車をぶつけてしまった

先日車ををぶつけてしまった。ぶつけてしまった瞬間は儚く、ゴンっと大きな音が鳴ったあと速やかに左側のサイドミラーのカバーが紛失し、二枚貝のように勢いよくミラーが折りたたまれたのを確認した。車を走行させながら車内で一人奇声を発しまずい状況になったと慌てたが、とりあえずホームセンターから買ってきたお風呂マットを自宅に置きに行こうと自宅に向かうことにした。

自宅に駐車後、恐る恐るサイドミラーを開くと鏡は割れておらず無事だった。ただサイドミラーはカバーが外れて剥き出しとなっており、これで黙って返却したら怒られるだろうなと憂鬱になりながらカーシェアの返却場に向かった。

かなり動揺していたので途中で自転車で飛び出してきた中学生を轢きそうになるなどしながらなんとか返却場に戻ってきて、タイムズの人にあのぶつけてしまったのですがと伝えたところ「現地に戻ってもらわないと...」とタイムズの人も慌てながら指示をしてくれた。事故を起こしたときは事故現場で連絡をすることが鉄則のようなのだが、その時私は自分がやったことが事故に入るのかもよくわかっておらず、よくわからなかったのでとりあえず帰ってきてしまったのだ。「何にぶつけたのですか?」と質問をされてハッとした。私は一体何にぶつけたのだろう。「すごく細い道を対向車とすれ違ったときにこすってしまったので、一瞬だったのでよく覚えていないのですが...」思い出せ、自分。と自分を励ましながら「たぶん電柱か、民家です」と言いながら大切なことに気がついた。民家!当てたのが民家だったら民家はどうなってるのか?とやっと私はことの重大さに気がついたのであった。「とにかく現地に戻って警察に連絡してください」私は急いでまたサイドミラー剥き出しの車に乗ってタイムズを後にした。

事故現場の道はとても狭く駐車が困難なので、近くの大きなスーパーに車を止め現場に向かった。確かこの辺という場所に到着すると現場はここ!と合図をするかのようサイドミラーのカバーが大きめの昆虫のようにして道路の隅に転がっていた。これこれと思いながら私は昆虫のような物体をリュックサックに仕舞い込み、このあたりでこすったであろう民家の様子を確認した。幸い民家の外壁は目立ったような傷もなく、破損もしていないようだった。その後速やかに警察に連絡をすると、今から現場に向かうのでそのままそこで待っているようにということと、民家の方に事情を説明し警察がくることも報告するようにということを指示された。

かなり重い足取りで民家の方の玄関前に向かい、ピンポンとチャイムを鳴らすと感じの良い声がインターホンから聞こえた。「あの私は車で走行していたものなのですが、実はお宅の壁にぶつかってしまいまいました。本当に申し訳ございません」と振り絞って出したような声で謝罪すると「え?今向かいますね」と変わらず感じの良い声で応対され、玄関前に1人の女性が出てきてくれた。再度事情を説明し頭を数回下げる私に「あの角のとこよくみんなぶつけてくのよ、ところであなたは怪我しなかったの?」と女性は怒るどころか私の体の心配までしてくださった。「神よ」私は心の中で合掌した。

神はその後、「どこをぶつけたの?」と言いながら一応現場を確認され、塀の角のところまで私を連れて行った。そして「見て。みんなよくぶつけるからここに反射板貼ってんの」と言って札のように貼り付けられた反射板をわざわざ私に見せてくれた。その後、うちは本当に大丈夫だからねと神は言いながら何事もなかったように家の中へと姿を消していった。

しばらくして警察から電話があり、到着まで30分くらいかかってしまうと伝えられたので、私は車をぶつけられても怒るどころか相手の体のことまで心配をする優しい家主にせめてもの気持ちをと近くのスーパーに贈答用のチョコレートを買いにいった。チョコレートを買いに行く道中、そういえば私は事故を起こしたくせに先方に自分の名前も名乗っていない。ということに気がつき卑怯者と自分を情けなく思った。

そうしてまた民家の方の玄関前に向かいチャイムを押すと先ほどの女性が顔を出したので「先ほどはぶつけてしまったのに優しく声をかけてくだった上に私の体の心配までしていただきありがとうどざいました。これはほんの気持ちの品です。そして先ほどは名前も名乗らず大変失礼しました。私はさとみこんこんという者です。」と長ったらしい挨拶を言い切り頭を下げた。すると女性は少し困惑した様子で「え?いいのに。そんなことしなくていいんだよ。もう気にしないでいいんだよ」と言いながらチョコレート控えめに受け取り、そうしてまた扉が閉まった。

できる限りのことはした。あとは警察が来るのを待つのみだと汗を垂らしながら待っているとパトカーが到着した。狭い路地に駐車できないパトカーも近くのスーパーに駐車をし、警察官が1名降りてきた。壊れたサイドミラーを確認後、車検証や免許証を確認され後、では相手の方の自宅にいきましょうと言って警察官と私でまた神の住む家に向かった。

3度目のチャイムを鳴らすと心優しいあの女性が現れ、はいはいという感じで外に出てきた。昼時に3回もチャイムを鳴らしていることに本当にごめんという気持ちでいっぱいであった。では一緒に現場確認をといって警官と私と女性が現地に向かう後ろを娘と孫が続き、だいぶ賑やかな感じで現場検証が行われた。その後少し話し合いをしてから警察の確認はこれで以上になりますと告げられ、警官は「僕パトカー好きかな?パトカー乗せてあげようか」と孫に提案。家族は警官の提案にとても喜んでいた。「じゃパトカーとって来るんでちょっと待っててくださいね」と言いながら警官は足早にスーパーの駐車場に向かい姿を消した。

「息子さんおいくつなんですか?」「2歳でーす」「じゃあうちの子供と一緒だ」「えー同い年のお友達のお母さんなんだってよターくん」「あらやだ私はあなた学生だと思ってたわ」といった具合で皆がハッハッハーと笑い合い和やかな時間を過ごしていたのだが、なかなかパトカーを取りに行った警官は現れず時間はどんどん過ぎていった。そうして私は思った。これ、いつまでここにいればいいんだろうか。孫がパトカーに乗るところまで見届けるべきか。いやでもうちの2歳も待ってるし、そもそもぶつけた相手の家でこんな笑顔で過ごしていていいのだろうか。そうして警官を待っている皆さんに「あの私は引き続き事故処理があるのでこの辺で..」といって失礼することにした。引き続き事故処理があるなんて余計なことを言ってしまったのではないか。相手にとっては知ったこっちゃないし、ていうかやっぱり孫がパトカーに乗るところまで見届けるべきだった?など悩みながらタイムズまで戻り、車とリュックにしまい混んでいた昆虫を返却した。

どうか息子とターくんが将来同じ学校に進学することになった時に「あの時うちの家に車でぶつかった親の子」と認知されませんようにということを今も強く願っている。