さとこ先生のジュリアナ東京

 

satomiconcon.hatenablog.jp

 以前書いた記事にも登場する「さとこ先生」は年中・年長さんの時の担任の先生であった。さとこ先生は当時たぶん20代前半で、いつも笑顔で少し茶色く染めたロングのワンレンソバージュと綺麗にカールされた少なめの前髪が動く度になびく姿が印象的であった。

今思い返すと私が幼稚園生だった1992年はバブルは崩壊していたが、世の中はまだバブルの余韻に浸って浮足立っていた頃だったように思う。そんな時代に浅野ゆう子が前髪を作って工藤静香風にしちゃったみたいな髪型をしていたさとこ先生は、割と流行りに敏感なタイプの保育士さんだったと伺える。

そんな80’バブリーを引きずる90’ギャルだったさとこ先生は、時々園児たちが遊んでいる教室にCDプレイヤーを担いできてゲリラ的に爆音でジュリアナサウンドをかけはじめるのであった。最初は聞きなれない激しい音楽が教室に流れはじめると園児達は騒然とし、一斉にリズミカルな音の鳴るCDプレイヤーに注目をした。するといつも通り笑顔のさとこ先生が

「みんな踊って〜♪」

と言いながらジュリアナサウンドに合わせてクネクネしはじめるのであった。ニコニコしながらクネクネしているさとこ先生につられて園児達も飛んで跳ねてとバブリーな音楽に合わせてステップを踏み、クラス一丸となって踊ったのであった。

そんなDJさとこプレゼンツ・園内ジュリアナにすっかり味をしめたのか、さとこ先生はある時からジュリセンまで持ってくるようになった。さとこ先生は自前のピンクの羽のジュリセンをヒラヒラさせて、口を尖らせクネクネしながら上下に動いていた。先生のジュリセンが登場する頃にはアップテンポのジュリアナサウンドにこどもたちが驚くこともなくなり、おきまりの曲が流れるとOK OKいつものあれねといった調子でみんな思い思いに舞うのであった。

それから15年後。すっかりDJさとこの洗練を受けた私は夜のナイトクラブへ足繁く通うような成人へと成長していた。そんなナイトクラブである男が「『私って普段なにしてると思う?たぶん当たらないと思うけどね!』と言ってくるのはだいたい看護師か保育士」と言っていた。その人曰くストレスのかかる大変な職業だから羽を伸ばしに遊びにくる人が多いとのこと。わたしはその話を聞いた時にあの日幼稚園でジュリセンを振り回していたさとこ先生を思いだした。私の見解では口を尖らせて踊る女性はクラブに行き慣れたベテランである。たかが音楽に合わせて踊るだけのことだが、クラブで踊るには慣れと経験が必要で、そんなクラブで口を尖らせて踊っているなんていったら大したもんである。

いつも笑顔であまり怒っていた印象のないさとこ先生であったが、そのストレスはきっと週末のナイトクラブで発散され、自前のピンクのジュリセンをヒラヒラさせることで日頃の鬱憤や怒りを浄化させていたに違いない。

ジュリセンは大麻(おおぬさ)

あの日のさとこ先生は軽快なリズムに合わせてピンクの羽の大麻を振って子供達の健康と成長を願っていたのかもしれない。