で買えたはずの鯖缶が現在では200円では買えないほど高嶺の花となってしまった鯖缶。資産は円だけでは不安なこのご時世。私は鯖缶から資産形成のあり方まで学んだのでありました。

最近鯖缶熱が復活し、せっせと鯖缶を買い込んで晩御飯のおかずの足しにしている。せっせと鯖缶を買う姿を見て「あら鯖缶買ってんの?今人気よね」と仲良しのレジのおばさんが話しかけてきた。私は前々から弁当に入れていました、ミーハーなわけではありません。と余計なことは言わず「そうですよね。今人気ですよね」と返した。すると「鯖缶のトマト煮とかあるわよね」と具体的な調理方法をおばさんが言ってきたので「鯖缶の炊き込みご飯とかありますよね」と作ったことはないがテレビの情報を伝えたところ「やだ〜臭そう!!」臭そう。おばさんはそう言い放ったのだった。おばさんが臭そうと言ったところでレジは終了し、おばさんから買い物カゴを受け取った。

あぶなかった。弁当に鯖缶を入れていたなどとおばさんに余計なことを言わなくてよかった。また人の目が気になって鯖缶が買えなくなるところだった。私は安堵した。

そうして鯖缶の入った袋を抱え、小走りでスーパーを後にしたのだった。