姉のスキャットマン・ジョン

よく「貯金をしなさい」と親に言われて育ち、従順な子供であった私は目的もなく素直に貯金をしていた。下の妹はもっとその気持ちが強く、その結果「趣味貯金」みたいな子供に育ち、未だ嘗てこれにつぎ込むみたいなお金の使い方をしていないように思う。ところが同じ姉妹でも1番上の姉だけは違かった。姉は小さい頃から物欲が強く、よくお金を使っていた。カードキャプターさくらに凝った時は漫画を全巻揃え、さくらちゃんのカードを集め、なぜかタロットカードまで買ってタロットの勉強をし始めていた。ピスタチオにハマった時は姉を見かけるたびにピスタチオを割って食べていたので姉の肌はどんどんブツブツになっていったし、大人になってからも海外に住みたくなったと言うと突然仕事を辞めてカナダに旅立つなどと自由気ままに生きていた。彼女は行動するにあたっての後先のことや支出をあまり考えないようでよく金欠にもなっていたが、学生の頃は親の500円貯金からこっそりお金を盗んだりして凌いでいる様子であった。

そんな姉の金銭感覚を貯金を推奨する親は許さなかった。

ある日、当時小学校3年生の私と6年生だった姉は友人と友人のお母さんと一緒に少し遠くのTSUTAYAに出かけた。姉も私も大きなCDショップに行くのは始めてで、CDがたくさん並ぶTSUTAYAの店内に夢中になっていた。店内をウロウロし、知っているアイドルのアルバムを見つけては値段を確認すると、だいたいどれも3000円くらいの値段であった。当時私の月のおこずかいが300円くらいだったので、欲しいけどちょっと高すぎるとすぐに諦めた。ところが半分不貞腐れた状態の私にもぴったりのCDが見つかった。当時大好きでよく見ていたウリナリで活躍していたポケットビスケッツの3枚目のシングル「red angel」がリリースされていて、500円で売っていたのだった。ポケットビスケッツは好きだし、何より身の丈にあった値段だからこれならお母さんにも怒られないだろう。私は意気揚々と縦に長くて赤いジャケットのポケットビスケッツのシングルをレジに持っていった。このred angelのシングルは私が人生で初めて買ったCDとなった。

満足のいく買い物ができ嬉しい気持ちでいると、店の中で姉とすれ違った。姉になにか買うのかと聞くと「これだよ」と見せてくれたCDにはシルクハットを被ったヒゲのおじさんが写っていた。値段は多分2500円くらいだった。姉が誰だか知らないおじさんの高いCDを買おうとしている。絶対に怒られると思い、やめなよと止めた。しかし姉は「いいんだよ欲しいんだから」といってハットのおじさんのアルバムをレジに持っていったのだった。

姉は自分のお小遣いでスキャットマン・ジョンのベストアルバムを買った。試聴して気に入ったからなのか、私が知らないだけで姉はスキャットマンの存在をどこかで知っていて気に入っていたのか、何故姉がスキャットマン・ジョンのアルバムを買ったのかは今でも知らないのだが、突然出かけることになったTSUTAYAで姉はスキャットマン・ジョンをサクッとお買い上げしたのであった。

帰宅すると、読み通り姉は母親にめちゃめちゃ怒られていた。なんで月のおこずかいの何倍もするアルバムを平気で買ってきたのか。もともとすごい好きでお金を貯めてやっと買ってきたアルバムならわかる。あんた違うでしょ!と誰だかよくわからないおじさんのCDを買ってきた姉のことをすごい叱っていた。母はちょっと欲しかったからと言う理由でポンと高額な買い物をしてきた姉の姿勢を怒っていたのだと思う。さとみこんこんはいい。身の丈にあったCDをちゃんと選んでいる、ところがお前はどうだ!と何度も似たようなことを言われて姉は叱られていた。だから言わんこっちゃない。お姉ちゃん利口に生きなきゃ、と思いながらしたたかな小学校3年生の私はめちゃめちゃ怒られている姉の横で黙って座っていた。

日本の一般家庭でボロクソに言われた姉のスキャットマン・ジョンだったが、翌日から我が家ではピーパッパッパラッポと陽気な音楽が鳴り響いていた。軽快なビートに乗せてスキャットマン・ジョンは早口ことばで何語でもないことばを歌っていた。それを姉妹でマネをして遊んだり、あぁ、このおじさんはプリンのCMの歌のおじさんだったのかと気づきを得たりした。

それから数ヶ月たっても我が家ではピーパッパッパラッパのメロディーは鳴り止まず、我が家のテーマソングなのかなと思うほど毎日のように流れていた。この毎日のように流れるスキャットマン・ジョンを聴き込んでいるのは親に叱られて意地になっている姉ではなく、あんなに怒っていた母親だった。母親はスキャットマン・ジョンの何語でもない音楽にのせて洗濯や掃除に励んでいた。「姉は音楽のセンスがある」「この歌のここのコーラスが最高なんだよ」と姉とスキャットマンでもなんでもないコーラスの女性を母は笑顔で褒め称えていた。

 その後も姉は怒られても怒られても懲りることなく、思いのまま物欲のまま行動していた。その甲斐あってなのか、姉は自分の好きなものが明確だし、自分に似合うものを選ぶセンスが姉妹の中ではピカイチである。若い頃は物欲の塊で散々お金を使い、時に人のお金を盗んでいた姉だが、今ではすっかり落ち着いた様子で「今は欲しいものが特にない。人にプレゼントをするのが楽しみ」と言ってよく家族みんなにプレゼントをしてくれる。今年の私の誕生日には特上馬刺しの詰め合わせを送ってくれた。

子供にお金の大切さを教え慎重に使わせることも大切だが、子供のうちに無一文になるまでお金を使ってみるといった経験も同じくらい大事なことのように思う。大人になってからはなかなか無一文になるまでお金を使うという経験がしづらくなるからだ。自分の子供にはお小遣いを使いきって好きなものを買ったり後悔する経験をさせてあげたい。金欠で時に親の財布からお金を盗んでも大目に見てあげよう。

そうして子供が大人になったときに「今は欲しいものが特にない。人にプレゼントをするのが楽しみ」と言って家族にプレゼントをするような大人に育って、親にたくさんプレゼントをして欲しい。したたかな私はそう思っている。