マヨンセとの思い出

初めてインターネットで知り合った人と実際に会ったのは21歳の時であった。その相手の名前はマヨンセといい、マヨンセとはmixiで知り合った。mixiには同じ趣味や関心ごとを持つ人達が集まるコミニュティーというサービスがあり、私もいくつか入っていたのだが、マヨンセとはHarlemという渋谷にあるクラブのコミニュティーで知り合った。Harlemというコミニュティーの中でたまたま私と誕生日が一緒だったマヨンセがメッセージをくれたのが出会いのきっかけであった。

マヨンセのプロフィール画像ビヨンセであった。おそらくビヨンセをもじってマヨンセと付けられたのであろう。一方わたしはチアリーダー姿のアフリカ系女性をプロフィール画像にしていた。当時生まれ変わったら黒人になりたいと意気込んでおり、髪も肌も黒く白地にゴールドの文字の服やアニマル柄ばかりを着ていた。誰だか知らないけど、この画像のような可愛い女性になりたい。そう思って設定したものだった。ちなみに現在はてなブログプロフィール画像は自分で書いた白米である。まさか黒い肌の女性から白米をプロフィール画像に設定するようになるとは21歳の私も思いもよらなかったであろう。10年間で黒人から白米へ。我ながらセンスの振り幅が鬼束ちひろ並だと感じる。

話が逸れてしまったがおそらくビヨンセが好きでクラブも好きで音楽も好きなら誕生日も一緒だったマヨンセと気が合わないわけないだろう、私はそんな風に思っていた。たぶんマヨンセも似たような感情を持ってくれていたのだと思う。そんなわたし達は自然と会おうという話になり、2008年のスプリンググルーブというイベントに一緒に行くことにしたのであった。この時の出演者はカニエウエストやNERD、Ne-Yo、ショーン・キングストーン、リアーナ、キーシャ・コールなど憧れのブロンズ肌の面々が勢揃いの豪華なラインナップであった。さらに初めて行く大きなライブで初めてマイミクさんとお会いするとなれば普段から前のめりな性格のわたしが張り切らないわけがなかった。しまっていこう。私はデニムのショートパンツにピタッとしたやや長めのTシャツを着て、アメアパで買った紫の二本ラインのサッカーソックスを履き、でかでかとゴールドの字でDCと書いてある白地のDCシューズを合わせて出かけたのだった。気分は黒人のチアリーダー。気合い充分で幕張メッセを目指した。

まだ会ったことのないマヨンセとこんな広い会場ですぐに合流できるのか不安であったが、割とすぐに落ち合うことができた。

「マヨンセですか?」

「さとみこんこんですか?」

お互いが本人であるということがわかるとキャーと言って手を取り合って喜んだ。

マヨンセは茶髪のロングヘアで前髪は目の上でぱつっときり揃えられていた。大きな目にまつ毛が付けまつげで増毛されていることで、より目が大きく強調されていた。服装は短い丈のワンピースを片方だけ肩を外してセクシーに着こなしている。お互い衣類が肌を覆っている割合が大体30%くらいであった。その上おそらくマヨンセは172㎝くらいあってガタイも良かったため、マヨンセの存在感はなかなかなものであった。そしてもう1つビヨンセの画像ではわからなかったマヨンセの特徴があった。マヨンセはすごい訛っていた。話を聞くと茨城県は土浦からやってきたらしい。渋谷、クラブ、ビヨンセ!とマヨンセに対し洗練されたイメージを持っていたため少々ギャップを感じてしまったのが正直なところであった。しかしそれはマヨンセも同様で、渋谷、クラブ、黒人チアリーダー!のイメージと異なり、実際は埼玉からやってきた張り切った女だったことに戸惑いを感じたのであろう。「随分速く走れそうな格好だね」と褒めてんだか褒めてないんだかよくわからない言葉を私にかけていた。今振り返ってみると黒人のチアリーダーというよりは靴下を伸ばしたサンシャイン池崎という方がしっくりくる格好をしていたため「速く走れそう」というマヨンセの言葉は実に真っ直ぐな感想であったと思う。

ライブ会場はものすごい人でとてもスムーズに移動できるような状況ではなかったため、見たいゲストを確実に見れるようマヨンセと作戦を立てた。お互いに外せないゲストを出し合った結果、NERD、キーシャ・コール、カニエウエストを見ることを決めたのだった。

「ファレルは絶対に外せない」マヨンセは息を荒げて言っていた。この時代のギャルは皆ファレルに抱かれたいと思っていた。少なくともわたしの周りはそうであった。

なるべく前方でファレルを見ようとマヨンセと私は一個前の出演者の時から会場に入り、入れ替わりの時に一気に前に詰める作戦にでた。しかしなかなか上手いこといかず、真ん中くらいのところでファレルを見ることになってしまった。NERDが始まると会場はワーっという歓声で埋め尽くされ、観客は縦に揺れたり横に揺れたりし始めた。遠くのステージでファレルが歌っているのが見える。「ファレルー!ファレルー!」周りの歓声に負けじとマヨンセも私も大きな声でファレルの名前を呼んだ。ステージも中盤にさしかかったころでノッてきたファレルがステージから降り、ステージの真ん中にあった観客通路で手を広げながらダッシュし、観客と高速ハイタッチをしだした。それを見てマヨンセは「ファレルー!」と叫びながら瞬時に体を通路側に押し込んで手を伸ばしていた。速く走れそうな池崎の格好をしていた割に動きの遅かった私は、マヨンセが通路側に突進していく様子を黙ってみていた。マヨンセの努力は報われ、見事ファレルとマヨンセはハイタッチをすることができたのであった。ステージの後ろの方まで走ったファレルは再びステージに戻るべく高速でステージまで走り、また何事もなかったようにステージ上に戻って歌を歌いだした。通路側から戻ってきたマヨンセは「ファレルが触った!ファレルが触った!」とクララが立ったのテンションで繰り返し言うもんだから、わたしは心を込めてよかった!よかった!と言ってマヨンセと喜びを分かち合ったのであった。

その他お目当てであったキーシャ・コール、カニエウエストも無事に見ることができ、キーシャ・コールに関しては結構ステージに近い所で見ることができた。迫力のあるキーシャの歌声を聴いて「泣きそう、泣きそう」と2人で小さい声で呟いた。この時代のギャルはいい歌はとりあえず泣きそうといいがちなのであった。

お目当ての出演者がいない時間はマヨンセとお酒を飲んで休憩をした。バーカウンターでお酒を買う時に「いい、いい、ここはわたしが買うから」とマヨンセはそう言って私のお酒まで買ってくれた。そうしてバーカウンターから受け取ったお酒を私に手渡ししてくれた時に「わたしさ、キャバやってるからお金あるの。だから気にしないで」と小声でさりげなく言ったのであった。私は申し訳ない気持ちであったが、マヨンセがいいのいいのと笑顔でいうのでありがたく頂戴した。女の子にお酒をご馳走してもらうのは初めてで、マヨンセは懐が広いなと関心した。マヨンセと談笑しながら、私はマヨンセが土浦のキャバクラで稼いで買ったお酒をチビチビと大切に飲んだのであった。

マヨンセとの時間は楽しくあっという間であった。しかし別れの時の様子をあまり覚えていない。なんと言って別れたのかはわからないけど、また遊ぼうと言ってまた会うことを約束したのは覚えている。今度会った時にはわたしがお酒を奢ってあげたい。そう思っていた。

しかし約束の日が近づくと、mixiに「ごめん、都合が悪くなっちゃった」とマヨンセからメッセージが入ったのであった。

「また今度遊ぼうね」と言ったっきり、マヨンセとはそれ以来会っていない。