コショウ畑に行きたい。
ベトナムプーコック島のタクシーの中でわたしはそう思っていた。
私はミルで砕いたジョリジョリしたコショウが好きで、プーコック島名産のコショウを是非とも持ち帰りたい!そう思って楽しみにしていたのだった。
この日、プーコック島に初めて訪れたのだが、旅行前にわたしが得た情報は、
・海が綺麗
・ナイトマーケットがある
・コショウ畑が有名。
となかなか希薄なものであった。
そこで1日タクシーをチャーターして現地のドライバーさんにプーコック島の名所を案内してもらうことにしたのだった。
朝から真珠工場にいったり、透き通る海で遊んだり、収容所や魚醤工場の見学、見晴らしの良い場所でのランチ。さすがこの土地のドライバーさん。テンポよく観光巡りは進み、時計は2時を回っていた。
さて次はコショウ畑かな?
低い山々と生茂る草木を見つめながらタクシーは真っ直ぐな道を軽快に走っていた。
すると
「◯△....farm!」
とあまり会話をしないタクシーのドライバーさんが、運転をしながら突然言葉を発した。
わたしの語学力がないこともあるが、ベトナムの人は英語を話せる人が少なく、話せてもなまりがあって聞き取りにくい。farmだけはかろうじて聞き取れた。
これはきっと、コショウfarmに違いない。
「pepper farm?」
と、私が聞き返すと、
「yes!!」
と、ドライバーさん。
やった!次はコショウ畑だ。
すると5分もたたないうちに車は停車した。
着いたぞ。とドライバーさんが車のドアを開けてくれた。
心を弾ませ車から降りたが、farm感はまるでなかった。ログハウスのような建物の屋根のあたりに、蜂の絵の看板が飾られていて、中には数名の人が商品を眺めている様子が伺えた。
これは...
bee farmだった。
あの時のpepper farm yes!!は....
まぁ...はちみつも好きだし...
せっかくなので、店内に飾られた様々なはちみつを眺めていた。液状のはちみつが瓶に詰められているもの、蜂の巣ごとパーケージに入っているものなど様々なはちみつが置かれていた。
でも...別にはちみつをここで買わなくてもいいかな。
次に行ってもらおうと車に戻ろうとした時、突然店員らしき人から帽子を手わされた。
サファリ帽というのでしょうか。
ジャングルの探検隊員が被っていそうな帽子に、ツバのところからネットがぐるっと一周ついていて、ネットは帽子のつばから胸の高さくらいまでを覆うような形になっている。
とりあえず被ってみた。
すると「早くあっちに行け。」店員が外に通じる扉のほうに指を差して誘導した。
指をさされたほうにいそいそと向かい建物から出ると、バーベキュー会場のような所に出た。地面は土で、そこそこ背丈のある木が3メートル感覚くらいに植えられていた。
そしてクーラーボックスくらいの大きさの青い箱がそこら中に置いてあった。
あたりには蜂が飛び交っていた。
「 bee...farm」
わたしは小さく呟いた。
コショウ畑に行きたかった。
peperからbeeへのシフトがまだできない。
わたしは半袖で短パンであった。
どうしたもんだろう。
ネットはこれで足りていますか?
父が蜂に刺されたことや、姉がアブに噛まれて泣いたことや、アナフィラキシーショックで死んだ人の話とか色々な
刺される=やばい
エピソードがフラッシュバックする。
たぶんわたしの顔は青ざめていたんだと思う。
bee farmの従業員はそんな怖気付いているわたしを察したのか、早くあっちへ行けと人が集まってる方に指を差して誘導したのだった。
蜂から逃れるように前へと進み、
人が集まっている所にたどり着くと、そこら中にある青いクーラーボックスのような箱の1つを開けて従業員が蜂の説明をしていた。
箱の裏にはびっしりと蜂の巣がくっついていて、その上を覆うように何百匹もの蜂が群がっている。
早く蓋を閉じてほしい。
わたしは一刻も早く巣箱の蓋が閉じられるよう、みんなと距離をおいた所から念じていた。
すると
「おまえ!」
と手招きをされ、
「もっと近くでみろ。」
とわたしだけ前に呼び出された。
どうしたもんだろう。
念の使い方を間違えたようだ。
「これが女王蜂だ!みろ。」
と女王蜂を指差して教えてくれた。指先から女王蜂までの距離はだいたい1㎝だった。刺されないのだろうか。
「wow!」
とにかくわたしは感動した!満足したぞ!と「wow!」に全力を込めて言った。早く蜂の巣から距離を置きたい。
女王蜂の説明が終わると、蜂の巣に関しての説明は終了して、次へと案内された。
良かった...
次はbee farm内の小さな小屋に案内されて、蜂の巣を試食させてもらった。
大きな鍋に蜂の巣が入っており、一口くらいの大きさの蜂の巣を手のひらに乗せて試食するのだが、
ここでもまだわたしの念が続いていたのか、わたしだけ三口くらいの大きさのものをごそっと手のひらに乗せられた。
こんなにいらないんだけど...
手に乗せられた蜂の巣を一気に口に中に入れて頬張った。
甘い。一気に入れすぎて瞬間的に吐きそうになった。
甘い蜂の巣は咀嚼する度にどんどん蜜が喉の奥に流れていき、味のなくなった蜂の巣のカスだけが口の中に残った。無理に口に入れ込んだため、そこそこ大きな残りカスを飲み込むことができず、お行儀が悪いのだが小屋の外に出た際に地面の隅の方に吐き捨てた。
以上でbee farm見学は終了した。
良かった。わたしは安堵した。
やれやれという気持ちで出口へとみんなで向かった矢先のことだった。
わたしのとなりを歩いていたおじさんが土のほうにしゃがみ混んだのだった。
あ、この人も蜂の巣が口の中に残って処理に困ってたいたのかな?
同士かな?という気持ちで突然しゃがみこんだおじさんを、
何故かこの時じっと見つめてしまった。
すると次の瞬間おじさんは嘔吐した。
ゲロを吐いたのだ。
わたしはマジマジとおじさんの嘔吐する瞬間を見てしまった。
どうしたもんだろう。
やっと安堵できたのに...
食あたりか?
大丈夫だろうか。
なぜ今吐いた?
再び青ざめたわたしとは裏腹に、おじさんはさっきまでゲロを吐いていた人間とは思えないくらい涼しい顔をして笑顔でその場を去っていった。
わたしはようやっとbee farmから脱出することができた。
出口には可愛いらしい犬がおとなしくおすわりをしていて、
青ざめていたわたしを労わるかのように、すり寄ってペロペロと舐めてくれた。
海外の犬には気をつけろという誰かの教えが頭をよぎったが、もうそんなことはどうでも良いくらいわたしは疲れていた。狂犬病の疑いがあったとしても癒してほしい。そんな気持ちだった。
蜂に刺されることはなかったが様々なショックを受けたbee farm
次同じことがあったらたぶん死ぬと思う。
早く車に戻って次に行ってもらおう。
次こそ気を取り直してコショウfarmへ!
車に戻りドライバーに次はとごに行くのか尋ねると、
「safari park」
結局この日最後までわたしがコショウ畑に辿り着くことはなかった。