ただの豆だった

最近麻布十番を訪れることが多い。その訳は兼ねてから勤しんでいるピラティスのスタジオが移転し、移転先が麻布十番になったからである。そのため月に2回とか3回麻布十番を訪れるようになったのだが、だいたい昼頃にピラティスの予約を入れるので、その後麻布十番で昼ご飯を食べて帰ることが多くなった。

麻布十番は面白い。老舗の店も多いが目新しい店も次から次へとできる。どちらかというと味のある老舗の店が好みなのだが、時たま根底にあるギャルの部分が垣間見えてしまう私は、今回はアメリカ系メキシカンスタイルの楽しめるブリトーの店に行ってみることにしたのだった。

ガラス扉を開けて入ると「いらっしゃいませ」とかったるそうなバイトに出迎えられた。「ご注文は?」と腹話術で喋ってんのかと思うくらい顔の筋肉が動かないバイトに聞かれるが、なんせ私はブリトービギナー。何の選択肢があるのかもわからずオロオロするしかなかった。ブリトー屋はサブウェイのようなシステムになっており、ガラスケースの中には彩り豊かな野菜や肉などが並んでいた。まずはベース選びから。ブリトーかタコスかその中身だけかを店員に問われ、迷わずブリトーをチョイスした。次にチキンか、ビーフか、ポークか。チキンは1000円、ビーフは1300円、ポークは1200円。私は驚いた。高い。ブリトーってアメリカでもメキシコでも庶民の食べ物のはず。1000円以上払って食べる食べ物なのか...思ってたのと違う!と正直ブリトー屋から走って逃げ出したかったが、わたしだって大人、わたしだってわかってる。ここは麻布十番だということを。基本この街に庶民は住めないし、物価は高いものなのだ。仕方がないので泣く泣く「ビーフ」と何故か1番高価な選択をして次のステップに移るのであった。サワークリームは入れてもいいですか?ライスも入ますか?ソースは?チーズは?追い立てられるように店員に問われ、頭の回転が遅い私はとりあえずはい!はい!と答え、店員の流れを止めないよう心がけた。すると今度は「お豆はどちらにしますか?ベーコンのお豆か、お野菜のお豆ですが」と豆だけはYESの回答ができず、はい!のリズムは崩れてしまった。焦る気持ちで自分はどちらの豆を食べたいか考えた。ベーコンのお豆っていうのは肉からできているのだろうか。そして何故この無愛想な店員は豆だけには丁寧な対応なのか。「じゃあベーコンのお豆で!」1番肉々しいビーフを選んだのだから豆もお肉の豆にして肉々しいブリトーにしよう。そう考えてベーコンの豆を選択し、一通り注文が終わった。

1300円のブリトー。さぞかしオシャレなんだろうとカウンターで楽しみに待っていると、お待たせしましたと店員がトレーに乗せて運んできたものはアルミホイルに包まれた物体だった。インスタ映えのカケラもなかった。アルミに包まれた焼き芋のようだ。looks like a 焼き芋。思ってたのと違う!と泣き出しそうになったが、おそらくこれがアメリカ系メキシカンスタイル。気取らないのが彼らのスタイル。大人しくアルミホイルで包まれた物体が乗ったトレーを受け取り座席に向かった。

店内は奥行きがあり、洞穴のようであった。窓がないので光が入らず薄暗いし、風通しも悪い。風水的な観点からみるとこの店はたぶんすぐに潰れる。そんなことを考えながら適当な所に着席した。

おしぼりで手を拭きアルミホイルを剥いて、ブリトーの頭を出す。そしてそのままパクっとかぶりついた。噛んですぐにご飯とソースの混ざった味がした。不味くないけど、美味しくもない。セブンイレブンブリトーの方が数倍美味しい。これならセブンイレブンブリトーを5個買った方が良かったと一口食べただけで残念な気持ちになった。しかしせっかく四苦八苦してオーダーしたブリトー、1番高い肉を選んで買ったブリトーである。味わっていただこう。私はブリトーを咀嚼しながら一口かじった後のブリトーの断面を観察してみた。中から豆が覗いていた。そうだベーコンのお豆。肉からできたベーコンのお豆を選んだことを思い出した。どんな味がするのか。ワクワクしながら豆だけをつまんで食べてみた....豆の味がした。ただの豆だった。思ってたのと違う!と再度アルミに包んでブリトーを焚き火に放り込もうかと思ったが、わたしだって知ってる。わたしだってわかってる。食べ物は粗末にしてはいけないことを。最後まで食べよう。しかし咀嚼するたびに広がる味は後悔。なんとも後味の悪い食事となった。

ブリトーを完食し終わったあと、すぐにインターネットを開いてベーコンのお豆を検索することにした。あいつは一体なんの豆だったのか。せめてベーコン豆の正体だけでもはっきりさせて少しはすっきりして帰りたい。しかし検索の結果「次元大介の好物」以外情報は見つからず、結局一体ベーコン豆がなんの豆なのかよくわからず、後味の悪さは軽減しないままブリトーの店を後にすることになった。

ベーコン豆の正体は謎のままであるが、肉からできていると思ったベーコンの豆は肉からできている訳ではない。その事に気付いただけでも私はまた一つ賢くなった。そう思うことにした。しかし帰りの電車の中でわたしはふとあることに気がついたのであった。

 

お野菜のお豆こそ、なんの豆だったのであろうか?