話さない女の子【後編】

小学校を卒業し中学生になった私。
中学生になると強制的にどこかの部活動に入らなければならなかった。
日に焼けたくないという理由から吹奏楽部に入った。なかなか美意識の高い13歳の私。この時はまさか10年後にタンニングオイルをつけて日焼けする成人になるとは夢にも思わなかった。

晴れて吹奏楽部に入ると見覚えのある女の子が。
目が大きくて色が白くて痩せた女の子。
あ、あの子だ。

わたしは彼女に話しかけた。
彼女は幼稚園の時と同様、やっぱり話さなかった。  
けれど話さない彼女が幼稚園の時と1つだけ変わっていたことがあった。

彼女は字が書けるようになっていた。
以前はどうしても話さなければならなかった時、蚊の鳴くような声でぽそっ、ぽそっと、必要な単語を発していたけれど、字がかけるようになった彼女は、手のひらに指でなぞって字を書いたり、ノートにペンでささっと字を書いたりして自分の思いを伝えるようになっていた。

中学生の彼女は全く喋らなくなっていた。

中学生の多感な時期に言葉を喋らない彼女はいじめの対象にならなかったのか。
わたしが知る限り、彼女はいじめられてはいなかった。
むしろ一部の人間からは人気者だった。わたしもその一部で彼女のことが大好きだった。

彼女は喋らないけれど、言葉の選び方がめちゃめちゃ上手だった。手のひらやノートに書く彼女の思いを読む度にいつも笑っていた。

彼女はねつみ先輩と呼ばれるようになり、わたしの他あと2人の友達の4人グループでよく遊んぶようになった。何故ねつみ先輩なのかというと、たぶんねずみに似ていたからだと思う。

部活中に学校の裏山に脱走して部活をさぼったり、帰りにみんなで団子を買ったことがばれて4人そろって停部を食らったり...幼稚園の時以上に彼女とはよく遊び楽しい日々を過ごしていた。

ある日のこと。ねつみ先輩が熱心に本を読んでいた。なんの本?と聞くと題名は忘れてしまったが、その本の内容を紙に書いて教えてくれた。

「登場人物が全員死ぬ、完全殺人の本」

中学生2年生で分厚い完全殺人の本を部活中に熱心に読むねつみ先輩。
かっ!かっこいい!
けどもう真似はしなかった。

ある日いつものメンバーが集められ、ねつみ先輩からその小説の登場人物の名前を覚えるよう伝られた。
これは後に我々の隠語になった。
伊空、弥生、樹里、あと2名の名前は忘れてしまったのだが、
その登場人物の名前を、ねつみ先輩は大嫌いな男子部員の名前にあてた。松沢は弥生ね。みたいな。
こいつらはみんな死ぬ。指でなぞって教えてくれたねつみ先輩。
とりわけホルンを吹いている樹里を憎んでいたねつみ先輩は、樹里の殺され方も教えてくれたような気がするけどわたしはあまり興味がなくてその内容は忘れてしまった。

そういった出来事からなんとなく、ねつみ先輩が話さない理由の闇は深いんだろうなと中1のわたしは察した。

結局中学生時代もねつみ先輩は、一言も喋ることはなく、1つ年上のねつみ先輩は先に卒業していくこととなった。

幼稚園の時はそのまま疎遠になってしまったのだが、
今回はどうしても最後にねつみ先輩の声が聞きたい!と友人2人とお願いをしてみることにした。

ねつみ先輩はだいぶ渋っていたけれど、直接
は話せないけど電話ならいいよ。といって承諾をしてくれた。

卒業式が終わって友達の家から電話をかけた。
なんて話そう!てドキドキしたけれど、結局
「ねつみ先輩?」
「うん。そうだよ。」
その一声でわたしの番は終了した。
他の友人も一言二言話をして、そうして彼女はそさくさと電話を切った。

そんな姿勢もやっぱりかっこいい!と思ったのだった。

彼女の声はちょっと低めでクールな声をしていた。
彼女の声が聞けて本当に嬉しかった。

その電話を最後に彼女と連絡することはなかったし、もう会うこともなかった。

人伝てに聞いた話だと、高校生になった彼女は普通に話をするようになっていたと聞いた。

幼稚園から頑なに話さなかった彼女。何故話さなかったのかはわからないけれど、胸のつかえが取れて話せるようになったのなら本当によかった。

それにしても、彼女の言葉のセンスは非常に良かった。
声を使わないかわりに、手のひらに書く文字で、いかに相手にわかりやすく面白く伝えられるかを彼女は日頃から、考えていたのかもしれない。字が書けるようになった時から中学生を卒業するまでの間ずっと。羨ましいほどに言葉のセンスがあった。




......。






明日から話すのやめます。