お誕生日のバルーン

子が産まれない。

友人知人から早産の話はよく聞いていたが、過期産だったという話は聞いたことがなかった。自分が過期産になる可能性なんて考えていなかった。

今までは「社会に出たくないのね。ゆっくりしてね」「私に似てのんびり屋なのね」「お腹からの出方がわからないのかな?」などと呑気に思っていたが、もうそんなことは言っていられない。子よ、頑張ってそろそろ出てくるんだ。

先日検診に行った時に「来週になっても出ないようなら入院して医療処置をとりましょう」という説明を受けた。その後先生は処置を3つ提示しながら内容を説明した。

提示された内容は

1、誘発分娩 2、出てくるまで待つ 3、帝王切開

さぁどれ?こんな感じで三択を迫られる。もちろんその処置のリスクなどは説明を受ける訳なのだが、どれって言われても全部嫌だよというのが私のアンサー。しかし私の答えは選択肢にはないのだ。

「先生にお任せします...」

結局30秒程度の中で私が出した答えは、お馴染みのこのワードであった。じゃあ1にしましょうと先生に回答を委ね、書面にサインをした。

お医者さんにとっては大した処置ではないのだろうが、もうちょっと前に説明を受けて誰かに相談したり考える時間が欲しかった。

家に帰ってから看護師の妹に相談をした。先生にお任せした内容でいいと思うよということであったから少し安心はしたけれども、どの処置に対してもこんな具合で急に選択を迫られるのだろうか。病院で処置を受ける人たちはどのように治療を選択してるのか、この選択で本当に良いのだろうかと心細く思っている人は多いのではと感じた。

サインをした後に入院の日はここにしましょうかとカレンダーを指さされた。入院の日は私の誕生日だった。嫌だよって思ったけど「わかりました...」と同意した。先生ってのはすごい。決してこの主治医は威圧的な態度ではないのに、萎縮してはい、はい、と従順になってしまう。

24歳の誕生日の時、私は腕と尿道に管を繋げて病室にいた。傷と尿管ステントの痛み、全身麻酔の副作用と発熱と酸素マスクの息苦しさにもがき苦しんでいた。誕生日、欲しいものは健康と目に涙を浮かベ願ったあの日。もう2度と病室で誕生日は過ごさないと思っていたのだが、まさかまた誕生日を病室で過ごすことになろうとは思っていなかった。

誕生日の日の夜に私はバルーンというものを子宮口に入れるらしい。誕生日のバルーンと言ったら通常 ★★happy birth day★★ こういうのを部屋に飾るなりして楽しむわけだけど、私の誕生日にはお股にバルーンが贈られるらしい。緊急お誕生日バルーン宣告は私を憂鬱にさせた。もう誕生日に痛い思いをしたくないというのが本音だが、無事に子を産むためにも頑張るしかないよなとも思う。子が無事に誕生日を迎えられるように親も誕生日に頑張らないといけないのだ。

なぜ出てこないのかは医学的には謎らしい。早く産まれる方法はないかとインターネットで検索すると「毎日ウォーキング2時間!スクワット300回!」というサスケ妊婦のご意見、その一方でどんなに努力しても出てこないものは出てこないという意見などまぁいろんな声があり、もう出るタイミングはその子によりけりなんだろうなというのが結論であった。今まで通り適度に散歩。そのほかにバランスボールに乗ってストレッチを追加でやってみようかと思う。

最後の検診で見たわが子は少し小さめだけど健康そうで、大きなあくびをしている姿が超音波で確認できた。快適なら結構。でも今週中に出来れば出てきほしいと思っているよ、お母ちゃんは。