朝の好きなおかずは目玉焼きです。

わたしは最近、朝飲みというものを初体験した。


この日のメンバーは私の友人メガネ先輩。メガネ先輩のお知り合いの監督。そしてわたしの3名だった。

メガネ先輩は友人であり飲み友達でもある。特にお互い、コの字の酒場に深い関心があるためよく一緒に調査に出かける仲なのだ。

メガネ先輩のお知り合いの監督は、立石を知り尽くした男といっても過言ではない、言わば立石のプロ、立石マスター、プロフェッショナル立石。
簡単に言うと、よく立石で朝から飲んでいるおじさんなのだが、今度の土曜日も朝飲みに出かけるというので、興味を持ったメガネ先輩が便乗。そしてさらにわたしも便乗。という経緯からこの日の朝飲みの会が発足されたのであった。

この日の朝は早かった。
8時45分立石集合。立石駅改札から出て右の列に並べ!というミッションが課せられ、わたしは懸命に立石へと向かっていた。
しかし、途中電車の乗り間違いを2度もしてしまい、さらに焦りと緊張のせいか腹を下してトイレに立ち寄った結果、結局30分も遅刻するという大失態を犯してしまったのだった。


「あー来た来た!おーい!」

遅れたわたしを優しく迎えてくれる仲間。もちろん、メガネ先輩も監督も時間通りに来ていた。
おそらくメガネ先輩は内心キレていたと思うが、わたしに甘いメガネ先輩は何故今日8時45分にこだわっていたのか、30分も遅刻をしている私に説明をしてくれた。

今回朝飲みの舞台となる『宇ち多゛』は創業昭和21年。70年も続くもつ焼きの名店だ。その美味しさから土曜日は開店の10時から始まって13時頃には売り切れのため閉店するという大人気店なのだ。
さらに開店と同時になくなるレアなメニューもあるので、開店と同時に入りたい!という熱心なファンも多く、8時くらいから列ができるのだとか。また後から来た人が待ち合わせということで入り込むことはできないシステムらしく、その場合は全員後ろから並びなおさないといけないらしい。
そして9時頃になると席ぎめを客の間で話し合われ、座りたい席によって並び方が変わるのだ。単純に一列に並べばいいわけではなく、自分の席にスムーズに座れるよう、計算して並ばなければならない。
また注文も店内には「もつ焼き」としかメニューには書いていないので、どの部位を、なんの味で、どのくらいの焼き加減でをスラスラと言えないとダメらしい。例)シロたれよく焼き

とにかく細かいルールが沢山あるため、
初見にはなかなかハードルの高い店だということを説明してくれた。
細かいルールのお陰で、宇ち多゛攻略法の記事がネットにあるくらいなのだ。

それなのに30分も遅刻したわたしをこいつは見逃してやっておくれよと、立石マスターa.k.a監督が交渉してくれ、監督が言うなら...という感じでなんとか宇ち多゛入が認められた次第であった。すみませんねみなさん。

しかし、今日は3人のはずだと思っていたのだが、輪の中には他におじさんが2名おり、ニコニコしながら話の一部始終を聞いていた。

はて?というわたしの顔を察してくれたのか、おじさん2人が自己紹介をしてくれたのだが、宇ち多゛システムもよく理解できずにパニックになっていたわたしは2人の名前を瞬時に忘れてしまったのであった。

しかし、そのうちの1人のおじさんはちょっと一味違う雰囲気でその時は名前を覚えられなかったのだが、なんか気になるおじさんということで注目をしていた。
その訳は、渋谷直角氏の漫画「デザイナー渋井直人の休日」にでてくるおじさんがそのまま現れたような人だったからだ。
上質なダッフルコート、ほどよく細めのパンツ、足元は手入れをされたコンバース、白髪の髪にはお洒落な水兵帽。そして素敵なメガネをかけていた。

わたしは渋谷直角氏の観察力を尊敬した。
業界臭漂うおじさん=上質なダッフルコートは方程式として覚えて良いということを実感したのだった。

客同士の場所決めが決まると、近くであれば列から離れて出かけても良い。との決まりがあるようで、上質なダッフルおじさんは「僕はコーヒーを買いにいってきます。」と優雅に列を離れていった。

我々が列を作っている場所は、立石のアーケードの中であった。このアーケードがまた昭和の雰囲気が漂い、良い味を醸し出している。
アーケード内にある宇ち多゛の隣のお惣菜屋のおじさんは、朝からせっせと蒟蒻に隠し包丁を入れていた。
アーケード内を掃除するおじさんは、カラフルな地面を入念に清掃し、店の入り口のステップを持ち上げその下まで掃除をしていた。丁寧に仕事に打ち込むその姿に心が打たれた。
一方、早朝から列をつくる暇なおじさんたちは、まだかまだかと目を輝かせて待っていたのだった。
働くおじさん。休暇のおじさん。どっちのおじさんの姿もなんかいい。立石はいい町だと思った。

コーヒーを買いに行ったダッフルおじさんが戻ってきた頃、宇ち多゛の開店まであと10分となった。
すると今まで無音だったアーケード内に、スーパーのBGMのような躍動感ある音楽が鳴り始めたのだった。妙な音楽にテンションが上がる。

そしてここからさらにつっこんだ席決めが始まった。座る場所が決まったテーブルのどの位置に座るのかという会議になり、

「君たちは端の席が良いので、あなたが列の先頭に行きなさい。」

と、ダッフルおじさんから指示を受けた。

「そのあとは監督が行って!」

わたしの次に並ぶのは監督と決まった。ダッフルおじさんはコーヒーを持って帰ってきたと思ったらテキパキと仕切りを始めたのだった。

「僕はメガネちゃんと後から行くから。」

この決め事の詳細は謎だが、ダッフルおじさんはわたしよりメガネ先輩がお気に入りというのはわかった。

「あ!大将がトイレに行った!」

立石アーケード内の店舗には店内にトイレがないため、トイレに行く場合はアーケード内にある公衆便所に行く必要がある。
 
大将がトイレに行ったら、間も無く宇ち多゛オープンのサインらしい。

トボトボと歩く大将の後ろ姿が見えなくなった次の瞬間、

ガチャーンと小さな扉2つが一斉に開いた。

「入れーーー!!!!!」

なんだかよくわからないまま、先頭のわたしは後ろから押し込まれるようにして店へと入り、めちゃめちゃ狭い席の1番端席へと座った。その横に監督、そしておじさん、おじさん、おじさん!
長細い木の机の向かい側にはメガネ先輩、そしてその横にダッフルおじさん、そしておじさん、おじさん、おじさん。

座席について今までの説明の意味がやっとわかった。

基本的に宇ち多゛には長細い机しかないのだ。
そこを家族のようにみんなで囲んで飲み食いするというような形だった。わたしの席は約10名のパーティーを組んで座ったという訳である。

トイレに立つには一度全員に立ってもらわないとならないほど座席は狭く、狭すぎてコートも脱ぐことができなかった。
着席するや否や、店員さんが一升瓶を持って各テーブルを周り、座席にあらかじめ用意されているコップに焼酎をなみなみと注いでくれた。なみなみと注がれた焼酎はそのままコップの受け皿にしたたり落ち、そして仕上げに梅のシロップがほんのり注がれる。これが宇ち多゛で人気な飲み物「梅割り」なのだ。

食べ物もじゃんじゃん運ばれてくる。どうやら並んでいる時に注文の受付が始まっていたようで、監督やダッフルおじさんが注文しておいてくれたオススメメニューが机に並べられた。
その中でもタン刺がめちゃめちゃ美味しかった。宇ち多゛のタン刺しはローストビーフより美味しい!これはわたしの感想である。

周りのおじさんたちは好みの焼き物をスラスラとスピーディに注文していた。その姿は呪文を唱えているようでなんだかかっこよかった。

メガネ先輩とわたしの宇ち多゛初心者組は結局難易度が高くて注文できなかったのだが、おじさんたちから、これもどうぞあれもどうぞと回ってくる食べ物を食べてどれも美味い!と喜んでいた。しかもこのお店の料理は全て1皿200円という驚きの値段設定なのだ。

食べてる途中にも関わらず、また来よう、絶対来ようと次の来店を考えてしまう。
宇ち多゛はそんな素晴らしい店であった。

最初は皆、美味い美味いとだけ呟いてほぼ会話をせずにいたのだが、そこそこお腹が一杯になってくると話が弾むようになった。
あの人はお寿司屋さんでこれからランチ営業があるんだよとか、からしは持ち込んでもいいけど、もつ焼きに直接つけて皿は汚さないようにするんだよとか、南千住もイケてるよねとか...

そんなゆるい世間話で盛り上がる中、
急にダッフルおじさんが最近ハマっているドラマの話をしだした。

仲里依紗が出ているドラマを楽しみに見ていて、あのドラマはすごい!という話であった。
あーそうなんですかー!
見てないなーと心の中で思いながら話を聞いていると、
「ここまで最近のドラマはやるのかってほどすっごいんだよね。仲里依紗の夫が浮気する話なんだけどね。その浮気相手がいいだよー。足開いて××××××シーンがもう最高で!それを朝起きてから見て、×××××してからじゃない活動できないんだよね。」
もつ焼きの注文と同じくらいに突然スラスラと卑猥な話をするダッフルおじさんの表情は良い笑顔であった。
10人でゆるやかに囲んでいた朝食の時間。
ダッフルおじさんは突然、朝の好きなおかずの話を語り出したのであった。
しかもダッフルおじさんと目があってしまった。どうしよう。。わたしは下ネタが苦手なのだ。
どうしよう。。わたしは目玉焼きが好きですとか言ってみようか。。

幸いなことに、ダッフルおじさんを除く9人の誰も口を開かなかったので、わたしも黙っていることにした。そのかわりニコニコと笑顔だけは絶やさないよう努めた。

するとダッフルおじさん。今度は
「奥さんが隣に座っていても横の女性を口説いてしまって怒られる。」という話になった。
ダッフルおじさん、この話題ならいけるかも!というこで、はいはいと相槌を打つわたしと裏腹に「最低だ。」とメガネ先輩は小さい声で呟いていた。

「だから奥さんに言われるだよね。頼むから既婚者と彼氏がいる子を口説かないでって。」
はいはい。と聞くわたしの前で、「当たり前だよ。」とメガネ先輩が小さい声で呟いた。

ここでわたしはあることに気づいた。奥さんの懐の広さに!
「でも奥さん優しいですよ!だってフリーの子は口説いてもいいってことですもんね!」
今度は自分の意見を発言できたぞ!と喜ぶわたしの一方で「その考え最低だな。」とメガネ先輩は普通の声で私に言った。

「それはしない。僕、人のものじゃないと燃えないから。」
そうきたか。と思うわたしの横でメガネ先輩はもう何も言わなかった。

ノリノリで話をするダッフルおじさんの勢いは止まらない様子だった。
周りのおじさんは気まずいからか聞こえないフリをしているようだった。
しかし宇ち多゛の店員が現れて、喋ってばかりいないで早く飲んでくださいよ!とダッフルおじさんの勢いを阻止し始めたのだった。
 
ダッフルおじさんは、はーい。とニコニコしながら残っているお酒を飲み始めた。

開店から1時間が経つ頃、「ではそろそろ。」と移動の準備が始まった。立石のマナーとして1つの店に長居をしないというのが暗黙のルールであるようであった。特に宇ち多゛のような人気店は、外で待っている人への配慮からもそうしているようであった。非常に粋な飲み方である。

一緒に入った10人はほぼ同じタイミングで店を後にした。
だけどみんなその後は各々好きな店へとてんでばらばらに消えて行ってしまった。それはダッフルおじさんも然り。

「僕、メガネちゃんみたいな子タイプなんだよね。」
最後はちゃんとメガネちゃんを口説いてダッフルおじさんは消えていったのだった。


我々3人は宇ち多゛の後に7件ハシゴをすることになり、立石の町には夜の10時まで入り浸ることになったのだった。
こうして思い出深い人生初の朝飲みの会は幕を閉じた。7軒目の餃子屋でわたしは生きてて良かったと連呼していたことをなんとなく覚えている。
そのくらい立石の町が楽しかったので、思わずブログに書いてしまった次第である!

しかしどうか。メガネ先輩には見つからないでいてほしい。

このブログを彼女が読んだらキレるであろう。
でもわたしに甘いメガネ先輩だから、たぶん見て見ぬふりをしてくれる気もする。