キキララのバイト

若かりし頃、12月に入ると決まって話題になるのがクリスマスをどう過ごすかということであった。勿論ピチピチギャルであった私もクリスマスには思い入れがあり、彼氏のプレゼントを何にしようとかちょっといいホテルに泊まりに行きたいわとかクリスマスに着るワンピースが欲しいし下着も買わなきゃ!なんてことをキャッキャしながら話していたのだが、最終的にクリスマスの話題の結末はお金かかるね、お金ないよね。ということで幕を閉じることが多かった。田舎のギャルが理想的なクリスマスを過ごすためには何かとお金がかかるのである。

たしか19歳の時の話である。この年もクリスマスが近づく頃にやはり今年のクリスマスをどう過ごすかということが話題になった。そして例のごとくお金かかるね、お金ないよねで話が終わろうとした時。友人が言ったのかわたしが提案したのかは忘れてしまったが「一緒にキャバクラでバイトしないか?」という話になったのであった。キャバクラの時給は良かった。当時バイトをしていた大戸屋の時給は900円だったのに対しキャバクラの体験入店の時給は2500円だった。大戸屋で5時間働くよりもキャバクラで2時間体入する方が稼げるのである。しかもお喋りして座っていられて、いいじゃないの!と早速友人と家からバスで30分の距離にあった川口駅のキャバクラ店に体験入店の電話を入れたのであった。

体験入店の日。友人と遊びに行ってくるから今日は遅くなるよと家族に嘘をついて家を出た。近所に住む友人と落ち合い、一緒にバスに揺られ川口のキャバクラを目指した。22時から0時の労働条件であったが、面談や説明があるから店には20時に到着するよう指示を受けていた。20時ちょっと前に川口のキャバクラ店に入ると、まだ人はおらずシーンとしていた。出入り口でドギマギしながら友人と立ち止まっていると、黒服を着た男性が奥の方からこちらへやってきた。やってきた男性に小部屋に案内され、パイプ椅子に座るよう促された。椅子に座ると、黒服の男性から名前や年齢、なんでバイトをしたいのかなど簡単に聞かれた後、じゃあ22時から働いてもらいましょう!と晴れてキャバ嬢になる資格を得ることができたのであった。「君たちは仲が良さそうだからキキララでいこう」この黒服のセンスによりわたしがキキ、友人がララ、2人合わせて川口のキキララとして働くことになったのであった。キキララのキキって男じゃなかったっけ?とどうでもいいことに不満を感じながらも黒服と一緒に更衣室へと向かいキャバ嬢になる準備をした。「ドレスは今日持っていないよね?用意するから」と言って黒服は部屋の奥の方から2着のドレスを持ってきてくれた。1着は少し長めのロングドレス、もう1着はチューブトップにやたらスカートの短いショートドレス。どっちのドレスもセンスが最悪であった。(どっちも着たくないわぁ...)そう思いながら友人を見ると友人も同意というような顔つきでチラッとわたしを見た。強いて選ぶなら露出の少ないロングが良いなと思いながら黙ってドレスを見つめていると、友人も同意というような顔つきでスッとロングのドレスを黒服から受け取ったのであった。(え...わたしこの短いドレスなの?)と思いながらも平和主義な私は黙ってやけに短いショートドレスを受け取った。じゃあここで着替えてねと言って黒服が部屋を去ると、私はあることに気がついたのであった。やけに短いドレスからワキガみたいな臭いがする。結構臭かった。おそらく、巡る巡る時の中でこのやけに短いドレスが様々なキャバ嬢に着回され、キャバ嬢達の汗と涙の結晶、それがこのドレスに染み付いているということがわかったのであった。そんなありがたいドレスに対して募る想いは「洗濯しろ」であり、センスも悪いしダサいし臭いし益々着るのが嫌になったのであった。

着替えてみると私のムチムチした足と二の腕は予想通り露わとなり、我ながらマジで下品な仕上がりであった。せめて髪くらいきちんとしたいという気持ちであったが、そんな技術もなければセットする道具もないのでクリップみたいなもので適当にアップにしてそれなりに見えるよう努力をした。しかしその努力も虚しく、頭はグシャグシャドレスはピチピチおまけにクサイときたもんだから憂鬱でしかなった。

21時を過ぎると続々とキャバ嬢達が来店し、今まで友人と私しかおらずスカスカだった更衣室はお姉様方で満杯になった。お姉様方は小慣れた様子で綺麗なドレスに着替え髪を整え、着々と準備をしていった。きっとドレスも皆自前なのであろう。自分もその一員として働くことなど忘れてただただ綺麗にドレスアップしていくキャバ嬢の皆さんの様子に見惚れたのであった。

22時。開店の時間である。新参者の川口のキキララはまず店内の控え場みたいな椅子に座っているよう指示を受けた。まだオープンしたばかりで客がほとんどいない状態であった。新入りがついても問題ない客が現れるまで川口のキキララは出番を待った。30分くらい待機したくらいだろうか。「キキさん!ララさん!行ってください!」黒服に声をかけられ、ようやくキキララにGOサインが出たのだ。ドキドキしながら川口のキキララは指定された客の元へと向かい「キキです、ララです」と挨拶をした。すると「キキララちゃんかぁ〜」とお客さんは予想通りのリアクションで初仕事のキキララを迎え入れてくれたのであった。初めてのお客さんは40代くらいのおじさんだったと思う。緊張していることもあり会話の内容をほとんど覚えていない。座って10分たったくらいであろうか。「キキさん!ララさん!行ってください!」再び黒服に声をかけられ、新しいお客さんのもとへと向かった。次についたお客さんは結婚式の参列帰りの30代くらいの男性グループであった。「キキです、ララです」とお決まりの挨拶をすると「キキララちゃんだ〜」と予想通りの声がまた返ってくるのだからキキララは良い仕事をしているとサンリオに感謝するのであった。年齢も割と近いこともありここのお客さんとは割とよく話した印象であった。ボサボサでムチムチで臭くても「19歳でーす」と言っていればそれなりにウケたのでありがたい席であった。お酒を1杯キャバ嬢にご馳走するとキャバ嬢に500円のマージンが入る仕組みだとわかるれば1杯ご馳走してくれ、引き出物のバームクーヘンをくれたりとお客さんに結構良くしてもらえるもんだから「キャバ嬢っていいかも〜」なんてその気になったりしていた。その後も「キキさん!ララさん!行ってください」と再び黒服の合図で席を移動。夜の蝶とはこのことかしらなんて思いながらあちこちの席へと飛び回りあっという間に約束の0時となったのであった。もう終わったのか。これが初キャバ嬢の感想であった。

ダサいドレスから着替えた後、今日の報酬5500円が手渡された。報酬ももらったしさて帰りましょうと思ったが「送迎の車が出払ってしまっているからちょっと待っててほしい」とまた待機するよう指示を受けすぐに帰宅することができなかった。バスはとっくに最終が出てしまったし、タクシーで帰るなんてお金がかかるので論外。仕方がないので黒服の指示に従い送迎車を待つことにした。結局家についたのは2時半。家族を起こさぬよう静かに家に入りもらったバームクーヘンを冷蔵庫に入れて眠りについた。

キャバ嬢っていいかも〜なんてやる気になった日もあったが、翌日冷静になって考えてみるとキャバクラには20時〜1時の約5時間いた訳だが、それで5500円なら大戸屋の労働とあんまり変わらないじゃないかということに気づいてガックリきてしまったのであった。しかも昨日はボサボサ頭で臭いドレスを着て働いていたが、きちんと仕事をするにはドレスを新調して、髪もきちんと整えなければいけないし、19歳でーすの勢いだけではなくきちんと会話ができるようにならなければいけないし、遅くまで頑張らないといけないし、毎日やるにはキツイしお金のかかる仕事だと悟ったのであった。それから私がキキと呼ばれる日は訪れることはなく、ドレスを纏う代わりに頭に三角巾をつけて大戸屋で働いたのであった。

彼氏と楽しいクリスマスを過ごすためにキャバクラで稼いだお金は彼氏のクリスマスプレゼント代の足しにした。確かニューエラの帽子を買った気がする。ダンサーの彼氏に似合うと思って買ったのだ。ちなみに私が彼に貰ったプレゼントは以前ブログで綴った「緑の帽子」である。

 

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