追放されそうになった話

女子校に通ったことはないが、歯科衛生士になるための専門学校は女子校みたいなものであり「女子校っぽいな」と思う瞬間に何度も遭遇したように感じる。
私が通っていた歯科衛生士学校は1クラスのみの2年制で生徒数は約60名の全員女性のクラスであった。
そしてこの女性60人は大きくわけてだいたい7グループほどに分かれて群れを作っていたのだが、わたしは入学してからずっと1番派手なグループに所属していた。
人間はまず見た目や服装が同じような者同士で群れる傾向にあると思う。わたしが属していた群れの象徴は「ギャル」で、主にB系とお姉ギャルの集まりから成り立っていた。髪はミディアムからロングヘアーを茶色に染め、服装は胸か足を出すことが鉄則であった。具体的にいうと、足を出す場合はデニムのショートパンツを着用、胸の場合は深めのVネックで谷間を見せる。なかには両方チョイスという羽振りの良いメンバーもおり、なかなかギラギラしたグループだったように思う。
「私たち、家族のようにいつも一緒にいるよね!」ということからわたしが属していた集団名は「ファミリー」と呼ばれた。ギャルは基本的になんでも略したがるので、「ファミ」と省略されることもしばしばだった。
ファミはクラスの中でも幅を利かせていて、昼休憩になると基本60名がギュウギュウに詰め込まれた教室でおとなしく弁当を広げて食べなければならないのだが、ファミは「狭い」というみんな知っている理由から、となりの臨時で使う教室(60名がギュウギュウに詰め込まれた教室と同じ広さ)を占領し、となりのメンバーとの間隔を3メートルくらいあけたところに着席。優雅に弁当を食べていたのだ。それを2年間ずっと続けたけれど、ファミに何か言ってくる者はいなかった。このとなりの空いた教室はファミのもの。所有する領土の広さからわかるように、ファミはスクールカースト的にも頂点だったと言えるのではないか、そんな風に思う。
ファミの構成員は結成時は13名だった。しかし最終的には8名にメンバーが減るのだが、じゃあ後の5人はどうなったかというと、1名ずつ追放され脱退に追い込まれ消えていった。
「あれ?Aは?」
ある日いつもの領土で弁当を食べようと教室に入ると、いつもいるAの姿がない。
Aは?というわたしの問いのあと、領土は数秒間の静寂に包まれたのだった。
そして、ようやっと口を開いたものから告げられた言葉は
「わたしはさぁ、前から嫌だと思ってたよ?」
だった。彼女は強めの口調でわたしに言い放った。その言葉のあとには頷くものもいたし、知らない顔でご飯を食べるもいた。わたしは気づいたのだ。Aは追放されたんだと。 
ファミの中では3テンポくらい遅れて行動をしていたわたしは、話題についていくことができず、いつも追放されたメンバーのことに気づかず(告げられず)事実を知った時にはメンバーが消えていた。
ファミリーという熱いネーミングをつけるわりに気に入らないメンバーは容赦なく切り捨てる。そういう集まりだった。
3テンポくらい遅いわたしだったがそのことで追放されることもなく、最終メンバーまで残ることができ、今でもファミとの交流は続いている。
しかしそんなわたしにもファミに追放されかけたことがあった。
事のきっかけは歯科衛生士学校の一大イベント「臨床実習」である。
大学付属であった我が校は、校舎のとなりが歯科大学病院となっている。
2年生になると病院実習が始まり、我々衛校生はとなりの病院で診察の見学をしたり、診療のアシスタントをして勉学に励むのだが、勉学よりも気合が入っていたのはドクターとの出会いであった。
普段女子ばかりの我が校。年頃の娘たちである。キャッキャッしたいのだ。
臨床実習は適当に先生に決められた6人程のグループで、各科に行って実習に取り組む。一つの科ではだいたい1週間〜3週間くらい実習に取り組み、次の科へと移っていく流れだ。
各科に到着すると、診察をしている歯科医師の元にそろそろ〜と近寄り「よろしくお願いします」と元気よくあいさつをして、アシスタントに入る。
1ドクター1アシスタントが基本で、1人のドクターに2人つくことはない。つまりここがアタックチャンスなのである。
ドクターに気に入ってもらえると、連絡先の交換やごはんのお誘いがあったりと、その後の学校生活に彩りを添えることができる。もちろんファミリーメンバーも気合充分である。
昼休憩になると各科に実習に行っていた生徒が一斉に教室に戻り、ご飯を食べてまた実習に戻るのだがその昼休憩では何先生についたかの報告会である。
「ペリオ(歯周病科)の山田先生ちょーかっこいいんだけど!笑顔が本当に癒される!しかもちょー優しいの!」
こんな具合で話をするのだが、これには裏のメッセージが隠されていてる。正しくは
「ペリオ(歯周病科)の山田先生ちょーかっこいいんだけど!笑顔が本当に癒される!しかもちょー優しいの!」(だからあんた達手出すんじゃねーぞ)
大事なのは後半のカッコの部分である。暗黙の了解的に人のお気に入りには手は出さない。ということがなんとなく決まっていた。
つまりお気に入りの先生を見つけてさっさと報告会で名前を出さなければ、学校生活に彩りを添えることができないのである。
わたしだって当時19歳の年頃の娘。歯科医師とキャッキャッしたかった。
しかし全てにおいて3テンポくらい遅れているわたしはなかなかお気に入りのドクターを見つけることが出来ず、報告会で名前を発表することができなかった。その間に
「補綴科の安井先生!かっこいいー!」(とるんじゃねーぞ)
「保存科の鈴木先生!やばーい!」(とるんじゃねーぞ)
続々と発表される名前。焦る私。しかし、結局私が報告会で名前を発表することはなかった。
ある日。保存科に配属されたわたしはアシスタントが終わり実習終了まで時間もないし片付けを手伝って時間になったら教室に戻ろう、そう考えて行動していた。
すると
「ねぇ!時間まででいいからこっち手伝ってくれる?」
歯科医師からぶっきらぼうな感じで呼び止められた。
「あ、わかりました。」
感じ悪いなと思いながら速やかにアシスタントについた。
「そこ吸って(唾をバキュームで)そ。オッケー」
アシスタント中はそこそこ優しい。しかもこの先生、関西弁である。
(関西弁、やっぱいいよな、関西弁)
心の中で一句詠み上げ結局治療が終了するまでアシスタントを務めた。
「ありがとう。助かった。」
マスクを外してお礼をいってくれた先生は日に焼けた柴犬みたいな顔をしていた。もともと細い目が笑うとさらに細くなり愛嬌が増す。
治療が終了するとアシスタントについた先生からノートにハンコを押してもらう決まりがある。
ハンコの名前は鈴木であった。
(保存科の鈴木...あ、たしかRのお気に入りだわ)
なるほどねー。これがRのお気に入り鈴木先生、はいはい。と思いながら病院を出て教室に戻った。
それから鈴木先生には保存科にいる間2〜3回アシスタントについた。
最初ぶっきらぼうで怖い先生かと思いきや「焼肉たべたい...」などと仕事中に呟くそんなノリの先生であった。
そして事件は起きる。
その日は文化祭だった。文化祭は隣接する歯学部の学生と共同で行なっていた。
衛校生は毎年交代制でブラッシング指導を出し物としてやることになっている。ファミの中でもとりわけ仲のよかったMちゃんが最終の当番だったため、私はMちゃんが当番を終えた頃に迎えに行った。ちょうどMちゃんは片付けをしており、わたしも手伝っていた。すると
「なにやってんの?」
登場したのは鈴木先生であった。
「あ、先生。片付けをしていました。」
「そう。ねーねーガム食べるー?」
鈴木先生はノソノソと歩いて私たち2人にガムを差し出してきた。
我々は鈴木先生からガムをもらい、少し立ち話をした。
「おまえさー湘南の方に住んでるんやろー?えーなー。」
Mちゃんに話しかける鈴木先生。どうやら先生の趣味はサーフィーンで、そのせいで日焼けした芝犬になっているようだ。
Mちゃんは湘南生まれ湘南育ちのBガールである。2人が湘南の話で盛り上がっている横で私ニコニコ話を聞いていた。
鈴木先生と別れ、いつものファミの領土に戻った。これから後夜祭があるからみんなと合流して、体育館がクラブと化する後夜祭会場へ行こう。
ガラガラと扉を開け、2人でニコニコしながら領土に入った。
我々が領土と入ると、いつも賑やかな領土とは違い、静寂に包まれていた。
周りを見渡すと怖い顔でじっとしているメンバーの姿。
え....?
わたしとMちゃんは訳もわからず、その場に立ち竦んでいた。これは...?
訳もわからないので黙って突っ立っていたら、とうとう痺れをきらせたメンバーの1人がこう言い放った。
「仲いいなら言えばいいじゃん?」
ん?である。意味がわからなかったので、何が?とかえすと
鈴木先生だよ、仲良く喋ってんの、さっき見てたから」
ただ湘南の話をしていただけである。それもNGだったとは知らず、顔を見合わせるMちゃんとわたし。
「もう、いいよ。もういいから」
鈴木先生推しだったRが言った。
「いこ」
あきらかにふてくされた顔でRは言い、領土から出て言った。その後に続くメンバー。おそらくクラブ会場に移動したのであろう(体育館)
わたしとMちゃんの2人は、領土に残された。
「え?喋るのもだめなの?」
「え?」
2人はひたすら え?の連呼をした。
終わった。これは紛れもない追放だ。明日からの弁当は52名がギュウギュウに詰め込まれた教室で食べよう。
しかし幸いわたしにはMちゃんがいた。明日から頑張ろうね。Mちゃんと励まし合い我々はしばらく領土に突っ立っていたのだった。

翌日、弁当の時間は大人しく教室で食べようとしていると、
「え?あっち行かないの?」
メンバーの1人でファミの中でも権力のある子がわたしとMちゃんに声をかけた。
....じゃあ。
ということでソロソロと権力のあるメンバーの後に続いて領土に入るわたしとMちゃん。
たぶん1秒くらい領土は静まりかえった気もしたが、この権力のあるメンバーが何事もなかったように受け入れてくれたお陰で周りも徐々に話をしてくれるようになり、Mちゃんとわたしはもとの生活に戻れることができた。ギリギリセーフである。

と、こんな具合に追放されかけなんとか持ち堪えた訳なのだが、Mちゃんとわたしはヤラレっぱなしではなかったということを最後に伝えたい。
メンバーがあの日クラブと化する後夜祭に出かけたあと、Mちゃんとわたしはしばらく突っ立っていた後、猛烈な怒りに襲われた。あいつらなんだ?喋っただけでクソが。後夜祭なんていってられっか。こっちは飲み行くぞ!
とここで電話をかけたのがソエジという先生であった。ソエジと我々は普段からちょこちょこ飲みに行く仲で、ソエジは鈴木先生と同期で一緒に留年もしたということを実習に出てから知ったのだった。
我々はソエジを呼び出し、今日起こった鈴木先生絡みの出来事を全部チクった。そして悪口をつまみに酒を飲んだのだ。我ながら華麗なるしたたかさである。良くやった!と思う。

女だらけの専門時代は不平不満悪口で埋めつくされ息苦しさを感じたこともあったが、今となっては懐かしい。華やかな時代であった。
現在のファミは大半が家庭を築き、本当のファミリーと幸せそうに暮らすメンバーがほとんどで、今はあの頃のギラギラした感じはまるでない。みんな落ち着いたのだ。
それぞれのファミリーで脱退または解散という話がないことを、わたしは祈っている。