ロマンスは突然に

今年の桜は綺麗だった。穏やかな天候が続き、桜の開花から雨の日が一度もなかった東京の桜はとても綺麗だった。

3月最後の日曜日、わたしは一人で散歩に出かけた。
歩けば少し汗ばむくらいの快晴。心地よいそよ風が吹いて、お花見にぴったりな陽気だった。

ふらふら街を歩いては、気になるものを写真に収めてみたり、初めてみる野良猫に声をかけてみたり、知ってるようで知らない道を歩いていく。

この街に越してきて4年目。4回目の春を迎える。

4年過ごしていてもこの街の知らない道や場所があるもので、家から20分程歩いた所に寂しげな公園を発見した。


立派な桜の木が一本、公園の彼方此方に点在する丸椅子、少し狭い砂場、カエルの遊具はペンキが剥げて溶けたカエルみたいだった。

その公園にはわたし以外、誰もいなかった。

ここに来る前に通った公園は、多くの人が花見を楽しんでいた。シートを敷いてお年寄りが談笑していたり、若者達が笑顔でお酒を飲んでいたり、子供が紙飛行機を飛ばしたり...
その光景を見て、平和だなぁと染み染み感じた。

一方こちらの公園は同じように綺麗な桜の木があるのに、人も集まらず寂しげなのは何故だろう。
不気味な表情の溶けたカエルのせいだろうか。

せっかく見つけた公園だし、ちょっと休憩していこうかな。

彼方此方に点在する丸椅子から1つ選んで腰を掛けた。
青空に満開の桜のピンクが生えて美しい。
心地よいそよ風に紛れて、時々強い風がビューと音を立てて吹いた。

貸切の公園でお花見なんて贅沢だな。いい休日。
読書でもしようかな。
誰もいない桜の咲く公園での読書。趣き深いではないか。

わたしは使いすぎてクタクタになったトートバッグから  腐女子のつづ井さん3  を取り出した。

誰もいない公園で読むつづ井さんは良い。
表紙にカバーがついていなくても、堂々と読めるから。

彼氏がいないのに、彼氏がいると想定して彼(架空)と過ごしたクリスマスを演出、さらにその時に彼(架空)からもらったクリスマスプレゼントを持ってきてみんなで交換する。
というクリスマス会の話に没頭した。

「クリスマスの日の服装は、清楚さを意識したアイボリーのワンピース。と見せかけて背中のフックは首元で留めるタイプ、ファスナーは随分下まで下がります。つまりこれは誰かに脱がせてもらうための服です。」

なるほど....彼のため(架空)に徹底した服装選び。流石Mちゃん。(Mちゃんはつづ井さんの友人。)
同じ姿勢で真剣に読み進めるわたしに太陽の日差しがジリジリと照りつけた。

「熱っ!」

と顔を上げたその時、

彼はいたのだ。


8メートルほど先の丸椅子に腰を掛けた男性。
お洒落な自転車と相性の良い素敵な服装をしている彼は、お洒落な自転車を丸椅子の横に止め、携帯をじっと見ていた。


貸切の公園に突如現れた彼。


わたしは目線の高さに固定していた 腐女子のつづ井さん3 をばっ!と膝の上に乗せ表紙が見えないようにした。



....いい男じゃないの!



公園にはわたしと彼の2人きり。春のロマンスは突然訪れた。


(いつからいたのだろう。全然気づかなかった。こんなことがあるならつづ井さんじゃなくて村上春樹とか読んでいたかった...)


2人きりの公園は妙に静かで、聞こえてくるのは時々ビューと吹く強い風の音。

(ちょっとでもこの情景に合うよう雰囲気だけでも美人を装おう。)

わたしはそこそこ長い自分の髪を、できるだけ左に寄せた。
これで「5秒でできる、即席中村アンのかき上げセクシースタイル」の完成だ。

表紙と顔は絶対に上げてはいけない。常に下向きを心がける。

足はどうする?組むか揃えるか?中村アンなら組むだろう。でも組んでる女は偉そうに見えるからNG!と雑誌に書いてあったぞ。え?どっち?

とりあえず、足首の位置で足をクロスさせてみた。

即興で作ったわたしの演出は、

「控えめな中村アン、桜の咲く公園で村上春樹を熟読。」

である。

とにかく知的を演出させるために一切本(腐女子のつづ井さん3)から目を離さない。
いい男は見るな!自分に言い聞かせる。

(中村アンならこのシチュエーションでターザンの服を着ていただろう。いやここは清楚系の後ろにファスナーのついたワンピースがよかっただろうか。ノースフェイスのジャンパーだもんなぁ...まるでエロがない。)

(ていうか全然話が頭に入ってこないぞ!)

腐女子のクリスマス会を数分前まで熟読していた集中力は、いい男に全部持っていかれてしまった。いい男は世界を救う。

あ、また余計なことを。
とにかく任務を全うしようと、目だけでもいいから本を読み進め、村上春樹を読んでいるように詐った。


するとである。


ざっ、ざっ、ざっ、


強い風の音しか聞こえない静かな公園に砂利の上を歩く音が聞こえる。

ん?足音?

でもわたしは村上春樹を熟読中。わたしは村上春樹を熟読中。顔を上げたら負けだ!

ざっ、ざっ、ざっ


近寄る足音。


まさか....いい男が...


(待って!近寄らないで!つづ井さんが....見えちゃう!)


控えめな中村アンの演出を打ち切り、わたしは顔を上げた。すると、


「!!!?!!」


両手を上げてiPadで桜を撮影するおばさんが立っていた。


(い、いつのまに!!!)

それからおばさんは、わたしの周りをぐるっと一周するように、桜の花、公園の様子、わたしの背後に咲いている白い花を撮影していた。

(パーソナルスペースを超えている!!!)


ヘアースタイルだけは中村アンなわたしが不安そうな表情でいると

いい男がむくっと立ち上がり、お洒落な自転車にまたがって、そして去っていった。


「!!!?!!」


あの人は、公園に一体何をしにきたんだろうか。

(も、弄ばれた!!!)


悲壮感漂う中村アン。その横を

ざっ、ざっ、ざっ

と砂利を踏む音をたて、おばさんも公園を去っていった。


(え?いっちゃうの?)


いってしまった。2人ともいなくなってしまった。


そうしてわたしはまた1人になった。

また1人になってしまったわたしであったが、何か右手に感触を感じた。



右手をあげた。


!!


アリがのぼっていた。


(アリ!!)


アリを見たのはひさしぶりだった。

一瞬久しぶり!な気分になったが、されどアリ。

わたしは右手をブンブンしてアリを振り払った。


「!!!?!!」

噛まれた


(アリ!!!!!)


ロマンスは突然に。
そして桜が散るよりも早くわたしのロマンスは散ったのだった。


私今年の夏はターザンの服を買おうと思います。