愛おしい日々

実家からイチゴをもらうと決まって翌日の朝はイチゴパンを作る。作り方は簡単でこんがり焼いた食パンに生クリームをたっぷり絞って、その上にもらったイチゴを細かく刻みパンが見えなくなるほど乗っけて食べる。イチゴはこうやって食べるのが一番好きだ。だいたいパンの上からイチゴが一つか二つダイブして床に転がってしまい、床からイチゴを拾って食べる羽目になるけれど、イチゴを山盛りにしてかぶりついたときに幸せを感じているのでお行儀は悪いがこれで良しとしている。

 

息子が4月から保育園に通うことが決まり、産休もあとわずかとなってしまった。今までは息子が昼寝をしている間にあれこれやりたいことをこなすようにしていたけれど、もう一緒のお布団で昼寝をすることも貴重な時間になってしまうんだと思うとそんな時間も愛おしく思ってしまい息子と一緒にスヤスヤ眠る日が増えたのだが、もう昼下がりにおやつを食べながらダラダラブログを書く時間もなくなってしまうのかと思うと、そんな時間も愛おしく思ってしまい息子がスヤスヤ眠る布団に入ってこのブログを書いている。わたしは基本欲張りなのであれもこれもやりたいのだ。さすがにおやつは布団には持ち込んでいない。

 

息子の保育園が決まり、少なくともこの街にあと5年はいることが決定した。本当は家賃相場も高いし今よりもっと郊外に引っ越そうかとも思っていたのだけど、せっかく保育園も決まったし、何かと便利だし、スーパーのおばさんも郵便局のおばさんもその辺のおじさんも気さくな人が多くて良い街だと思っていたので、予定は崩れたけどもうしばらくこの街にいなよと言われたようでなんだか嬉しい。頑張って働こうと思う。

今住んでいる家は居心地は良いけど狭いし小さい子供がいると不便な点も結構あるので引っ越しを検討している。内見もいくつかしているけどなかなか良い物件が見つからない。このまえ内見した物件は少し狭いけど築浅で追い焚きもできるし宅配ボックスもあるしオートロックもあるのにセコムまで入っていて日当たり良好で良いなーって思ったのに、玄関を出てすぐの壁に まんこ って落書きしてあるのを見つけてしまい思わず まんこ と呟いてしまった。壁のすす汚れに指でなぞって書かれたまんこ。前住んでいた人の仕業なのか、それとも隣人の仕業なのか....セコムまで入っているのにまんこの落書きがされていることにわたしはショックを受けた。夫に小さい声で落書きを指摘したところ「ポストがある共用部分のゴミ箱のところも見た?」と言われ部屋の内見の後、夫と速やかにポストのもとへ向かうと「このゴミ箱に家庭の生ゴミを捨てないでください!!臭いです!!管理人」と手書きで書かれた張り紙がされていた。わたしは驚いた。書かれた張り紙から管理人は元ギャルであることが読み取れるからである。管理人の字が今は珍しいギャル文字であった。

管理人もやばそうだけど共用部分に生ゴミを捨てる隣人の方がやばいだろと夫から指摘を受け、我々はエレベーター付きウォシュレット付きオートロックありでセコムまで入っているのに共用スペースには生ゴミ壁にはまんこの落書き管理人はギャル紹介者は中国人の物件を後にした。

 わたしの物件探しは続く。

 

ボタボタ泣きたい

感情が欠落しているんじゃないかと思い始めたのは小学生の頃だった。友人の転校、卒業式、タイタニック...みんなが泣いている時に私はだいたい泣いていない。卒業式で泣かないと冷たい人って言われそう。斉藤由貴のこの歌を知る前から私も同じことを思っていた。だから知恵のついた中学生のころからは冷たい人と思われないようにみんなが泣いている時に私は俯いて悲しい顔をすることにした。私だって悲しい。私だって泣いているあなたより悲しんでいるよと思いながら眉間にシワを寄せて俯いていた。

私も感動して泣きたい。感動して泣く人を妬ましいとさえ思ってしまう。感動して泣く人は可愛い。それに感動して泣く人はいい人って言われそう。というかそういう認識。斉藤由貴もそうだねと言ってくれると思う。

だけどそんな私にも胸中の琴線に触れて涙を流したことがある。志村けんの悲しい音楽の流れるコントで泣いた。のちにシリアス無言劇という名であることを知るこのコントは、だいたい悲しい結末でだいたい人が死んでいた。

その日もいつものように家族でテレビを囲んでいたらシリアス無言劇がはじまった。夫役の志村けんとその妻の石野陽子による演技が、定番の悲しい音楽の中進行していった。この話、このままいくと多分死ぬな。小さい私もオチというものを理解しはじめたため、言葉はなくとも妻の石野陽子が死ぬことが予測できた。そして予想通り死んだ。ようこちゃんが死んだ。わたしは石野陽子の死が悲しくて泣いた。ほらみろよと。小さい私はオチのほかにも常識というのも理解しはじめたため、志村けんの番組で泣くのは違うということも理解していた。こいつ志村けんを見て泣いているよ。家族にバカにされたくない一心で「背中がかゆい」と言いながら志村けんの番組が流れる食卓でワンワン泣いた。

あとはハチ公物語を見て泣いたくらいしか感動して泣いた記憶がない。

卒業式も息子の出産でも泣かず、結婚式の花嫁の手紙にいたっては、シーンとした空気と照れに耐えきれず半笑いで手紙を読んだ。

感動したことを表現したい。感動を、言葉で語ることもできないし、音楽で表すこともできないし、踊って表現なんてまず無理だし、じゃあ涙くらい流させてよと思うのに泣くこともできず、私はどうやって表現すればいいのだろうか。

泣きながら読んだ、震えるほど泣いた、ボタボタ泣いた、全米が泣いた、泣いた泣いたという文面をみるたびに羨ましさと妬ましさで心が埋もれ背中がかゆくなる。

 

今年の振り返り

今年は本厄でどうなることやらと思ったら腰をやったり出産で高血圧になったのちに膣壁血腫というよくわからない病気で緊急手術などをし、予定通り本厄、見事本厄、あっぱれ本厄、よくぞやりきったと自分を褒めてあげたい。そんな本厄を乗りきり後厄に移行する前に今年を振り返りしみじみしたいと思う。

 

息子生誕

息子が産まれたことで私は私の人格の他に母という人格を担うことになった。母は大変だ。一番大変なのは自分のことが後回しになることだ。わたしは知っている、風呂上がりに素早く化粧水と乳液をたたきこむことがお肌のアンチエイジングに繋がることを。だけど今は風呂上がりは全裸で息子の肌に入念にボディークリームを塗りこんでいる。全裸でよいちょまるよいちょまると言いながら転がって逃げようとする息子の身体をバスタオルの中央にもどし服を着せている。息子に服を着せ終えて、やれやれと思う頃には自分の体は砂漠化している。これがわたしの日常である。色々な面で自分が二の次になることが多く、時々しんどさを感じることもあるが、おやすみと言って息子とくっついて寝ることが今の一番の幸せだと思ってしまうのだから息子は不思議な存在である。

 

近所の惣菜屋が潰れた

近所の惣菜屋が潰れていた。去年オープンし、若いお兄さんが切り盛りしていた小さな店だった。オープン当初お兄さんは気さくな感じで、よくおまけをしてくれたので結構気に入っていた。

惣菜屋で惣菜を買い、スーパーに立ち寄り顔なじみのレジのおばさんと惣菜屋の話題になったときに「なんかあの惣菜屋のお兄さんここに買い物に来るけど感じ悪くて怖いよね」とおばさんが言っていたので「え?そんなことないですよ?」とお兄さんを擁護した。

最初、よくおまけをしてくれた惣菜屋であったがある日を境に全然おまけをしてくれなくなった。おまけ、やめたんだなと思いちょっぴり悲しい気持ちでいた。さらにいつ行っても同じ惣菜ばかりで変化がなくなり、ちょっと飽きてしまったので惣菜屋にはいかなくなってしまった。

今年に入り息子を出産し、久々に惣菜屋に行った。産まれたんですね!と声をかけてくれたお兄さん。相変わらず変化のない惣菜を1種類購入して店を出た。

それから数日たったある日。息子と散歩をしていて惣菜屋の前を通ったので、惣菜でも買ってかえるかと惣菜屋に入店。相変わらず変化のない惣菜を1種類買おうとレジをお願いしたときにわたしは気がついたのだ。1万円札しか持っていないことを。しまったと思いお兄さんに1万円札しかもっていないことを報告。するとお兄さん、あからさまに嫌な顔をしていた。近くで崩してもう一回来ますと伝えるといいですよ!と言いながらすごい嫌な顔をしてるので、いやもう一回きますから!と伝えるといいですよ!と言いながらやっぱり嫌な顔をしていた。

惣菜1種類と千円札2枚と大量の500円玉でおつりを渡され店を出た。

わたしは思った。二度とこねぇよと。レジのおばさんは見る目があった。

それから数ヶ月後、店は潰れていた。

 

 

加間ちゃんがいなくなってしまった

加間ちゃんと呼んでいたインターネットの知人がいなくなってしまった。最近元気かな?と思い加間ちゃんのツイッターを検索したところアカウントが消えており、まさかと思いブログを見にいったところブログもtumblerも消えていた。すごく悲しかった。わたしは加間ちゃんのブログが大好きで、わたしが活動しているサイトに誘って記事を書いてもらえることになった時もすごくうれしくて、サイトで書いた記事もやっぱり面白くて、面白い面白いと読んでいたら無意識に文章を盗作してしまった日もありました。

加間ちゃん。あなたは去年のインターネットのオフ会で初めて会ったときにわたしのことを「親戚のお姉ちゃんに似ている」と言ってくれましたね。全然ピンとこなかったけれど、親しみがあるってことかな?と思って「うれしい」と返したような気がします。

またサイトの記事を書いて欲しいし、ブログも読みたいなぁ。加間ちゃん、待ってます。

 

 

今年もありがとうございました!良いお年を。

 

 

すしざんまいでリハビリ

最近鬱々とした気分が続いていた。なぜ鬱々とした気分になってしまったのか原因はわかっている。家計簿のせいだ。今まで家計簿をろくにつけたことがなかったのだが、家を引っ越すにあたって次は賃貸か?購入か?などと考えることが増え、そのまえに今の生活費がどのくらいかかっているのか把握する必要があるのではないかと思い立ち、アプリをダウンロードして11月から家計簿をつけることにしたのだ。  

最初は楽しんで家計簿をつけていたのだが、どんどんかさんでいく支出を見ているうちに具合が悪くなってきた。うちは外食もしないし車もないしお弁当も作っているし着るものはユニクロだし遊びに行くのは公園だしささやかに生活しているはずなのに、なんでこんな支出がかさむのだろうか。え?うち大丈夫?と思うと胸が張り裂けそうな気持ちになり、株のアプリを開いて自分の株が急成長しないかと眺めていた。

家計簿と株のアプリを眺めてはため息をついているうちに、お先真っ暗朝起きても鬱々とした気分になり開口一番つらいが飛び出すようになった。 土曜日、夫に気分が冴えないし具合が悪いと訴え朝食を作ってもらい、それでも気分が冴えないので景気付けにケーキでも買おうかなとポツリと呟いたら、たまたまダジャレを言ってしまったことにちょっとウケてニヤついたけどすぐに支出のことを思い出して辛い気持ちになった。

そもそもわたしはお金に強い恐怖心がある。小さい頃から貯金をしなさいと親に言われたことを素直に従い、よく貯金をする子だった。今まで赤字になったとこも誰かに借金をしたことも、お金がなくてひもじい思いをしたことも一度もなく常に貯金がある状態であった。

それでもお金がないと不安になってしまうので、お金とは何かということを色々本を読んでお金はツール、お金は使わないと価値がない、貯金だけでは結果資産は減ることなどを学んでそうかそうかと思ってはいるのだけど、やっぱりお金に対しての恐怖心というのは拭いきれないのが現状である。

現在も一応貯金はあり、明日食う米がねぇみたいな状態ではないのだけど子供にはそれなりに小綺麗な家に住んで欲しいし、大学に行きたければ行って欲しいし、留学をしたければしてほしいし、海外旅行も年に1回は一緒にいきたいし自分も好きなパンとか買いたいしピラティスも行きたいしなどと考えると夫の収入だけでは足りず、わたしもせっせと働かなければいけない。働くのはいいのだが、子育てもあるし掃除も料理もしないといけない。そうなると今までのように常勤で働くと疲れそうなので労働力はセーブしたいでも稼ぎたいのせめぎ合いで苦しんでいるのだ。

家にいながらお金を稼げないだろか。考えたり調べたてみた結果IPO株が有力ではりきって申し込みもしてみたのだけれど、毎月IPO株が当選して儲かるわけでもないので毎月安定した収入を得るには駐車場経営はどうだろうかというところまで考えが行き着いた。だけど駐車場経営するためには土地を買って、設備投資もしないといけないし支出支出支出でちょっとまた気分が悪くなってきたので考えるのをやめた。

どうしたもんかな、とりあえずこの優れない気分をどうにかしたくて枕カバーを買いに行くことにした。枕カバーに穴が空いていてずっと気になっていたのだが、そろそろ買い換えようと夫に提案して無印良品に行くことにした。せっかくだから枕カバーとお揃いで掛け布団カバーも買い換えようと掛け布団カバーも買った。買い物の後、あのさ、久しぶりに寿司が食べたいんだけどと提案。昼食をすしざんまいで済ますことにした。思い切って中トロを注文しようとしたところすしざんまいではプラス100円払えば大トロが食べれることに気がつき、よっしゃ大トロ!大トロ行きましょうと大トロを食べ、途中ネギタクを注文したのにケアレスミスでネギトロが出てきてしまいもう一回ネギタクを注文し直すハプニングなどもあり、お会計をしたら4257円ですと言われた時には日高屋にしておくべきだったと後悔。また支出だよ〜と半泣きになりながら支払いを済ませてすしざんまいを後にした。

 翌日。目を覚ますとあれ?気分が良い。すごく気持ちが前向きなっている自分に驚いた。清々しい気持ちで弁当を作っていると、おはようと起きてきた夫に声をかけられた。あのさ、今日気分が良い。ここ最近開口一番つらいだった私だが、今日は気分が良いですと夫にはりきって報告をした。すると夫はよかったねと言った後に「寿司と肉ってのは人が幸福だと感じやすいものらしいよ」とポツリと言っていた。

昨日のすしざんまいが効いたのかはわからないが、私から鬱々とした気分は消え、元気を取り戻した。確かにお金は、ない。でもうちには愛がありますから!今なら元気よくそう言える。

引き続き支出ばかりの家計簿をつけている。まだ1月分もつけ終わってないのに具合が悪くなり挫折しそうになって先が思いやられるけどしっかり続けてファイナンシャルプランナーに人生相談にのってもらおう思っている。

もしまた辛い気持ちになったらすしざんまいを食べに行こう。そう思う。

はじめてのお食い初め

久しぶりに乗った自転車はペダルが重く感じられる。坂道を立ち漕ぎで漕ぐけれどなかなか前に進まない。ヒーヒー言いながら自転車を走らせる訳は石が欲しいからである。どうやら生誕100日を祝うお食い初めには石がいるらしい。よくわからないけれどお食い初めには良い石が必要らしい。私はよくわからないが良い石を買うべく、実家に帰ったついでに子を預け近所の氷川神社に向かった。

自転車を置いて社務所を目指す。ひと気のない社務所の窓にすみませんと声をかけると、40代くらいの女性が奥の方からやってきた。石が欲しいんですけどと伝えると「歯固めの石ですね」と言われ、カゴを渡された。カゴの中にはチャックのついた小袋に石が3つずつ入れられたものが5セットほど入っており、この中から好きなものを選ぶよう伝えられた。石5セットを真剣に見比べて、3個の形が一番均一なものを選んで女性に手渡した。300円お納めください。石は1セット300円だった。ラメが入っているかのようにキラキラする白い石に氷川神社のハンコが押してある。良い石だ。そう思った。よくわからない良い石を女性から受け取り鞄の中に大事にしまった。

社務所の近くで毛むくじゃらの猫が日向ぼっこをしている。最近町で猫を見かけてもぐっと堪えて触らないようにしている。だいたい私には息子がひっついているからである。本日ひっつき虫は不在。日頃の鬱憤を晴らすかのように毛むくじゃらの猫を撫で回すと、猫は仰向けになって身体をクネクネさせながら目を細めていた。

 

良い石の他にお食い初めには鯛や赤飯、煮物に酢の物が必要らしい。煮物も赤飯も面倒くさそうで今まで作ったことがないし、鯛を丸ごと焼く自信もなかった。全てがセットになっている「お食い初めセット」も売っているみたいだけど、できる限り手作りで準備をしてみることにした。鯛を丸ごと焼くことは難しいので近所のサミットにお願いをして焼いてもらうことにした。スーパーで魚を焼いてくれるサービスがあることに驚いた。

イメージトレーニングも積極的におこなった。インスタグラムでハッシュタグお食い初めを調べてみると、世のお母さん方の汗と涙の結晶お食い初めコーディネートで画面が埋め尽くされた。忙しい中100日の生誕祭に皆真心込めて準備をした様子が見受けられる。こんなに煌びやかにする自信はないけれど、わたしも頑張ろうとハッシュタグお食い初めを毎日のように眺めて自分を鼓舞した。

ハッシュタグお食い初めをジロジロ見ているとどうやら鯛の下には紙を敷くみたいだし、箸は寿と書かれた祝い箸が必要だということを知った。まずはアマゾンで鯛の下に敷く紙を探してみると100枚入り724円で売っていた。100枚もいらないんだよなと思いながら他を探すと、敷き紙と祝い箸と鯛を飾るカゴがセットになって1200円くらいで売っていた。わたしには金銭的にも心情的にも鯛の敷き紙に1200円を払う余裕がないので100円ショップに行って探すことにした。

息子とバスに乗り片道30分かけて都会の大きな100円ショップにやってきた。しかし100円ショップには鯛の敷き紙も祝い箸も置いていなかった。諦めきれず100円ショップからほど近い百貨店に足を運ぶことにした。残念なことに百貨店にも鯛の敷き紙は置いていなかった。鯛の敷き紙はそんなにレアなものをなのだろうか。ハッシュタグお食い初めの皆さんはどこで鯛の敷き紙を手に入れたのであろう。鯛の敷き紙はなかったが、百貨店には祝い箸が置いてあった。5膳セットで600円で売っている。5膳もいらない。1膳120円で売ってくれないだろうかと思いながら5膳の祝い箸を持ってため息をついていたところ、可愛らしい子ども用の箸を見つけた。これだ。どうせ買うなら一度きりの寿の割り箸よりも、いつの日か我が子が毎日使うであろう箸を買ってお祝いしてあげたいし、そのほうがエコだ。神様も箸が寿じゃなくても許してくれるだろう。ということで子ども用の短い箸を持ってレジに向かうと「今サービスで箸に名前をお入れできますがいかがですか」と法被を着たおじさんに声をかけられた。声かけに喜んでお願いをした数分後、完成した小さい箸にはひらがなで小さく息子の名前が刻まれていた。「かわいい」思わず声に出して箸を受け取ると「かわいいでしょう」と法被のおじさんが笑顔で答えてくれた。

 

生誕100日に向けて着々と準備をし、前日から料理を始めていった。煮しめは前日に作っておくと味が染みて美味しいとレシピに書いてあったのでそうすることにした。人参は花形にくり抜いて細工をする、レンコンも花形に切って酢水につける、出汁をとった昆布を縛る、里芋は六面になるようにカットし下ゆでする...不器用な手さばきでお花を型どり、ヌメヌメの里芋と昆布に苦戦した。煮しめは出汁をとって切って煮ればいい。ただそれだけの料理だけれど、下準備に時間と手間がかかるし材料費も結構かかる。なかなか贅沢な料理だ。だからお祝いの時は煮しめなのだろうか。正月に毎年母が作ってくれるおせちの煮しめを思い浮かべ、今年は煮しめをもっと味わって食べようと心に決めた。

 

お食い初め当日。きっと煮しめは味が染みていい感じ♪と自信たっぷりに鍋の蓋を開けると、煮しめがドロドロになっていた。私はびっくりした。蓋を手に持ったまま え?っと立ち竦みしばし呆然とした。煮しめってドロドロになるんだ。なんでだ。そろりそろりと鍋を箸で軽くかき混ぜてみると溶けた昆布が死骸のように現れた。味が染みすぎて溶けたのか?里芋も怪しい。煮しめをドロドロにした犯人を探すべく菜箸で現場検証を続けていると、苦労して花の形にした花レンコンが折れてしまった。いよいよもってキレそうだ。「奮発して良い干し椎茸を買ったのに..」昆布にキレそうになりつつも今日までの努力が実らず失敗したことが悔しく涙がこみ上げた。出産後の女性の情緒は不安定なのである。

しかしここでつまずいているわけにはいかない。母はガタガタに崩れたテンションをどうにか立て直し、赤飯を炊いて、酢の物、吸い物、丸ごとバナナを積み上げたケーキを作って旗を立てた。

その夜。家族3人でちゃぶ台を囲みお食い初めの儀式が行われた。夫の膝の上に我が子が座り、名前の刻まれた短い箸で食べる真似事をする。母は片手にiPhone、片手にデジカメを持って交互にその姿を撮影していた。息子は親が必死になって何かをやっている姿が面白かったのかニコニコ笑っていた。

お食い初めの儀式は3分程度で終了した。儀式終了後、ドロドロの煮しめをはじめとしたお食い初め料理を夫婦2人で食べた。サミットで焼いてもらった鯛が美味しいくて、来年の自分の誕生日にもサミットで鯛を焼いてもらうことを決めた。

 

頑張って準備をしたけれど息子は今日のことを覚えていないし、教えなければお食い初めの習慣があることも知らずに大人になるかもしれない。

だけど大きくなった息子が、赤ちゃんの自分が今よりも若いお父さんの膝の上で楽しげに食べさせてもらう姿を見た時に、自分は愛されていたんだということが伝わればいいなと思うのであった。

 

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美容室にて

先日、2ヶ月の子供を夫に預けて久しぶりに美容室に行った。数年通っている美容室なのだが、その美容室は担当の人は洗髪はせず、アシスタントの人がやってくれる。アシスタントは何人もいて適当な人が充てがわれるため毎度違う人が洗髪してくれるのだが、こないだ洗髪をしてくれた若い彼は「お子さん預けてきたんですか?」などと世間話は簡単に済ませ、黙々と髪を洗ってくれた。基本的に美容室でダラダラ話かけられるのは嫌いなのだが、一番嫌なのがシャンプー中に話しかけられることなので、熱心に洗髪に取り組んでくれる彼には好感が持てた。そしてさらに驚くことに、彼はシャンプーをした後にヘッドマッサージをしてくれたのであった。いつもそんな事されないのでこれは彼の気配りと思われるが、手際よく気持ちがいい。上手なのだ。「出産後忙しい中やって来た客」への気配りとして、あまり話しかけずに洗髪し、頼んでもいないマッサージまで施してくれたとしたら素晴らしい。心身共に疲弊したおばさんはアシスタントではあるがプロフェッショナルな彼の行動に感動し、その気持ちを伝えたい。そう思ってしまった。ここがアメリカなら真心込めてチップを支払うところだがここは日本である「君、いいよいいよ」と現ナマを渡されても気持ちが悪いだろうし、どうしようかと考えた結果普通にお礼をいうことにした。

シャンプーが終わり、髪をタオルで包んでもらった際にアシスタントの彼に垂直な思いを伝えた。

「あの、マッサージ気持ちがよかったです。ありがとうございました」

マッサージ気持ちがよい。何故だろう。事実だけど言葉にするとすごく気持ちが悪い。若い男性に言うべき言葉じゃなかったかもしれない。若者の親切を心に刻んで壮年期は余計なことを言わず黙っていればよかったのだろうか。

後悔の念に駆られていると「あ!ありがとうございます」と笑顔の若者。本心はわからないが、声かけに喜んでくれているようにも見えた。

そうして若者は手際よく私の首元のケープを外して笑顔で言った。

「頭、ガッチガチでしたもんね!」

頭ガッチガチ。何故だろう。多分事実。頭ガッチガチな気はしてなかったけど多分事実。頭ガッチガチだったおばさん。おかしい。マッサージまですごくいい気分だったはずなのに、お礼を言ったあたりから心がざわついている。あれ?言わなきゃよかったのだろうか。

そうしてアシスタントの彼は私をカット台に誘導。椅子に座らせ肩をマッサージしてくれた。肩のマッサージは店のサービスとして毎度やってもらっているのだが、どうやら私の声かけに自信を持ってくれたらしい彼は

「うわぁ....!!!肩もガッチガチですね!!!」と嬉しそうに肩をゴリゴリ揉んで頭だけではなく肩の凝りもほぐしてくれた。おばさんは頭も肩もガッチガチであった。彼は肩のマッサージも上手で気持ち良かったが、何故か私の心には小さなしこりができてしまったのであった。

 

 

 

 

広尾のランチパーティー

mixi掲示板で「広尾のマンションでおしゃれなランチパーティー♩☆」の書き込みを見かけ、行ってみたいなと思った。私、当時22歳の時の話である。

広尾のランチパーティー当日。私は期待に胸を膨らませて広尾駅にいた。集合場所の広尾駅前にそれっぽい集団を見つけ「あの、広尾のランチパーティーの方ですか?」と勇気を出して声をかけると、ひょろっとした男性が笑顔で迎えてくれた。それから数分後には広尾のランチパーティーのメンバーが集合。だいたい20歳〜25歳くらいの男女10名程度のメンバーであった。

「ちょっと買い物を頼まれているのでスーパーに寄ってもいいですか?」先ほどのひょろっとした男性が呼びかけ、皆で広尾のスーパーに移動した。一人でランチパーティーに参加していたのはどうやら私だけだったらしく、知り合いのいない私は列の一番後ろについてトボトボ後を追った。広尾のスーパーに着くと大変お行儀よく並ぶ野菜や見慣れぬ肉の塊などが並んでおり、やっぱり広尾のスーパーは違いますなと関心したことを覚えている。

その後ランチパーティー会場となる広尾のマンションに移動。駅から程近いそのマンションは外観も素敵でエントランスも大きく広尾の名に恥じない立派なマンションであった。ひょろっとした男性が先頭をきってマンション内を案内した。「ここです」と案内されたお宅から、ギャルを意識したメイクの女性が現れ笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃい」

どうやら推定年齢45歳のこのギャルおばさんが、広尾のランチパーティーの主催の様子であった。「どうぞあがって」ギャルおばさんに案内され部屋の中に入った。ギャルおばさんの家のリビングは広々しており、10人など余裕で入れる広さであった。

まずは簡単に皆で自己紹介をした。早稲田のサークルのつながりで参加しました。サークルの友達の友達で参加しました。美容室の同僚同士で参加しました。mixi掲示板を見て参加しました。わたしは正直に答えた。すると「よくきましたね!」と褒めてんだかけなされてるのかよくわからない言葉をかけられて私の自己紹介は終了。その後ギャルおばさんと私が似ているという褒めてんだかけなされてるんだかよくわからない声かけをされ、いよいよもって私は何故ここにいるのか?という気持ちが募ったのであった。

ギャルおばさんは途中までランチの準備をしてくれており、作り途中のメニューを皆で分担して調理をしていった。メニューはサラダとラザニアとビシソワーズなどなど。ビシソワーズを作るときにギャルおばさんが頻りに「このマッシャーがすごく便利でラクチンにビシソワーズが作れる」と言っており、広尾の人は日常的にビシソワーズを作るんだなと関心していた。その後も「うちの浄水器はすごく良くて〜」と水道水の自慢をギャルおばさんがしており、金持ちは自慢が多いなと思っていた。

おばさんの逐一自慢を交えながらみんなでガヤガヤとランチ作りを進めていると、おばさんの娘と思われる10歳前後の小太りな女の子がキッチンに登場した。するとギャルおばさんは「あっちに行ってなさい」というような視線を送って女の子を別室に行くよう促していたのだが、その光景に違和感を感じた。何故、ランチパーティーなのに娘は参加しないのだろうか。パーティーは皆でするものじゃないのだろうか。ギャルおばさんに促され別室に移動していった女の子がポツリと一人で絵を書いている様子が見え、私はビシソワーズの作りかたよりもその女の子が気になったのであった。

料理が完成し大きな机を囲んで皆で乾杯をした。広尾のマンションでおしゃれなランチパーティーの幕開けである。ナスとトマトのラザニアも、初めての手作りビシソワーズも美味しかった。一人でやってきた私だったが、目黒の美容室で働くえみちゃんとゆみちゃんとおしゃべりをしたり、ひょろっとした男性と話をしたりして少しずつ周りとも打ち解けていった。美味しいものを食べておしゃべりをするのは楽しい。そしてここは広尾。いつもと違う環境に刺激を受けていたのは確かであった。

だらだらと皆で食べて飲んでをしていたら時間はあっという間にすぎ、気がつくともう夕方であった。そろそろ帰りたいな。そう思いはじめていた時であった。ギャルおばさんがまたビシソワーズの話を始めたのである。このマッシャーは便利だと。その次に水道の浄水器の話が始まった。いかにこの水道水が新鮮な水であるかそして経済的かと。次に奥から持ってきたのは歯磨き粉だ。いかにこの歯磨き粉が歯面を傷つけず歯に優しいかと。するとご丁寧にアルミホイルを使った歯磨き粉の実験をはじめた。ひょろっとした男性と早稲田のサークルの一人が市販の歯磨き粉はこんなに削れている、この歯磨き粉はどうでしょう!といった具合に実演をしていた。歯磨き粉の実験の後はシャンプーが登場。いかにこのシャンプーが素晴らしいかギャルおばさんが熱弁。そんな様子を通販番組をみるかのように私はおばさんを無の状態で眺めていた。一体何なんだろうか。

周りの人はどんな気持ちでこの話を聞いているのかと思い周りを見回すと、神妙な面持ちで話を聞いていた。

通販番組かと思われるくらいの熱心な商品紹介の話が終わると、ここからが本題!といった具合でカタログが数部配られた。先ほどのマッシャーや歯磨き粉も載っているそのカタログを見せながら「普通に買うこともできるけど、もっとお得なのはメンバーになること。そして良い商品を人に紹介してあげること」そんな風なことをギャルおばさんは話し出した。この会社は決して怪しいものじゃなくて渋谷にも建物があり、商品はそこでも買える。だけどメンバーになったほうがいい。とギャルおばさんは力説。その後ギャルおばさんはいかにこの会社が素晴らしいか、いかにこの会社が私たちに益をもたらせてくれるかを説いていた。おばさんのありがたい話の端々で「アムウェイやばいって...」「アムウェイばかかよ...」得すぎてやばい、得すぎてばかだとヨイショをする早稲田の学生。どうやらこのギャルおばさんとひょろっとした男性と早稲田の男性はチームを組んで活動しているということがわかった。そしておばさんらは、我々にメンバーになることを勧めてきたのだった。

私はこの時この会社のことをよく知らなかったのだが、ランチパーティーに一人でやってくるような私がチームを組むなんて面倒で向いていないと思ったし、商品が良ければ渋谷に行けば買えるのだから、メンバーにはならない。そう伝えた。すると「それはもったいないから!もったいないから!」とおばさんに返答された。

「私やってみようかな...」そう言い出したのは目黒の美容室で働くえみちゃんだった。おばさんの力説に心が動いたらしい。するとその言葉に秒速で反応したおばさんらは、すかさず契約書のようなものをえみちゃんの前に広げた。えみちゃん、やるんだ。私はえみちゃんが契約書を真剣に読むその姿を見届けながら「家で家族とサザエさんが見たいので帰ります」と言って足早に広尾のマンションを後にした。

その後パーティーで知り合った人と誰とも連絡をとることもなかったし、連絡が来ることもなかったため、ギャルおばさんやひょろっとした男性、早稲田のサークルの人々、そして小太りの少女のその後を知ることはなかった。

しかし、その翌年のロケットマンデラックスのイベントでたまたま知り合った人がなんと目黒の美容室で働く美容師だったことで、えみちゃんが広尾のランチパーティーの翌日に青ざめて出勤したということを知るのであった。