おっさんの話

危機管理能力が欠如しているのか、わたしはまぁまぁ変な人に遭遇しやすい。

最近の話だと
「ナンパとかじゃないんで話を聞いてもらえますか。」
と仕事の帰り道におじさんに声をかけられた話がある。
なんだなんだと話を聞いてみると、
「僕は人体のパーツをごにょごにょ.....」
と声がデクレッシェンドしてしまったので、何を言ってるのかちゃんと聞き取れなかった。
おそらく人体のパーツをどうにかしている人物ということはわかった。小さい声でブツブツとまだ説明をしていたが、よく聞こえない。若干の好奇心からもう1度最初から言ってくれ!とダ・カーポを期待したが、
よく見るとおじさんの目が死んでいたので「ごめんなさい。用事があるので。」と言い、わたしはアッチェレランドな足取りでその場を去った。


話は変わって。
これは高校生の時の話だが、おのぼりさん状態でラフォーレ原宿に1人で行った際「ちょっとお話いいですか?」とラフォーレ内でおじさんに声をかけられた。雑誌の占いページを担当しているというおじさんであった。

「キスマーク占いという占いページがありまして、星座の横にその星座の女性のキスマークを乗せているんです。あなたの唇の形のサンプルを取らせてくれませんか?5000円あげます!この台紙にチュッとしてもらえばいいので。」

5000円もくれるの!?マクドナルドで7時間労働してやっと5000円くらいなのに、チュッの1秒で5000円もくれるの!?労働って何なんだろう!!
高校生のわたしの心は揺らいだ。

「結構多くの女性にご協力いただいてるんですよ。これはご協力いただいた方のキスマークです。」

台紙には、赤のキスマーク、ピンクのキスマーク、小さい唇から大きい唇まで様々なバリエーションのキスマークが付けられていた。
(みんなやってるんだ。それなら大丈夫だろう。)

「わたし、やります!」

高校生のわたしはラフォーレ原宿で元気よく返事をした。
まんまと引っかかったバンドワゴン効果。地方の女子高生はちょろかった。
「じゃあこっちに来てください。」とおじさんはわたしを人影のない方へと誘導した。

しかし人影の無いところで「実はもう一つやることがあって、キスマーク占いは、キスマークの横にこの唇の人のキスがどんなだったかを僕が感想を書いているんです。つまり....」と薄ら笑いをしてきたため

「わたし、辞めます!」

と、得意のアッチェレランドな足取りでラフォーレ内を逃走。
東京はおっかないと目に涙を浮かべながらも、電車賃払ってここまできたんだという意地で地方の女子高生はラフォーレ原宿に残留。買い物を続行した。幸いその変態に2度と会うことはなかった。

そして3人目は、もう一度会いたいと思わせる変なおじいさんの話である。

おのぼりさんからおマセさんに成長した19歳のわたしは銀座の中央通りを1人で歩いていた。
たぶんみゆき通り手前くらいだったと思う。
そこで初老に話しかけられたのだった。

「きみ、ちょっと。」

基本的にはお年寄りには優しい私ですから、何ですか?と足を止めた。

「ここは人の邪魔になるから端によって。」

中央通りの端の方へと誘導され、おじいさんはそのまま話をした。

「僕ね、基本的にはいつも車で移動してるんだ。運転手がいてね、いつもあっちだこっちだ連れまわされるから疲れちゃって。だから車から降りてちょっとゆっくり歩きたかったんだ。あとね、君みたいな普通の女の子と話がしてみたくてね。普通の女の子がいいんだ。」

「はぁ。」

「10分僕とおしゃべりしてくれたら、100万円あげる。」

「はぁ。」

「嘘だと思ってるよね。まぁね、そうだよね、じゃあね...見せてあげるから。」

といって、初老は財布から分厚い札束を取り出して、銀座の中央通りでわたしに札束を見せつけてきたのだった。

「!!!?!!」

わたしは初めて見る札の束に驚いた。

「わ、わかりました!わかりましたから早くしまってください!しまって!しまって!」

「はっはっはっ。」

初老は上機嫌だった。

「でもわたし...そんな大金いただけません。だから...いいです。」

19歳のわたしはピュアだった。今だったら「わ!太っ腹!OK、前払いでお願いします!」とノリノリで言うだろうが、19歳のわたしは違う、今は亡きピュアな心の持ち主なのだ。

初老もピュアなわたしを気に入ったのか、
「大丈夫、心配いらない。あげるって言われたものはありがたくもらわなきゃ。いい子だね君は。さっきのお嬢さんたちなんか、10分間話をしてくれたらバックを買ってあげる。っていったら喜んでおしゃべりしてくれたよ。2人いたから2人にバック代を渡して、ブランド物のバックを買っていたよ。君だけにしているわけじゃない。」

またでてきましたよ、バンドワゴン効果
しかしこれにより19歳の心はちょっと揺らいだのです。

「僕ね普段は森ビルの会社の偉い人なの。ほらね、名刺みて。」

「だから君みたいな普通の女の子と喋る機会なんてないの。わかるでしょ?」

この初老の言ってることは嘘なのか本当なのか。よくわからなかったが初老は淡々と話を続けた。

初老とお喋り10分100万円の話だったか、商談成立もしていないのに20分は初老の話を聞いていた。もういいからさっさと金をくれ。とも思わなかったのがピュアな19歳のわたし。

とにかく初老の話を聞いて、タイミングを見計らって立ち去ろうとしていた。

「おじいさん。やっぱりわたしは100万円は受け取れません。ごめんなさい。」

「何を言っている!あげるって言われたら素直に受け取ればいいんだ!」

「受け取れません!」  

「遠慮しないで!」

「受け取れません!」

「うーん。金額が少ないのかな、わかった。300万だしてやろう!!」

「さ、300万円も受け取れません!100万円でいいです!」

こうして交渉は成立した。
受け取れないと言いつつも、あの時みた札束が忘れられない。札束から逃れることはできなかったピュアな19歳。

「ここは人目も気になる、お金のやりとりもあるし、もっとビルの奥で話をしよう。」

初老に連れられ、ビルの奥の方へと入り込んだ。

100万円...何に使おう。
10分100万円。1秒5000円からの大出世だ!

ところが
「10分おしゃべりして100万円って言ったけど...キスもしてくれないとあげない。」

と初老がほざきだしたのだ。

しかし、ありがたいことにわたしには1秒5000円の仕事で免疫がついていた。
今回は動揺することなく、きっぱりと、

「お話はいいけど、キスはイヤです。」

とじーさんに伝えた。

すると初老は、

「じゃ。いいや、君じゃなくてもいいから。ばいばい。」

といって解放されたのであった。

この時は、得意のアッチェレランドな足取りが登場することもなく、
わたしはトボトボ銀座の街を歩いた。
ピュアな19歳の頭の中は札束でいっぱいになっていたのだ。
これで良かったのだろうか。我慢すればあの札束はわたしのものになったのではないだろうか。
30歳になった今でも、あのときの100万円が忘れられない。
10分100万円、10分100万円、10分100万円

わたしは株に手を出し始めた。
おのぼりさんから、おマセさん、おっさんへとわたしは進化している。