丸い男

どういう訳か専門学生時代からいつも眠い。それまでは授業中に寝るということはなく真面目に勉学に励む学生であったのに、専門学生になった途端毎日眠くなって90分の授業を全部寝て過ごすこともあった。隙あれば寝る。授業中以外でもバスや電車の移動中でも当たり前のように寝る。時々立ったままでも寝る。

この日もバスで爆睡していて、バスの車掌さんに終点で起こされたのであった。幸い自分の自宅がバスの終点から近く問題はなかったのだが、お客さーんとマイクで呼びかける声で目を覚まし、びっくりしてキョロキョロあたりを見回すと見覚えのあるバスターミナルで、あ、私寝てたんだと自分が爆睡していたことに気がつくのであった。まだ半分眠っている状態で誰も乗車していないバスをゆっくり歩いて降り口に向かう。定期券を運転手に見せてバスを降りると知らない太った男が待ち構えていた。おじさんなんだかお兄さんなんだかわからないような見た目で、眼鏡をかけ、長髪ぎみの頭はボザボサで、たしかジャージをはいていた。清潔とは言い難い、どちらかというと不衛生なそのおじさんだかお兄さんだかわからない男がニタニタと笑いながら私にかけてきた第一声は「お疲れのようで」だった。驚いた。この人も先程のバスに乗っていて、私が爆睡している様子を見ていたのだろうか。なんで疲れていると思ったのかと不審に思いながらも「はぁ。」と言いながら頭を下げて会釈した。すると男は続けて「これ、よかったら」と持っていたビニール袋からスッと何かを私に差し出した。

差し出された物はどらやきだった。たぶん自分で食べようと思い購入したのであろう、スーパーで100円くらいで売ってるオーソドックスなどらやきだった。何を出してくるのかと思いきや出てきた物はどらやき。まだ半寝の状態でドラえもんみたいに丸い男から突然どらやきを差し出され、茫然とし、しばしどらやきを見つめた。

「いらないです」

貰わないのが健全かなと少しの間の中で判断し断った。丸い男は相変わらずニタニタしていたが、何も言わずに静かにどらやきを袋の中にしまった。「いらないです」と答えてすぐにその場を早歩きで立ち去ったが、丸い男は追ってくる様子もなくその人とは二度と会うことはなかった。

10年以上前の話であるが時々バスを降りたらどらやきを差し出されたことを思い出す。たぶんあの男性はどらやきを受け取ったからといって何かしてくるつもりもなかったのかもしれないなと思うと、せっかくのご厚意、有り難く頂戴すれば良かったと思う。わたし好きだし、どらやき

知らない人からの突然の善意というのは少々気味が悪く、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまいがちだが、ありがたい!と素直に受け取ってみれば、ただお互いが気持ちが良くなるだけでなんてことはないのかもしれない。素直になってみようと思った。

前澤さんの100万円のお年玉が当たりますように。