初めて見た芸能人は藤原組長だった

通っていた小学校の近くに藤原組長が住んでいた。私が藤原組長のことを知ったのは小学校3年生か4年生の頃で、知ったきっかけは「おまえは藤原組長を見たことがあるか?」という同級生らの問いかけからその存在を知ったのであった。藤原組長を見かけたことがある者達は「私は3回見た」や「俺は挨拶もしたこともある」などと組長自慢をしてマウントを取り合っていた。現在は藤原組長のお姿をテレビで見かけることはなくなったが、その当時、組長はタレント活動を精力的に行なっていたようで結構テレビにでていたのであった。テレビで見かける組長は決まって怖い形相をしながら共演者のタレントや司会者に高圧的な態度で接し、そんな組長にビビる共演者という構図がお決まりのパターンだったように思う。そんな強面で凶暴な(キャラの)組長と挨拶を交わした日にはただでさえすぐ調子に乗る小学生のことである。気分は組長とマブダチ。そして翌日には「俺、昨日組長と挨拶したし」とポーカーフェイスで自慢をするのであった。多くの同級生が組長に遭遇する中わたしはなかなか組長に出会うことができず、テレビで組長を見かけては「藤原組長がテレビにでてるよ!」と息を荒げて家族に呼びかける日々が続いた。

影ながら組長を応援する少女の様子をお天道様は見ていたのだろうか、その後わたしも一度だけ藤原組長にお会いすることができたのであった。ある日用事があり1人で自転車に乗っていると、前方からボウズ頭でジャージ姿の怖い顔のおじさんが、同じく怖い顔をしたでかい犬を引き連れてジョギングをしていた。(もしや...あれは組長...)胸の高鳴りを鎮めるかのようにわたしはゆっくりペダルを漕いで、少し離れた距離から怖い形相の人間と犬を観察した。人間と犬の距離が近づくにつれて険しいその顔立ちはより顕著となり、あれは組長に間違いないと確信をしたのである。やっと念願の組長を見ることができた。わが町の誇り組長に会えた喜びを噛み締め、引き続きゆっくりペダルを漕いだ。組長に会えた。ついてるぞ!せっかくだから挨拶もしてみよう。勢いづいた私は低速で自転車を運転し、組長と怖い顔の犬に「こ、こんにちは!」と声を振り絞って挨拶をした。すると「はいこんにちは!」と組長はドスの効いた痺れる声で挨拶を返してくれ、顔の怖い犬と颯爽に走り去っていった。

ついに組長に会えた。「トトロに会っちゃったー!」サツキとメイがテンション高めで父親に告げるシーンかのように「組長に会っちゃったー!」とその夜、わたしは溢れんばかりの笑顔で父と母に組長に会ったことを報告した。翌日は友達に自慢していたと思う。この日の組長との思い出は私の胸の中で大切にしまわれていた。中学生になると誰も藤原組長の話をする者などいなかったが、挨拶までした唯一の芸能人ということで相変わらず大切な思い出であった。そう中学生までは。

高校生になった時の話である。

ジュディマリYUKIちゃんに会ってサインを貰った」という生徒が現れた。話をきくとORANGE RANGEも会ったことがあるとのこと。YUKIちゃんか...羨ましい。さぞかし可愛いだろうに。ORANGE RANGEも羨ましいな。わたしって芸能人に会ったことないな。いや、そういえば会ったことあったぞ、藤原組長に...そんな心の声が気付いた時には言葉となって「いいなー。わたしはまだ藤原組長にしか会ったことないや」とぼそりと発していたのだった。すると次の瞬間友人は声を震わせ「ふ、藤原組長...」と静かに笑いだした。静かだが随分長い時間笑っていた。こいつ...今いい気分になって笑ってやがるな。わたしは少しばかりのイラつきを感じながらも、YUKI と藤原組長のどっちに会いたいかと問われた時に秒速でYUKIと答える自信があったので、友人と一緒に静かに笑ったのであった。

久しぶりに思い出した初めてあった芸能人、藤原組長は元気であろうか。気になってウィキペディアで調べてみたところ、イラストを描いたり、陶芸をしたりと思いもよらず穏やかな老後を過ごしている模様。組長と同じように怖い顔をして走っていた犬のマックスは残念ながらお亡くなりになったようだ。わが町の誇り、わが町のヒーロー藤原組長。そんな彼がテレビから姿を消した今、新しいわが町のヒーローが現れた。古市憲寿。しかし彼はこの街に住んでいたことをおくびにも出さない。