なんとも残念なことに8月の旅行を目前に体調を崩した私は、家族旅行(帰省)に置いていかれることとなった。幸い夫と子供は発熱することもなく元気ですということで予定通りに旅立ったのだけど、子と夫を駅まで車で送って帰ってきた自宅のテーブルに、数十分前までそのテーブルに座ってお絵かきをしていた息子の残像が浮かび私はさめざめと泣いた。めっちゃ寂しい...この数日間、私は一体何をやって過ごせばいいのだろうか。子供と4日離れるのは初めてのことで、突然やってきたおひとりさまタイムに私は狼狽えた。体調面が優れないので友人とご飯を食べたり遊んだりということはできず、とりあえず家の掃除は絶対しよう。あとは....どうしようどうしようと息子としばらく会えないという出来事に思いのほかダメージを受け、気分が沈み、シクシク泣いた。このままじゃ私のメンタルは4日持たない。なんか気分の上がること考えよう....あ、そうだ美術館に行こう。美術館なら黙って見るだけだし人様にも迷惑かからないだろう。そうしよう、そうしよう場所は六本木にしよう、そうしようということで、国立新美術館と森美術館(六本木ヒルズ内にあるとこ)で現在行っている展示を調べた結果、なんとなく活力がこちらの方が高そう・展示から死生観について考えられそうという2点の理由から国立新美術館で行っている「田名網敬一 記憶の冒険」展を見に行くことにしました。
私は田名網敬一さんのことを実はほとんど知らなくて、ネットで作品をみても「あぁ、水曜日のダウンタウンのオープニングの動画の人ですか!」(ちがいます)と、そんなファーストイメージだったのだけど展示を見るまでの間、この展覧会の概要や過去の田名網氏のインタビューなどを読んで死にかけた経験(第二次世界大戦の戦争体験や結核を患ったこと)が作品のヒントととなっていることを知り、 田名網さんの作品の死生感から新たな発見ができたらいいなと意気込みを感じておりました。というのも昨年の蔡國強展で蔡さんのとある作品から死後を考えさせられ、そのことが自分にとって非常に衝撃的で、これは定期的に美術館に行って私は感銘を受けたり考えたり必要があるのではないかと思っていました。それは私が40を目前にした中年だからなのでしょうか。死にふれて立ち止まる時間が自分には必要なのかもしれないと蔡さんの作品を見て思ったのでした。決して死にたいという訳ではないのですが、むしろこれから先もできるだけ元気にのびのびと生きていくには死を考える時間が必要なのではとぼんやり思うようになったのです。
というわけで今回「田名網敬一の回顧展から死を考えよう」というテーマを胸に私は一人ずんずんと乃木坂駅から国立新美術館を目指して進み、マジで真剣に見るぞ!とコインロッカーにバックをぶち込み会場に向かったところ財布がないとチケットが買えないことに気が付いてまたずんずんと勇ましくコインロッカーまで戻ってバックを再度とり出すなどしてようやっと入場しまして、2時間ほど見て参りました。
大トリの最終章あたりまでくると情報量の多さと田名網さんの作品から受けたバイタリティーによって具合が悪くなってしまい「あたしちょっともう無理」と思いながら小走りで作品を見てまわりました。休憩を入れて見るべきだと思います。しかし会場には椅子がないのでできれば午前と午後に分けて見るくらいの余裕を持ってくるべきだと思った次第。あと健康状態が良い人じゃないと見ていて結構辛くなってくるのではないかと勝手な心配をしました。私はわりとメンタルが強い分類だと自負しているのですが、展示の最後らへんで漠然と無理と思うようになってきたのです。たぶん私の魂は田名網敬一作品の生命力の高さにひいたのだと思います。

だって田名網先生ときたら、85歳を超えてもめちゃくちゃ大きな作品をどんどん発表されており、絵だけではなく私よりもでかいオブジェみたいなものもお作りになられてまして、私なんか35歳をこえたあたりからブログを書くことが体力的にも精神的にもキツくなってきて「あぁめんどくさい」「書きたいことは一応あるんだけど」「なんせめんどくさいんだよな」「やけに時間もかかるし」「肩も凝るんだよな」なんて思って年に2か3しか更新しなくなってしまったというのに、先生ときたらコロナ禍でピカソの模写にハマり700枚近く描いたというではありませんか...数もすごいけどとにかく作品のスケールやイラストの書き込みに全く衰えがなく、先生よりかは随分若い歳の女の具合を悪くさせるほどの圧倒的存在を生み出していることにただただ尊敬の念を抱いたのだった。


展示の概要から知ったのですが、作品の原動力となっているのが「死への恐怖心」であるというようなことが書いてあり「でた!テーマ!死」と一人で熱くなってしまったのだが、第二次世界大戦での記憶や結核を患った体験など限りなく近くで死を感じた先生は、私が到達できない領域で死と向き合っていらっしゃるのではないかと私の薄っぺらい思考力とあまり良いとは言えない視力で作品を拝見させていただきました

そして今回思ったことは田名網敬一さんは象がお好きで象の絵をたくさん描いているようなのですが、個人的には先生の描かれる虎がめちゃくちゃ可愛いと思いました。
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というわけで今回私は「田名網敬一 記憶の冒険」展に思い立っていってきた訳なのですが、去年の美術鑑賞と同様刺激をビリビリと感じ感じすぎて具合が悪くなってしまったわけなのですが、88歳で朝から晩までずっと絵を描いていて、ずーっと描き続けていらっしゃること。表現したいことがずーっとあり続けることにも感動してしまって「子供と離れ離れ。四日間何をすればいいの〜」とシクシク泣いた私に「目覚めよーー!」と肩を持ってゆすってやりたいと思ったと同時に「私もブログを書きます」と田名網敬一展のことをブログに書こうと思った次第です。書いている今肩と背中痛いです、ですが書こうと思いました。自分が楽しみながら表現できる方法が私にも一応あるので、作品からいただいた活力をキーボードの上で発散させていこうじゃないの、そう思いました。
先生のネットのインタビュー記事で晩年の画家の絵はみんな小さくなっているとお話されていて、いや普通はそうだろうなと思いました。描き続けるという体力と気力の維持。これは生き続けていくことと等しいと思うのですが、先生の絵を描く原動力が死への恐怖ということは自分なりに死を見つめたり受け止めることは、自分らしく生きていくことに必要なことだろうと再認識しました。

ちなみに感動したのでお土産も買って帰ってきました。


職場に着ていったら悪口を言われそうなので、近所でお買い物する時に着ようかと思います。イオンとか良いですね!
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黒いのは夫用に買ったので、一緒にこれを着てイオンに行こうと思います!
また時間を見つけて美術鑑賞をしたいと思います。