LOVEファッションー私を着がえるとき展に行った話

先日「LOVEファッションー私を着がえるとき」展に行きました。

この展示に行くきっかけとなったのは「そういえば小谷元彦さんはどうしているのだろうか」と私が美術鑑賞に興味を持つきっかけとなった美術家の小谷元彦さんへのふとした思いで、早速小谷さんのホームページを見てみると最新の動向にオペラシティーで行われていたLOVEファッション展に作品が展示されていることが偶然わかり、運命もファッションもLOVEもみんなだーいすきというかんじの私は「先生、見に行きます」と6月のよく晴れた日に初台にあるオペラシティーに向かったのでした。

今回のファッション展は

1、自然にかえりたい

2、きれいになりたい

3、ありのままでいたい

4、自由になりたい

5、我を忘れたい

の5つの章に分かれていて、これらの章に沿った衣服や造形や写真・本の一節などが会場に美しく展示されており非常に見応えがありました。一方展示の規模はそこまで大きくないので3周くらいくるくる回って見られるくらいの軽やかさもあり、普段美術鑑賞に馴染みのない人でも楽しく気負いなく見られそうだなと思いました。せっかくなので章ごとに感想を...

 

1、自然にかえりたい

古代ギリシャ・ローマの人々は生花の花輪や冠で身を飾り、18世紀ヨーロッパの貴族たちは男女関係なく草花模様で身を包み、遠く昔から人類は毛皮の肌触りと温もりで酔いしれ、時には鳥の羽で着飾って高翼感を感じたりしてきました。花に囲まれて暮らしたい、いきものの温もりを感じたい、自然に対する憧れや身近に置いておきたい願望は、時代や地域にかかわらず人々が抱く感情だということが掲示れていました。その結果、種の絶滅や生態系の破壊を引き起こされてしまったことも周知の事実です。

もふもふコーナー

そこで思い浮かぶのはステラ・マッカートニーです。ビートルズのポール・マッカートニーの娘でもある彼女ですが、デザイナーとしても多くの功績を納めています。ステラといえばレザーやファーなどの動物由来素材を一切使用しないことで有名ですが、動物愛護活動にも積極的だそうです。

ステラマッカートニーの美しいフェイクファーのコート

一方、ステラマッカートニーのフェイクファーの左となりにはボッデガ・ヴェネタの真っ赤なラムファーが並んでおり、フェイクとリアルの対比ができるようになっていました。見比べた感想はどちらも美しい。

紅白もふふわ合戦

この二つの作品がわざと背中あわせで「ふんっ」と敵対しているよう配置されたのかなと思うのは考えすぎでしょうか。

ちなみに私は生半可な人間なので動物は好きだけどお肉を食べるのも好きで、動物に申し訳ないけどお肉は大好物なのですが、この素敵なコートを作るためだけに動物の命が奪われるのは良くないなと思う一方、美味しくお肉を食べてこれからも元気に生きていきたいと願っているので、美味しくいただいた動物の毛や皮を利用して素敵な何かを作るというのは命を無駄にせず良い循環になるのではと思っています。だけどやっぱり毛皮はいいね、レザーは素敵だよねという人が増えれば需要過多になって問題が起きそうなのでどちらの意見も大切というのが今の私の意見です。gizenですかね..

そしてそのすぐそばに展示されていたのは、私が今回楽しみにしていた小谷元彦さんの作品です。ファーvsフェイクファーの熱い戦いのすぐそばに平置きになっていたので最初気がつかなかったのですが「おや、こんなところに」と覗き込んだ瞬間、自分の体温がヒュッと下がったようなゾクゾクした感覚を瞬間的に感じました。

made of 人毛

おそらくアジア人に絞った人毛なのでしょうか

さすが先生、人間の毛髪でドレスをお作りになっておられました。フェイクファーとリアルファーの抗争のそばで「こちとら人毛ですけど」というくだりになっているのか!と勝手に考察したのですが真相はわかりません。願わくばこのチャプターの配置を担当した方と飲みに行きたいものです。

着用写真も近くに展示されておりました。

チクチクはしないのかな

私が初めて小谷元彦さんの美術展を訪れた時に、先生ご自身の血液をシャボン玉に込めて真っ白いキャンバスにシャボン玉をブチ当てて血液を弾かせるという映像作品を見たのですが、その時の瞬間的に背筋が凍る体験を忘れることはなく、あれから10年以上経ってまた先生の別の作品で同じような体験ができてとても感動いたしました。すげ〜!!北関東から見にきてよかった...私はホラーが苦手なのですが、怖いものを見た時と似たような感覚を体験できて癖になるというか...また別の形でヒュッとなってドキドキさせてくださいと思いながら人毛ドレスを後にしました。

ドレスの近くには人毛最高だよねという村田沙耶香さんの小説の一節も展示されていました

 

2、きれいになりたい

服を着ることによって「きれいになりたい」「美しく見せたいという」と思う気持ちは多くの人が抱いたことのある身近な感情のように思います。この章ではその時代に沿った「きれいになりたい」欲望の造形が展示されておりました。ウエストをS字に締め上げるコルセットや、スカートを丸く膨らませるための歩きにくく重たそうなクリノリンなど、どの時代にも「きれいに見せるための苦行な装い」があるのだろうと思われます。現代だと苦行な装いって何でしょうか。整形?

1997年。それまでの均等のとれた身体美とは全く異なるドレスが登場しました。今までの価値観や概念を疑う意思を込めた作品が発表されたのですが、それがコムデギャルソンの Body Meets Dress, Dress Meets Body通称「こぶドレス」と呼ばれる作品です。

均等のとれた身体美とは全く異なるフォルムを呈示した川久保玲の作品

私は一時期コムデギャルソンのデザイナーである「川久保玲さんにハマる」というブームがあって、尊敬する人は?と聞かれたら川久保玲と答えようとずっと思っていて誰にも聞かれずに今に至るのですが、川久保玲さんの何がすごいと思うのかというと、常に概念を壊し新しい何かを呈示し続けながらも、売るという商業的な部分も成果を出していて、ドーバーストリートマーケットという素敵で洗練された空間も提供していて、世界的に有名で第一戦でご活躍されていることに(現在82歳だそうです)尊敬しかないです。知ってるよという感じかもしれないですが、改めてすごい方ですよね。この章だけではなくコムデギャルソンの功績は別のチャプターでも紹介されていました。川久保玲は日本の誇り!

もう少し私とコムデギャルソンの思い出を語りますと、川久保ファンだけどコムデギャルソンの服は洗練されすぎて着こなす自信が持てず、だけど同じ空気を吸わせてもらいたくて仕事が早く終わった日は新宿伊勢丹の3階に行きましてコムデギャルソンの店のあたりをイワシのようにぐるぐるぐるぐる回り、休日はドーバーストリートマーケットに行って狂った鳥のように下のフロアから上のフロアへと行ったり来たいりして快楽を感じていた頃がありました。そんななかでたった数点ではありますが、ドキドキしながら尊敬するコムデギャルソンを購入したのはいい思い出です。

 

3、ありのままでいたい

「ありのーままでー」という歌詞の歌が流行ったのは2014年ごろですが、社会の流れでは2010年頃から「ボディ・ポジティブ」が唱えられ、様々な価値観の共生を目指そうという姿勢が今日までの間に徐々に広がったように思われます。

ビックメゾン(という響きかっこいいですよね)からも西洋の伝統的で理想化された身体ではなく標準的な身体を基礎とした服が発表され、野暮な下着を躊躇なく透かし見せたデザインなど平凡さを肯定的に容認する作風も見受けられました。

ありのままがすぎるような気もするシャネルのブラトップ

ここ数年でよく見かけるシアートップスももしかしたら「ボディ・ポジティブ」からの流行りなのでしょうか。わかりませんが...

素敵な憧れの服というのは「ここぞという時に着る服」という思いがある一方「素敵な服なら毎日着たいよね」と思う気持ちもあります。そんな気持ちを代弁してくれるブランドがsacaiです。

ゴルチエ・パリ・バイ・サカイ(中央の作品)
よく見ると服が何層かに重なっているがパッとみるとドレスのフリルのよう

「日常の上に成り立つデザイン」をコンセプトにしている阿部千登勢氏がゴルチエの過去のコレクションを新しい形に再構築した作品ですが、よくみるとタトゥーの入ったレギンスを履いていたり、ドレスのフリルかと思っていた部分がシャツだったり、ピンクのブラジャーが重ねてあったりと日常の着衣が隠れていて謎解きのようでワクワクする服だと思いました。ちなみにピンクのややとがったブラは90年代にゴルチエ氏がマドンナの衣装を手掛けて象徴的なものとして確立した「コーンブラ」がモチーフとなっているそうです。

 

4、自由になりたい

国籍、言語、民族、宗教、文化、階級、職業、年齢、性差....予めつくられた「物語」を生きる私たちは、自己に輪郭を与えるため、しばしばアイデンティティを衣服に委ねます。との掲示とともに日本の宝である川久保玲がウィーン国立歌劇場創立150年を記念したオペラ「オーランドー」で手掛けた衣装がスクリーンの下に飾られていました。

オーランドーは川久保玲を含め作曲、演出、など全て女性が指揮を執るというオペラの世界では珍しい試みで話題を呼んだ

オーランドーというヴァージニア・ウルフの小説で(この方も女性)青年貴族のオーランドがある日突然女性に変身し、時代や性別を超えて生きる姿を描いている作品だそうです。

私自身はおめでたい人間だからなのか、自由になりたくて服を選んだということはなく正直一番ピンとこないテーマなのですが、それは私が性自認が一致していて無宗教で日本の平凡な家庭でボヤッとぬくぬくわりと自由にマジョリティー側で育ったからなのかなと思いました。ただこの章から思い浮かんだのは、セックスアンドザシティの映画でアブダビに旅行に行ったSATCのメンバーが大変な目に遭いそんな中でヒジャブを纏った女性達に助けられるシーンがあるのですが、ヒジャブの下をチラッと見せてもらうとめちゃくちゃ華やかで素敵な洋服を着ており、みんなで素敵素敵〜と喜ぶシーンを思い出しました。

 

5、我を忘れたい

私は私。でも、私はどこかで今とは違う私の夢をみています。そういった変身願望とそこから得た欲望を追い求め、ときに支配されるという旨の掲示にわかりみ〜と思ってしまったのですが、まさに私にそんな夢を抱かせてくれる作品がこちらです。

トモ・コイズミの作品。リボンとフリルがいっぱい!!

MISIAが東京オリンピックの開会式でトモコイズミのドレスを着用して話題になりましたが、フリルとリボンで埋もれそうな夢いっぱいのこのお洋服を見てこれを着たらどんな気分になるだろうかと想像してしまいましたね...しかもこちら私の好きなズボンなんですね!私の人生にあまりスカートは登場しないのですが、なぜかというとよく自転車に乗るからというそれだけの理由なのですが、これなら自転車もいけますね。髪型はチュンリーみたいなお団子かレディーガガがやってたリボンの髪がいいかもしれません。素敵です。

袖を通すことで異次元にもいけてしまえそうな作品群たち

そんな見ているだけで自然と気持ちが昂ぶる衣服の側に手のひらサイズの透き通った装いの展示がありました。

都市風景をヤドカリに背負わせるAKI INOMATAの作品

綺麗!!!!

こちらはニューヨークのお宿

ヤドカリは心地よく気に入った宿でないと中に入って活動しないようなのですが、少しずつヤドカリが中に入って生活できる世界の都市宿は増えていっているそうです。この展示でAKI INOMATAさんの活動を知ってとても興味深く、魅了されました。

 

✳︎展示を見て得たことから考えてみよう

当たり前に毎日服を選び着ている我々に、衣服を通して様々な思いや感情を表していることを今回の展示が具体的に教えてくれました。

さてこの日、わたしの格好は何を表していたのでしょうか。展示を通して考えてみることにしました。

ギャルソンが好きだと言っている人とは思えない格好をしていますが、私はよくこのような格好をしています。ちなみにこの日も駅まで自転車に乗ってきたので当たり前のようにズボンを履いています。Tシャツは今年H&Mで発掘した「GUAVA」とデカデカとプリントされ、さらに大きなグアバのイラストまで描かれたおニューのものです。5月のちょっと涼しいときに「この夏っぽいグアバののTシャツを着て今年の夏を元気よく過ごしたい」という思いで購入し、6月のよく晴れたこの日に初めて袖を通しました。ズボンはリーバイスの501のデニムですね、真っ青な海のような色で夏を表してます(グアバに合わせて)。

つまり私は1章の「自然にかえりたい」に記されたような感情でこのTシャツを選んだということがわかります。グアバを身につけたい!海っぽいな!という気持ちなので。ちなみに鑑賞後に待ち合わせをしていた姉に「なんか今日は元気な格好をしてるね」と言われました。グアバファッションに込めた「元気に過ごす」という思いが姉には察知されたようです。

また「夏っぽいから」という季節を感じて衣服を選ぶという感覚はもしかしたら日本人特有の考え方なのでは?ということも展示を通しての気づきです。本当にそうならそれはとても誇らしいことのように思うので、その気持ちを大切に今後も服を選びたいと思いました。

とっても楽しい展示でした!

 

 

 

坂本龍一展を見に行った話

3月上旬に、清澄白河にある東京都現代美術館で行われていた坂本龍一展-時を視る音を聴く-を見に行きました。

平日に行ったのですがチケットを事前に購入していても入館するのに20分くらい並んで入りました。土日は1時間以上並んで入ることもあったようで大盛況の展示でした。

教授 素敵です

館内のほとんどが写真撮影禁止でほぼ写真がないのですが、幻想的な空間に坂本氏の音や音楽が鳴り響き時間を忘れるような空間でした。私の知人はこの展示が良すぎて3回も行ったそうな。

特に印象的だった作品は東日本大震災で被災した宮城県農業高等学校のピアノの展示で、「自然によって調律されたピアノ」と捉えて作品化していたのですが、あの大津波を受けた生身のピアノが奏でる旋律を聞くとジーンとくるものがありました。

作品の数はそこまで多くはないのですが、映像と音がセットになっている展示がほとんどで映像が終わるまで見ようとすると結構な時間がかかり、人も多かったこともあってヘトヘトになりました。

そして正直いうと素敵な空間!!という気持ちにはなったのですが、そこから何かを考えたり調べてたりというふうにはならず、私の中で知見や感性の幅が広がった感じはしなかったのでした。なんでだろうかと考えたのですが、そもそも音楽を聞いて思考するというより「いい」「おー」「フォー」みたいな音楽は言葉より感じろ!見たいなゾーンに入ってしまいその結果「この歌好きだけど誰が歌っているのかわかんない」「この歌すごい好きなんだけどなんて名前か知らない」みたいなことが日常ですごくあって、自称音楽好きだけど音楽全然語れない私には、ちょっと難しい鑑賞だったのかもしれません。なので私には音を視ることができなかったのかもしれませんが、被災したピアノの旋律を聞いてジーンとした時には時を聴くことができたように思います...!

最後に霧の彫刻で有名な中谷芙ニ子さんとのコラボレーション作品の思い出を...

人工の霧であたり一体が覆われるインスタレーションなのですが、ちょうど消防車の出動と重なってサイレン鳴り響く中で街が霞んで見えました。ある意味の夢幻空間が発生し、音が視えたようにも思えたのでした。

車を買って一年がたちます

なんだかんだずっと渋って買わなかったマイカーを購入してそろそろ一年が経つ。たしか去年の5月ごろからほしいかもと思い立ち、ノリと勢いで購入に至ったのだが今ではすっかり我が相棒となり毎日共に行動している。

車というのは本当にラクな乗り物なんだなと思う。私は通勤も今は車なのだが以前まで晴れの日は自転車で15分、雨が降るとバスと電車で1時間弱かけて職場に行っていた。15分と1時間弱という差の壁は高く、雨が降るのに晴れの日の感覚でいると完全に遅刻をしてしまうため明日の天気を認知しとくというのもライフワークに組み込まれていて、今思うとこれがかなりストレスだった。

「明日が雨かもしれない」というだけで多大なる心労を受け、さらにわたしを悩ませたのは帰りの電車からバスの乗り換え時間「2分」という圧だ。制限時間2分間のうちに地下から地上に出てバスに乗り込まないとならず、そしてなぜか田舎のはずのわたしの街の駅は、あの永田町の地下鉄と等しいのでは?と思うほどエスカレーターが長く、何が言いたいかというと制限時間2分の移動を全力疾走して地上まで駆け上がらないといけなかった。さらにこのバスに乗り遅れてしまうと次のバスが来るのに30分待つ羽目になる。それだけではない。もれなくペナルティーとしてバスを待つと子供のお迎えに間に合わないので徒歩20分の距離を雨の中小走りで迎えにいくという加算がされるのだった。

電車の扉が空いたらヨーイドン!中年女性が思いっきり走り出します。改札は予め用意をしているパスモでタッチし(ここでモタツクともう間に合わない)そのまま構内を走り切り、心臓破りの坂(永田町と間違えるほどの長いエスカレーター)をテンポ良く走ります。ハァハァゼェゼェいいながら太ももを痛めて上り切ったところで休むことなくバスロータリーを走り抜けて7番の看板を目指してラストスパート!あー!残念!いい走りですが残念ながらバスは出てしまいましたね〜はい、小走り続けて保育園まで頑張りましょう!!...つらい。あの日を思い出すだけで息切れがしてくる。幸いにもバスに間に合っても勢いよく乗り込んだ中年がぜぇぜぇハァハァずっと言ってる様子を他の乗客に見られるのはとても辛かった。(だから息を止めて堪えた日もあったが、酸欠になって具合が悪くなった日もあった)私はこのようなことを2年くらい雨の日にやっていたのだ。雨の日の1人感謝祭マラソンからの卒業というだけでも130万で買った中古車の価値はあるように思う。このように辛いバス時代を過ごした者なので、時々雨の中バス停で待っている人を車内から見かけると「可哀想に。わたしの車で駅まで送ってあげたい」とついつい思ってしまう。年配のおせっかいというものは経験からくるものなのでしょう。これからますます気をつけないといけませんね。はぁ、車通勤最高〜!

 

 

ハイエナズクラブ休止のお知らせ、えーん!

そのまんまのお知らせなのですが、先日ハイエナズクラブから休止のお知らせがありました。

hyenasclubs.org

わたしは主にハイエナズクラブで「世界の歯医者巡り」記事を定期的に更新しており、今後もそのような活動を個人的に継続していく所存なのですが、ひとまずハイエナズクラブでの更新は現時点ではお休みとなります。かなしー!

今後の動向はハイエナズクラブ末端の人間である私はなんにも知らないのですが、とりあえず今後も海外旅行のついでに歯医者は行きたいし、形に残したいなと思っています。私のライフワークなので...

遡ること約10年前、26歳を過ぎた頃でしょうか。実家住まいで特に好きでもない歯科衛生士という仕事をしていたわたしは淡々とした生活や変わり映えしない毎日に「私の人生こんなんでいいのだろうか?」と悶々とした気持ちを抱えていました。そんな自分に喝をいれ、新しい私を見つけるために、ホリエモンの本を読み、六本木で開催された新卒フリーランスの方のオンラインサロンに参加したりなどと、思うがままに精力的に活動をしました。そしてホリエモンや新卒フリーランスの方の影響を受け「私にしかできないことをやろう」と彼氏(現夫)にワードプレスで「フロス」のブログを立ち上げさせ(当時パソコンの知識がまるでなかったので)フロスのブログを書くことにしました。

そんな折に、フロスのブログの参考に歯科衛生士の方のブログを読もうとインターネットを彷徨っていると抜群に面白いブログを書いている人を発見するのです...湯布院あやかさんでした。その当時は別のお名前で活動していたのですが、同業でこんな面白い記事を書いている方は他にいなく、なんかSPA!にまで名前が紹介されてて(記憶違いだったらすみません)実家の片隅ですごいすごいと尊敬しておりました。そうしてそこで湯布院さんがハイエナズクラブに所属していることを知るのですが、たしかそのときはハイエナズクラブを認識することもなくさらっと流したのです。

また別の日。わたしは彼氏(現夫)の友達のDJイベントに行くのですが、ドンチャドンチャ響く音の中でお酒を飲んで笑っていたところ、チャーチャラララーとなんかいいかんじの金管の音とノリの良い曲が流れてきて、なんの曲か聞いてみたところ「思い出野郎Aチームの週末はソウルバンドって歌だよ」と教えてもらうのですが、いい歌だなぁと思って自宅に帰って思い出野郎Aチームを調べたところすごく楽しそうに演奏してるサックスの存在を知るのですね。とっても楽しそうだわ!素敵!と思って彼を推しにすることを決めるのですが、その人が増田薫さんでした。推しについて調べるとハイエナズクラブに入ってることがわかるのですが、ハイエナズクラブ?ハイエナズクラブ???....ハイエナズクラブ?!?!あー湯布院さんがたしか入ってたぞ!なんかよくわからないけどハイエナズクラブってすごい団体なんじゃないかと憧れを持つようになったのでした。

推しが確定し、せっかくだから推し活へと思ったところちょうどカクバリズムでのライブがあり思い出野郎Aチームも出演することがわかったので、私は早速1人でライブに行くことにしました。他の出演者の公演中、人少ない物販コーナーで思い出野郎AチームのTシャツを買うのですが、その時に奇跡は起こりました。たまたま物販コーナーにいた増田薫さんが、なんと私に声をかけてくれたのです!デスティニー!!!

推しに声をかけてもらって嬉しくなったわたしはファンです!という熱い気持ちと、ハイエナズクラブに入るにはどうしたら?という真剣な思いを伝えたところ、ブログを書いているのか?と問われ、フロスのブログを少々...と自前のブログをアピールし、そのときはそれで終わるのですが、そこで認知され?その後ハイエナズクラブに入りたいというやる気に満ちたブログを書いたことが受け入れられ?入団することができたのでした。(たぶん???)

入団してからの人生は学びが多く、画像サイズという概念がなく写真をそのまま貼っていたわたしに画像サイズの調整と貼り方を教えてくれたこと、Twitterでフォロワーの方への返信にキチガチですね!と返したところを会長に発見され「そういうことを人にいうのはよくないことです」とTwitter上で注意を受けたことを職場の休憩中に確認して、シクシク泣いたこと(職場の人に泣いているからどうしたのか?と聞かれたけどまさかインターネットでキチガイと発してしまい泣いてるとは言えず無言で泣き続けました)。またパソコンが苦手で克服するためにPCデポで契約して勉強することにした時は、ハイエナズクラブのメンバーが契約書の確認に集まってくれたというのも思い出深いできごとです。何かに一生懸命になることのできなかった私にハイエナズクラブがインターネットの世界を教えてくれ、人生が楽しくなりました。

フロスのブログは閉鎖し、今回ハイエナズクラブも休止しますが、書くということで自己容認ができ、そして書くことは楽しいことなので、これからも地味に個人的なブログの活動は続けたいなと思っています。

最後に私から言いたいことは、がんばって何かに取り組んでみると、推しに飲み会で鍋をよそってもらえる日があなたにもくるかもしれません.......

いいだろーー!!!

梁丞佑の写真展に行った話

体力の衰え、白髪の数、カルビを食べると腹を壊す、副鼻腔炎の発症頻度、風邪の治りにくさ、腰痛、夜起きていられないなどなど考えれば考えるほど20代の頃の自分にはなかった変化があって落ち込むこともあるけれど、逆に20代の頃はあまりなかったけれど、30代で発見した喜びみたいなものもいくつかあって、その一つに「梁丞佑(ヤンスウウーさん、通称ヤンさん)の写真展が開催されたら見に行く」という自分の決まり事が私にはある。

20代の頃は楽しみにしていることがすぐそばにあり、すぐ駆けつけられる身軽さと気力と時間と体力もあったのであまりこれを楽しみにしていますというはっきりとした目的もなかったのだけど、子供を持ち、地方に住み、自由に使えるお金も時間も体力も限られた30代の私の取り決めに「年に1回新宿伊勢丹で買い物をする」「THUNDER CATが来日したらライブに行く」そして「ヤンさんの写真展に行く」を掲げている。

そして今年のはじめに念願のヤンさんの写真展が開催され、先日私は六本木にある禅フォトギャラリーまで写真を見に行ってきたのだった。韓国出身日本で活動をするヤンさんの写真は被写体との人間関係作りから始まることが多く、10年近くかけてやっと一冊の写真集ができるみたいなこともあるので、そんなに頻繁に写真展が開かれる訳ではないのだけど、今回は被写体を初めて募集したということもあり、ハイスピードで作品が完成したそうだ。そのモデルたちというのは韓国の若者だった。

年始年末に韓国に行ったこともあり、韓国の若者には普段以上に関心を持っていた。そんな時にタイミングよく開催されたヤンさんの写真展と韓国に私は勝手に縁を感じていたのだった。

私が実際に韓国に行って韓国の若者に対して思ったのは、女の子はみんなと言っていいほどの髪が長くストレートで、みんなと言って良いほど多くの若者がスウェットを履いてダウンを羽織っており、メガネはメタルでフレームの細いものをかけていて、英語も話せて中には日本語も達者なものもいて勉強熱心なのだろうなと思っていた。

ヤンさんの写真展のモデルとなった若者はヤンさんのインスタグラムでの呼びかけや過去に韓国で行われたヤンさんの写真展にきた来場者が主らしいのだが、どのモデルさんも個性際立つ方が多く私の感じた韓国の若者像とはかけ離れた方々が多いように感じた。

今回の写真展の作品と一緒に展示されていた作者のことばには、ここ数十年で韓国は若者の自殺率が多く出生率の低い国となった。モデルを希望してくれた子の中にも生きづらさと戦い家から出れないような子たちもいるが、ヤンさんと会えるならという理由で家から出てきてくれ子もいる。ヤンさんが10年後また撮影しようと声をかけたらそれなら頑張って生き続けられるかもと返した子がいて、それに驚いて5年後にまた同じモデルたちと撮影することが決まったというようなことが書いてあった。ヤンさんの写真展を糧にして過ごすものとして、気持ちの重さはかけ離れているかもしれないけど私も一緒になって5年後を楽しみに待ちたいと思った。

ヤンさんの写真展にいくと「ヤンさんの新しい写真集も買う」がセットになっているので写真集ももちろん買ったのだけど、写真集をレジで購入する際に「私ヤンさんの写真展があると足を運ぶようにしてまして」と誰も聞いてないよということを話を聞いてくれそうな人に語り出すという20代ではなかった30代で発症した面識のない人への自分語りが始まり「ヤンさんとも何度かお話しをする機会があったのですが、とても親しみの感じる穏やかなお人柄で云々」と語った後に、ギャラリーの女性が「そうですね、ヤンさんは人間力の高い方ですよね」と落ち着いた物言いでヤンさんという人物を表現していて「おっしゃる通りです!!!!」と思ってギャラリーを後にしてからも人間力〜人間力!!!人間力!!!とすごい言葉への共感と感動に胸をいっぱいにして私は都バスと山手線に乗って北参道に向かったのだった。すると北参道の道路で柄違いの上下チェックの上着とパンツを履いてロエベの象の形の鞄を持ったイケてるダンディーなおじ様がいい匂いを撒き散らしながら颯爽と歩いていて「歩いているだけで感動できる東京、すごし!」と人間力という言葉でいっぱいになった胸を田舎ではなかなかお目にかかれないイカしたおじさんの目撃でさらに胸がマンパンになりこんな感動的で幸せな気持ちになれてありがて〜と思いました。

私は誰かの光になれるような器も人間力もないので、感度を鍛えてビリビリにして40代になってもたくさん感動をしていいねいいいね、よかったよかった〜と思える人間になりたいと思います。

 

 

今年の振り返りと来年の抱負2024

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年末の大掃除どころか家に幼児がいるのにクリスマスツリーもまだ押し入れから出せずにいる主婦のこんこんですが、今年の抱負や来年の目標にかこつけ盛大に自分語りをする時間は確保します!ええ。今年で6年目ですわよ。

去年の抱負ブログを読んで、去年の自分は来年の自分にどんなことを期待していていたのかな?と振り返ってみたところ英会話向上、筋トレ継続、決算書を読めるように!との目標を立派に掲げておりました。そして自己評価を下記に表にしてみました。

英会話△

筋トレ△?

決算書✖️✖️✖️

 

まず決算書は決算書を読むために「世界一楽しい決算書の読み方」という本を読んで「なるほどー」と理解できたはずなのですが、実際に企業決算を見てみると「はーん」「あー?」「で?」「はぁ....」と結局よくわからんとなって散りましたね...決算書の理解もたぶん英語や筋トレと一緒で小さいことをコツコツ読み続けていかないとスッと入ってこないんじゃないかと思われるのですが、なんか今の私には無理ですね..ということでこの目標はトリプル✖️

 

英語はオンライン英会話のグループレッスンを週1回30分コースで続けていて、毎週強制的に英語脳にする時間を作ってみたのですが、まぁたかが30分されど30分って感じで、オンライン英会話の効果としては突然英語で話しかけられてもびっくりしないくらいの精神的な効能くらいしか獲得できていないと思われます。今は英語の予習も復習もしていないからね。そもそも私の語学習得の目標が「友達と仲良くなりたい」というのんびりした目標だから英語で話しかけられても怯まないレベルでいられるのであればまぁ満足してるといえばしてるのですよね....今年夫の友人と会う機会があり、友人の奥様はフィリピン人だったのだけど、お互いが英語で話したり日本語で話したりして、楽しくコミニュケーションもとれたので無駄にはなっていないなという感じではあります。来年もオンライン英会話を継続するか悩ましいところ。週一時間作るのもわたし的には大変だったから頑張ったなとは思う。ということで△

 

筋トレはなんかもう癒しの領域にきていて、ジムにいくと体がスッキリして調子が整って気分も良くっていいこと尽くし。だから月1通うみたいな感じで、今後も絶対継続していくけど熱心にはなれないし、家でも気が向いたら腹筋と尻に効く逆さまなブリッジみたいな運動しかしていないので筋肉も付いているかは謎。つまり筋トレと英会話のモチベーションは一緒です。私はゆるく長く、ラーメンみたいなナオンだからこれも△....でも筋トレは一生でも続けたいと思っている。体も気持ちもスッキリするからね

△ばっかりでパッとしない評価ですが、今年の私の1年は顧客満足度(顧客=自分)の高い素晴らしい1年でしたね....会いたい人に会いに行ったり会いにきてもらったり、美術館も去年は1回だったのに2回行けたし、人生で一番映画も見れた年だと思うし、ベトナムに行ってフォーもたくさん食べたし、伊勢丹新宿に行ってお買い物もできたし、子供の七五三のお祝いしたり、車も買って高速道路も乗れるようになって、家族が大きい病気したりもなくて、自分の中では険悪だった職場の人とも元気よく挨拶が交わせるようになったし、よかったなと思います。

来年の抱負は友人(と私は思っているのだけど)のあらいはまさんに教えてもらった本がまだ読めてなくてそれを買って読みたいのと、あと文学フリマに出たいなと思っているのでそれを頑張りたいと思います!私に関わる皆さん全ての幸せを心から願っています...ラーメンおばさんより。

抱負ブログが書けたので私はこれで心おきなくクリスマスツリーを出せます.....

 

 

 

 

 

DIC川村記念美術館に行ってきました

11月末に川村記念美術館に行ってきました。実は私が川村記念美術館を知ったのはつい最近のことで、きっかけは通っているジムのトレーナーとの何気ない会話。

「夏休みどっか行きました?」とのトレーナーからの質問に「田名網敬一展に行ってきました」と返しをしたところ「そうなんですか!僕も美術館に行くのが好きで!」と予想以上にマッチョと美術館の話で盛り上がり、その時に「是非川村美術館に行ってみてください!」と言われそこで川村記念美術館の情報を得たのでした。

美術鑑賞をほぼ都内でしていた私は地方の美術館に行くこともなく、千葉県佐倉市にある川村記念美術館の存在も全く知らなかったのですが、せっかく教えてもらったご縁だと思って川村記念美術館をGoogleマップで調べたところ、自宅から高速道路に乗って車で1時間ほどで着くことがわかりました。ろくに高速道路を運転したことがない私でもこの距離感なら行けるかな?と意欲的になっていたところ、何気なく付けていたテレビから「川村記念美術館が年内に休館が決まった」とのNHKニュースの報道が。これを聞いて「年内には絶対行ったるぞ...」と熱い決意をし、そうして私は念願の川村記念美術館に先日1人で行ってきたのでした。ちなみに私のように「なんだって!?!」と行動に移した同志が多かったこともあり、現在は年内休館予定だったところを来年の3月末までに延長されています。

手に汗を握りながら高速道路をビュビュンと乗って川村記念美術館に到着すると第一駐車場と第二駐車場も満車状態。「えーここまで来てすんなり入れないの?」と少し落ち込みながら駐車場の出口に進むと出口通路に止まって全く動かない車が...何やってんだ?と遠くから様子を見ていると停車した車に進んでくださいと後ろの車が合図したところ「俺はここで空くのを待ってるんだ!」と初老が後車のことも考えずにキレながら停車していることがわかり、しょうがないので後車の我々はその年寄りの車を慎重に避けながら出口を出て、どうしようか、第二駐車場をもう一周してみるかと悩み進んだそんな私は、見つけたのです。第三駐車場の存在を....えええ??!?と思って第三駐車場を進んでいくと第一と第二はコンクリートで整備されているけど第三駐車場は砂利道で空き地のようなところに一台だけ車が駐車されていました。向こうで喧嘩口調でキレ散らかして待っている車は一体何をやっているのでしょうか。本当に私の車をこの畑で囲われた空き地のような駐車場に停めていいのかわからなかったけれど、確かに出入り口付近に立てられていた「第三駐車場」の看板を信じて車を停車させました。

美術館から戻ってきて車がなかったらどうしよう.....という不安を抱えながらも入口に到着。

チケットを買って中に入ると、強い風が館内を通り抜け、池には光が反射してキラキラと輝き美しく澄んだ景観が広がっていました。高速道路に乗った緊張感や怒るじいさんへの苛立ち、通報されて車がなくなっていたらどうしようかという不安な思い...このような自分の気持ちを力強い風が吹き飛ばし、光が私を包み込み、そうして気持ちが安らいでいくのがわかりました。

ありがとう川村記念美術館

池沿いを少し進むとサイロのような丸いフォルムの建物が見えました。この中が美術館です。館内は撮影厳禁となっており、作品はもちろん入口の照明や壁のステンドグラスも、館内からこの美しい自然が眺められる設計になっている様子もバエの精神を持つ私としては是非シャッターに収めたい限りだったのですが、残念ながらそういう訳にはいかなかったので心のシャッターに刻んで参りました...

中の展示はピカソやモネ、ルノワール、シャガールなどのヨーロッパ近代美術、企画展中のドイツを拠点として活動する作家の西川勝人の回顧展、またそれにちなんでドイツ美術の展示もされていました。なかでも私が今回印象に残った作品はマーク・ロスコのシーグラム壁画の一室「ロスコルーム」と今年5月に亡くなったフランク・ステラを追悼の意を込めた展示室でした。

ロスコルームは「川村記念美術館に行ったら是非ロスコルームを見てください!」とジムのトレーナーが熱弁してくれ、マッチョを震わすロスコ、興味あるなと私も楽しみにしていたのですが、ロスコの作品群が並べられた部屋に入ると確かに空気感の違うその一室に私もすぐに魅了されました。

もともとアメリカのフォー・シーズンズ内のレストランに飾られる予定だったこれらの壁画は、諸説ありますがオープン前にこのレストランを見にきたロスコがこんなところに自分の作品を飾られるのは心外と契約を取りやめてしまったそうです。またロスコは自分の作品が他の作家の作品と並べられることを嫌い、その意を汲み取って完成された部屋が川村記念美術館の「ロスコルーム」だそう。このようにロスコの作品のみでできあがった空間は川村記念美術館の他には世界では3カ所、アジアでは川村記念美術館唯一の貴重な部屋だそうです。

そんなロスコの部屋、休館を発表してから来場者が5倍になったとはいえ、この小部屋にはだいたい10名ほどしかおらず(平日に行ったこともあると思うけど)ゆったり鑑賞することができました。照明が落とされ薄暗い部屋でじーっと大きな壁画を見ていると、壁画から手がのびてきて絵の中に飲み込まれていくそんな体感をすることができました。何重にも重なりあった、決して華やかではないおどろおどろしく生温さを感じる色合いが別世界へと引き込んでいく。ロスコは最後抗うつ剤を過剰摂取し自信を切り刻み自死したそうなのですが、彼のこれまでの葛藤や鬱々とした気持ち、大切にしていた美学がこの部屋に詰まっているように思えました。

一方フランク・ステラの一室は天井が高く、開放的な空間に巨大な作品がいくつも展示されていました。色彩がなく無機質なものや鮮やかな色合いが幾何学的に組み合わさった作品などを見ることができました。展示されていたフランク・ステラの解説を読むと、「あなたは、そこに見ているものを見ているのです」との言葉を残しており、鑑賞者が作品の意図や裏側にあるものを読み取ろうとする試みを否定的に考えているように伺えます。「美術から死生観を考えたい」などと美から何かを学ぼうと美術館に足を運んでいた私の考えは邪なことで「黙ってみやがれ」とステラに言われたような気分になりました。ステラの言葉通り、目の前の作品をただ真っ白な心で鑑賞したいと作品をじっと見ていると「あの、この作品は何を意味しているのですか」とおじいさんがフランク・ステラの巨大な作品を指差し、美術館の隅に座っている監視係の女性に尋ねている声が聞こえました。すると監視係の方は丁寧に立ち上がりおじいさんに「何も意味はありません」と答えたときに、私はすごいものを見た気持ちになり「ステラ、今のやりとりをご覧になりましたか」とこのやりとりを含めてアートだなと勝手に感動してしまったのでした。

妙に感動したのでステラのポストカードを記念に買いました

日々の生活の中でも何かと意味を見つけようとしたりこじつけようとしがちな私の人生ですが、フランクステラのアートの概念をときどき思い出し、時には自分の感性や直感を信じて進みたい。そんなことを思いながら美術館の出口を出ました。

 

美術館を出てからは池の周りや森の中を散策しました。木々が風で擦れる音が心地よくこんなに快感を味わえるなら家の近所でも積極的に森の中に入ろうと自然の良さを再確認した次第。

森の散歩コースを抜けると広大な芝生の広場がありその近くには、休憩室の小屋やベンチがあちこちに設置されていました。柔らかい日差しの中その休憩所で人々は持ち込んだ軽食を食べたり、ベンチに4人横座りしたおばあさんが高音で仲良く歌を歌っていたりして「え?もしかして私死んだ?」と錯覚するほど穏やかな世界がそこには広がっていました。

池には白鳥もいました

初めて訪れた川村記念美術館で、日頃忘れていたり見落としていたことを優しく教えてもらった気持ちになりました。この素晴らしい場所が閉館してしまうことが残念です。

川村記念美術館が閉館してしまう理由や今後など自分なりに調べてみると、中国の投資家が「来場者より警備員の方が多い美術館をどうにかしろ」と言って閉館が決まったとか、その後は東京に移動させるとか、前澤さんが引き取って存続させるとか諸説色々あるようなのですが、この自然との調和を大切に設計されている川村記念美術館が土地不足の東京で再起させることができるの?とか、中学校の同級生とともに作ったこの友情の賜ともいえる川村記念美術館を無のものにするの?とか住み着いてる白鳥の行方は?など気がかりが多く、今後の川村記念美術館の動向に注目したいと思います。

それと今回のブログを読んでお気づきの方もいるかもしれませんが、話の登場人物がおじいさんとおばあさんだけなのですね...来場者の9割がお年寄りで、若者の姿が5〜10%、外国人はいなかったと思います(わたしのいた時間は)そこも個人的にはどうかと思い、もうちょっと若い世代やインバウンドの方が来る工夫も必要な気もしました。行きづらいというのもあるかもしれませんが、訪日で山梨のローソンが賑わうくらいなので貴重な見どころのあるこの美術館の人の入りがイマイチなのはもうちょっとやりようがあるのでは...などと思ってしまいました。まだ一回しか行ったことのない奴がワンキャン言うなという気もしますが..

期間が終わっており署名活動もできなかったのですが、この美しく素晴らしい川村記念美術館が続きますよう存続の意を表します。

この思いがDICと中国の投資家と前澤さんに届けーー!!!