致し方なく履いたTバック

ジメジメする梅雨の時期から汗が噴き出る夏の頃まで私の右腕の肘窩にはアトピーが出現する。このアトピー、もう10年近くの付き合いである。
わたしのアトピーは20歳くらいから発症し酷い時は全身にでることもあった。幸い今は落ち着いて右腕の肘窩だけで済んでいる。
1番悩んでいたアトピー発症部位はおしりであった。おしりにブツブツがあるというだけで暗い気持ちになり、また痒くても迂闊にポリポリ掻くわけにもいかず苦しい思いをした。痒さを我慢していると発狂寸前になり、堪えていたものを発散させたときは酷く掻きむしってしまいお尻から血を流す日もあった。オイオイと思われるかもしれないが、アトピーの痒さは尋常なものではない。我慢できない痒さは20代のわたしのおしりを蝕んだ。
そんな悩めるヤングアダルトだった頃、私は実家暮らしをしていた。残念ながら実家の近くに皮膚科がなかったため、バスで往復1時間かけて駅近くの皮膚科まで通っていた。また同じような遺伝子を持つ姉もやはりアトピーで悩んでおり、姉妹揃ってこの皮膚科にお世話になっていたのだった。
皮膚科の先生は50代くらいの男性の先生で、そしてサーファーだった。
「サーファーです。よろしく」と挨拶された訳ではないが、先生、さてはサーファーだなということは診察室、そして先生の風貌からガンガンに伝わってきた。
海辺とサーフボードの写真、先生と日焼けしたロン毛の外国人男性が親指を立てて「グッ!」のポーズをする写真など、診察室のあちこちに海とサーフィンを連想させる物が置いてあった。そして先生の風貌はというと、よく日焼けした肌、キムタクの全盛期みたいな髪型、Vネックの白衣からはゴツめのシルバーネックレスが覗き、そしてのりピーの元旦那に似ていた。そのためわたしと姉の間では先生のことを「高相先生」と呼んで慕っていた。
高相先生の皮膚科は大繁盛で、連日混雑していた。混雑の理由としてこの街に皮膚科が少ないことも挙げられるが、高相先生が優しい。これも理由の1つであると思う。先生はいつも穏やかでニコニコしていた。
「こことここが痒いんです」と訴えると、「可哀想に...」と先生は悲しそうに微笑み、アトピーの腕をやさしく撫でてくれた。そして先生はナデナデした後に薬を塗ってくれた。これが高相先生の診察スタイルである。
ある日。例のごとく掻きむしってお尻から血が出るほど酷いアトピーを発症してしまったわたしは高相先生の皮膚科を受診した。
「先生、お尻がまた痒くなりました」 
「可哀想に...」
流石におしりのときはナデナデとお薬ヌリヌリは省略され、わたしのアトピーのおしりは先生の悲しそうな視線にしばし晒された。そして「君みたいなアトピーの子は化繊のパンツは痒くなるから、綿100%のおばさんパンツかTバックを履きなさい」と突然先生からパンツのアドバイスを受けたのだった。
「先生、Tバックですか?」
「そうです。患部を刺激しないから痒みを抑えられますよ」
わたしは悩んだ。
この時わたしにとってTバックは未知の代物だった。なんか履いてて痛そうだし、ボツボツの尻を露わにするのも気が引けた。だからといっておばさんパンツも履きたくない。だってわたしはヤングアダルト。もう少し張り切りたかった。
わたしは片道30分のバスの中で頭を抱えて、そして結論を出した。よし。これからはおしりのためにTバックを履こう、と。
早速家に帰ったヤングアダルトは、家族に今度からおしりのためにTバックを履く旨を伝えた。これは洗濯をしてくれる母親が、突然洗濯物からTバックが出てきても驚かないようにするための予防線であった。わたしはお尻のために致し方なくTバックを履いてるんです。決して盛りがついた訳ではありませんよと。「今日、高相先生からTバックを勧められた!」わたしは念を押して家族に訴えたのだった。そして家族は「そうかそうか」と娘のTバック宣言を受け入れてくれたのだった。
さて、そうと決まればTバックを買いにいこう。ヤングアダルト且つクールギャルであった当時の私が向かった先は、イタリア発の軟派カジュアルブランド、DIESELであった。DIESELにはデニム生地のショーツなどがあり、下着っぽくない感じがわたしのTに対する抵抗を和らげてくれた。しかし下着っぽくはないが、所詮TはT。わたしはデニム生地のTを広げて固まっていた。すると
「それ生地が柔らかくて履きやすいですよ」
と店員さんがそっと近づき声をかけてくれたのだった。背が小さくて目が大きい、金髪のショートカットがよく似合う可愛いお姉さんだった。
「わたしも同じの持ってます!」
「?!?!!」
お姉さん、こんな可愛い顔してTをお履きになられてるんですか...
「下着がパンツに響きたくないときはこれ履いてるんですよね」
と、ご丁寧にTとの付き合い方もアドバイスしてくれた。こんな可愛いお姉さんが履いてるTなんだからきっと良いTに決まっている。と軟派カジュアルギャルに後押しをされ、わたしはDIESELでファーストTバックを購入したのであった。
翌日、早速Tを履いて仕事に行った。想像通り落ち着かないし、食い込む感が否めない。正直気持ちが悪かった。あの軟派カジュアルギャルはこんなものを履いてなんとも思わないのだろうか。しかしまだわたしはデビューしたばかり。慣れもあるのだろう。私は気長にTと付き合っていくことを心に決めた。
結局その1枚しか購入をしなかったため、わたしは週に何回かTを履いてすごしていたのであった。
そんなある日。親しい友人に医者からTを勧められた話をすると「わたしTバック派なんだよね」と身近なところにT愛好家を発見することができたのだった。これは!と思い、わたしは日頃Tに対して感じている不満を彼女にぶつけてみた。すると
「フチがついてるのはパンツに響くし締め付けられる感じがあるよね。細いのは食い込んでくるし。オススメは総レースのタイプで、太めの物は食い込みにくくて履きやすいよ。Forever21にいいのがあって、780円くらいで売ってるよ」
これは朗報でした。DIESELTバック1枚買うのにForever21では6枚買える計算です。つまり、毎日Tが履けるというわけです。
フットワークの軽いわたしは早速ロサンゼルス発最新トレンドファッションブランド、Forever21に向かったのでありました。噂通りの総レースを発見。こちらの商品を780円×4枚程購入し、それからというもの毎日Tを履いたのでした。履き心地はなかなか。これならいける。アトピーを克服できるぞ!やれるぞ!わたしのやる気は一気にアップした。
こうしてわたしはTに対して前向きな気持ちになることができ、当初は暗めな色のTを選びがちだったが、Tに信頼を寄せるようになると、ポジティブな気持ちの赤!強い気持ちのヒョウ!など色彩心理学の影響をもろに受けた色や柄のチョイスをするようになった。洗濯をする母からは「あんたの趣味はどうなってるんだ」と言われた日もあったが、派手なTを選んでしまうのはポジティブな気持ちの表れ。仕方がなかった。決して盛りがMAXになった訳ではないのだ。
数年間Tバックを喜んで履いていたかいがあってか、あんなに悩まされたわたしのアトピーは鎮静化していった。しかし歳を重ねてミドルアダルトに近づいてくると尻が寒いという理由からTバックからおばさんパンツへとシフトしていったのだった。そうか筆者はベージュのパンツを履いてんだなと思われた皆さん。違います。ここで誤解を解いておきたい。オーガニック商品を好むナチュラリストの増加に伴い、おばさんパンツと呼ばれる綿100%のパンツもスタイリッシュなデザインの物も増え、昔とは訳が違うのである。決してゆったりめのベージュのパンツを私が履いてるとは思わないでいただきたい。だってなんてったってわたしは新妻。まだまだ張り切らないといけないのです。