原因は鳩だった

昔から恋愛体質なのかわたしはわりと惚れっぽい。

若かりし頃は、犬も歩けば棒に当たるが如くわたしは歩けば恋に落ちていた。


これは高校生の時の話である。

入学して2、3日しかたっていない高校生活。たしか集会か何かで全校生徒が校庭に集められた時のことだったと思う。

集会が終わって校庭から教室に戻ろうとした時、下駄箱の出入り口の段差のところでワイシャツとズボンをだらしなく着たガラの悪い先輩が5人くらいでタムロしていた。

(あの人.....めっちゃかっこいい!)

そのうちの1人の先輩にわたしは一目惚れをした。

彼は亀梨和也をもっとイグアナに似せたような顔をしていた。

ちょっとガラが悪くて亀梨和也とイグアナに似たイケメンの先輩に、わたしは入学して3日でときめいたのだった。

そして入学してすぐに仲良くなった友達のたけちんに教室で報告したのであった。

「ね、ね、ね!たけちん!わたし、見つけた!心のオアシス!」

「心のオアシス笑?」

先輩の名前もわからなかったので、とりあえず亀梨和也とイグアナに似た先輩のことを「オアシス先輩」と呼ぶことにしたのだった(たけちんとわたしの中で)

やさしかった友達のたけちんは、

「さとみこんこん、いたいた!食堂にオアシス先輩いた!」

「さとみこんこん、いたいた!中庭のところにオアシス先輩いた!」

とオアシス先輩を見かけるたびにわたしに報告をしてくれた。そしてわたしはオアシス情報を聞きつける度に、オアシスを求めて一目散に走って見に行ったのだった。

「いた....!今日もかっこいい....」

口に手をあて物陰にかくれながらオアシス先輩を見ては心を潤わせていた。

そんなことを数ヶ月していたのだが、

ある時を境にオアシス情報はピタリと途絶えた。

まったく見かけなくなったのである。

(オアシス先輩最近みかけないな...)

オアシス先輩を見かけないままわたしは高校2年生を迎えることになった。

残念ながら仲の良かったたけちんとはクラスが分かれ、新しい友人達との生活が始まった。

2年生になったばかりの学年集会の時。

その学年集会に何故かオアシス先輩がいたのだった。

「え?あれ、オアシス先輩だよね?なんでいるの!?」

どうやら彼は出席日数が足りず留年となったようだった。

(ラッキー!前よりいっぱい見つめられるじゃん。)

わたしは彼を見てるだけで幸せ♡な割と謙虚な女子高生だったのである。

謙虚に見つめていた成果だろうか。

ある日、食堂で新しい友人3人くらいでごはんを食べていると、オアシス先輩と1つ上のガラの悪い先輩達がとなりの席に着席したのであった。

(オ、オアシス先輩....)

一気に箸が進まなくなってしまった。

固まりながらもなんとかごはんを食べてるわたしに、なんと

「髪、綺麗だね。」

とかなんとか言ってオアシス先輩が話しかけてくれたのだった。

この時わたしは頭が真っ白になってしまい、よく覚えていないのだが、最後に

「ねぇ、番号教えて。」

と言われたのであるキャーーーーーー!

その様子をみてガラの悪い先輩達はニヤニヤしている様子だったが、そんなことも気にする余裕もなく震えながら番号を教え、授業が始まるのでオアシス先輩と別れて教室に移動した。

「連絡するから」

食堂を後にするわたしにオアシス先輩が声をかけ、にっこり笑いかけてくれたのだったキャーーーーーー

オアシス先輩は約束通り連絡をくれ、わたしはオアシス先輩とのメールのやり取りが始まったのであった。

最初はメールだけであったが、仲良くなると、オアシス先輩と放課後に待ち合わせをして一緒に帰ったり、カラオケに行ったり、先輩と一緒にいる時間は増えたていった。

すると留年した怖めな奴とさとみこんこんが一緒に帰っていた!という噂は広まり、

「そうなの?」と友人に聞かれては

「やだーなんで広まっちゃてんの?」(もっと広まれ)

と思ったり、

「付き合ってんの?」と友人に聞かれては

「やだー付き合ってないってば!」(その予定)

と思ったり、非常に楽しい学園ラブロマンスをわたしは送っていたのだった。

ある日の帰り道、今日もオアシス先輩と途中まで一緒に帰っていた。

「俺の仲のいい奴がいて、そいつに誰か紹介したいんだけど、だれか可愛い子いない?」

「あー。わかりました。声かけてみますね。」

オアシス先輩の頼みならなんでも聞きますわたしは従順ですから。の意気込みで、わたしはミッションに挑んだ。

「前に同じクラスだったK子がいいかも。」

背が小さくて色が白くて目がぱっちりしているK子に声をかけてみた。

そしてオアシス先輩の友達にK子を紹介した。

先輩の友達は、すっかりK子を気に入ったようだった。ミッションは成功である。

さらにK子も満更ではなさそうだったので、我々は4人でディズニーランドに行くことになったのであった。

憧れのオアシス先輩と一緒に行ったディズニーランドは、まさに夢の国のようであった。浮かれていたせいかこの時のこともあまりよく覚えていないが、とても楽しかったことだけは覚えている。

そしてK子とオアシス先輩の友達は一緒に行ったディズニーランドの後、お付き合いがスタートしたのであった。

オアシス先輩とわたしはというと、ディズニーランドが終わったら、中間テストの勉強を一緒にしようと約束していた。

ディズニーランドに行く前に、次の土曜日は一緒に勉強するという予定になっていたのだ。が、しかし

「ごめん。土曜日都合が悪くなった」

とメールが入ったのだ。

じゃあいつにする?と返信すると、

「忙しいから無理かも」

との返事。


おかしい。オアシス先輩の様子は明らかに素っ気なくなったのだった。

要は避けられ始めたのだが、乙女心としては信じたくないのが心情。

もう相手がこのようになってしまった時は潔く身をひくのがベストだということは経験上今ではわかる(たぶん)


半年から数年すれば、ヤレそうでヤレなかった ないし ヤラなかった相手というのはふとした瞬間に思い出され連絡をしてみるものだ(わたし調べ)

しかしわたしの知能は待てのできない犬みたいなもんなのでいっぱいメールを送り、「あの時のあなた、戻ってこい」と必死になっていた。

しかし、悲しいかな、わたしは無視をされるようになり、オアシス先輩から避けられるようになった。

気の弱いわたしはたいそう落ち込み、これ以上オアシス先輩に迷惑をかけてはいけないと決め、わたしもオアシス先輩を全力で無視をすることにしたのだった。

その結果我々は高校卒業するまで1度も話をすることはなかった。そして、会話もしないままそれぞれの道へと進んだのだった。

オアシス先輩との学園ラブロマンスの話は以上である。


数年後。

5年以上はたったであろうある日のことである。

成人をとうに超えたわたしは、高校時代の友人 ゆきちゃんと飲んでいた。

そして飲みながら話していると、高校時代の話になったのだった。

「さとみこんこんってさぁ、留年した先輩といい感じだったときがあったよね?」

ゆきちゃんが、オアシス先輩の話を始めたのであった。

「あった!あったのよ、好きだったのに付き合えなかったんだよね。」

「わたしなんで付き合えなかったかしってる。」

ゆきちゃんはニヤニヤしながら言った。

「!!?!!」

「なんで?!なんでゆきちゃんが知ってんの?」

「K子にきいた」

「K子情報!それは信憑性が高いわ!」

「え?なんでなんで?おしえて」

いいよ。

といってゆきちゃんは何故か低い声のトーンでゆっくり話しをはじめた。

「あのさ、ディズニーランド行ったんでしょ?4人で。」

「うん、行った!行った!」

「そのさ、ディズニーランドでさ、さとみこんこんがさ、


鳩を追いかける姿をみて引いたらしいよ。」


「......。」

「は?」

「だから引いたらしいよ。」

「鳩で?」

「うん、鳩。」

「フラれた原因は鳩?」

「そう、鳩。」

「鳩...そう、そうなんだ。」


どうやらミッキーにもミニーにも目もくれずわたしはディズニーランドで鳩を追いかけていたらしい。

覚えていないが今でも鳩がいれば追いかけるのでたぶん熱心に追いかけていたんだと思う。

「で、でもふふっ、わたしは、ディズニーランドで、鳩をふふっ必死に追いかけてるさとみこんこん、ふふふ、可愛いと思うよふふふ」

なぜか笑いをこらえながらゆきちゃんはわたしのことを慰めてくれた。

「ありがとう。わたしもそんな自分は良いと思う。」


高校生の淡い恋は鳩を追いかけた結果、夢の国で消滅したのであった。

鳩を追いかけたことだけが原因な訳じゃないとは思うが、トドメを刺したのはおそらく鳩。鳩は幸せの象徴だったはずだが、わたしは鳩のお陰で不幸になった。

でも。

むしろ嫌われた原因が鳩でよかったのかもしれない。原因は鳩。とわかったことで「けっ、小さい男」と思えたのも事実。やっぱり鳩は幸せの象徴かもしれない。他のことが原因だったらそうは思えなかったかもしれないからだ。

そしてわたしは考えを改めることもなく、今現在も鳩を見かけると走って追いかけている。たぶん一生そうだと思う。


ちなみに、オアシス先輩。

卒業して2年後くらいにメールをくれたのだった。遊ぼうと連絡をくれたのだったが、予定が合わなかったか何かで結局会うことはなかった。

上記のわたし調べのヤレソウでヤラナカッタ奴には連絡する説はあながち間違ってはいないと思う。

最近あの人ったら冷たいわ〜なんて

意中の人が素っ気なくなったと感じたら、是非潔く身を引いて半年ぐらい気長に待ってみてほしい。おすすめする。


ただなかなか有効な手段だと自分では思っているのだが、

本人は鳩でも前を通れば追いかけたくなる狩猟本能が高い点や、待てのできない犬みたいな知能であることから

そんなことができた試しはほとんどないのである。


勘違いした脳

10年間くらい足の小指の爪が生えてこない時期があった。
もうそういうもんなんだろうと思って特に気にしていなかった。足の爪にマニキュアを塗るときはない爪のところを一生懸命にぬって、果たしてこれでいいのだろうか、この塗り具合でいいのだろうかと、ない爪と格闘をしていた。
爪も生えないことも悩みだが、オープントゥのサンダルやパンプスを履くと、やけに足指が空いた隙間から飛び出るという悩みも持っていた。
足の指2本が空いた隙間から飛び出るのだ。飛び出た足の指は、塩抜きをした時のあさりみたいだった。すごい嫌だった。

2つの悩みの原因を自分なりに考えてみると、小指の爪が生えてこないのは先天的異常で、あさりみたいになるのは足指が長いためと結論付けたのである。

ある日、わたしはニューバランスショップを訪れた。
そしてこの日わたしの人生を変える出来事が起きたのであった。

ニューバランスでは店員さんが足の長さを測定し、自分の足にあっているスニーカーをアドバイスするサービスがある。
わたしはこのサービスを何気なく受けたのだった。

わたしは24.5センチの靴を普段履いていた。多分10年以上は24.5センチを履き続けていた。
そして測定の結果

わたしの足は26センチ。男並みの足のサイズということが判明した。
さらに、

「足が変形しかけてますね。足の指が曲がってますよね。豆もすごいですね。このまま小さい靴を履いているともっと変形しますよ?」

店員さんは真顔でわたしの足の現状と今後の予測を伝えてくれた。 
さらに、

「足幅が狭いですね(足囲というらしいです。)足が細い。合う靴が少ないですね。細いからサイズが小さい靴も入ったんでしょうね。」

そういうと、店員さんは離席し、靴を選んで持ってきてくれた。選んでくれたのはニューバランスの990。26センチの男並みにでかい靴が運ばれてきた。

(ほんとでかいな..本当にわたしの足ってこんなでかい?)

試しばきさせてもらったところ、なんとも心地がよくて驚いた。
足が包み込まれるような感じ。みんな靴を履いた時はこのような感触だったのだろうか?

「足が細いサイズってあまりないんですよね、あなたの足には靴紐とかストラップがついたもののがいいと思いますよ。」

オープントゥの靴を履くと指が出てきちゃうんです。」

「それは靴が緩くて足が前に前に動いてしまうからですね。」

なるほど、足の指があさりになる原因がよくわかった。足指が長いのではなく、足幅が狭いことが原因な訳か。

これを機にわたしは26センチないし25.5センチの靴を履くようになった。
スニーカーを見るときはメンズコーナーを見るようになった。時々悲しい気持ちになったりもするが、足のサイズが深田恭子と一緒。と思って自分を勇気づけている。

少しずつ26センチの靴が増えていき、今までお世話になった24.5センチの靴は全て処分をした。

するとである。

数ヶ月すると小指の爪が生えてきたのだ!

「あ!爪が生えてきた!!」

圧迫しすぎて爪が生えてこれなかったようだ。可愛そうな小指の爪。靴のサイズは重要である。

ちなみにオープントゥのあさりはどうなったかというと、オープントゥそのものを選ばなくなったので、靴のサイズが変わってからは試していない。

26センチの靴に履きなれた現在、24.5の靴を履くと足が痛くてとても履けない。
これは脳の錯覚も影響しているらしく、24.5を履き続けていると、脳もそれでいいのだと思い込んで、痛くても気にしなくなるようだ。人間の適応能力はすごいけど、時に恐ろしいものでもある。 


そして、わたしはあることに気づいたのだった。

「足のサイズも実際は1.5センチも大きかったわけなんだから、もしかしたらブラジャーのサイズも、2カップくらい大きいのかもしれない!」

何事も思い込みはよくない。わたしは学ぶ女。
早速伊勢丹新宿のランジェリー売り場に行ってサイズを測ってもらうことにした。
その結果、2カップ上のブラジャーを紹介されたのであった。

「だれだよ貧乳って言った奴は!脳が勘違いしていたじゃないか!」

とにかくわたしは貧乳じゃないということがわかった。伊勢丹新宿店のお墨付きである。

しかし現状は、どうみても貧乳である。

もしかしたらまだ脳が勘違いしているのかもしれない。

早く脳が目覚めてほしい。
そして、2サイズ下のブラジャーをつけた時に「きつっ...。こんなの付けれない。」というセリフを言いたいものである。



エロ店主の着物教室

自分で着物を着ることができたらカッコイイなぁと思い立って、着付け教室に1年くらい熱心に通っていた時期がある。


その教室は、昔スタイリストをしていた女性が立ち上げた着物屋の教室で、プライベートで来店中の萬田久子に遭遇するような洗練された着物屋である。

萬田久子が好んで着るような着物のお店。そう想像していただくと、あぁ、きっと一筋縄ではいかない店だなとぼんやり思っていただけるかと思う。


そして店主がまぁ美人なのである。茶髪と黒の混じった髪の毛を夜会巻きにし、黒縁のザマス眼鏡をかけている。

さらに、江戸時代の浮世絵の着物の着方を参考にしているらしく、着物の衣紋をめちゃめちゃ抜くのだ。調子のいい日だと3分の1くらい背中が見えている。


簡単にいうと、この着物屋の店主はエロイ。


萬田久子もお忍びでやってくる店主がエロイ店。

そんな癖のある着物屋に気の弱いわたしは着付けのレッスンでお世話になることとなった。


初日、ドキドキしながら店へとやってくると、エロイ店主が笑顔で向かえてくれた。相変わらず衣紋はばっくり抜かれ、うなじから背中3分の1が美しく覗く。


(セクシーだな。わたしも着物を着た時に、あれくらい背中を開けることになるのだろうか。)


わたしは、着物教室と並行してうなじと背中の脱毛に通うこととなった。


申し込み用紙に必要事項を書いていると、着付けの講師の先生が、わたしに挨拶に来てくれた。


「はじめまして。どうぞよろしくお願いします。」


記入を止めてふと顔を上げると、


「....壇.....蜜...」


壇蜜のように美しい女性がにこやかに佇んでいた。

黒い長い髪をきちっと束ね、背筋がピンと伸びて華奢な体型。着物の衣紋はほどほどに抜かれていた。

顔のパーツは全て小さめ、ちょっと切れ長な目元がまた寂しげで実に色っぽい。極め付けは京都弁。文句なしのナイスエロ。



エロ店主の店の講師は京都弁の壇蜜。客は萬田久子


なんだこの店は。大人のエロスで溢れているじゃないか。


同じ空間で同じ空気を吸っているだけで自分もエロくなれるのではないだろうか。そんな気がした。


頑張ろう。


わたしは何を頑張るのかよくわからないが、この店で頑張っていこうと心にきめた。


レッスンは完全プライベート制なので、この着物屋では、講師とマンツーマンレッスンで着付けが学べた。


「わたしはずっと京都で着付けの講師をしていたのだけど、3週間前に東京に出てきたの。だから東京の生徒さんはさとみこんこんさんが初めてなんです。がんばろうね。」

壇蜜先生はそう言ってニコッと笑った。


極力標準語で喋ろうとする壇蜜先生。しかしときどき、ぽろっと自然にでてくる京都弁にone more please.

壇蜜先生は本当に魅力的であった。


着物は愚か浴衣も一人で着れなかったわたしは壇蜜先生のご指導のもと、浴衣の着付けから習うことになった。


3ヶ月間バイトをしていただんご屋で、だんごの値段を最後まで覚えることができずに卒業したわたしは、もちろん着付けを覚えるのも一苦労だった。


「ゆっくりやっていきましょう。」


壇蜜先生は劣等生のわたしに優しく呼びかけた。


また壇蜜先生は、所作についてもご指導してくださった。


「さとみこんこんさん、浴衣を羽織る時はガバッと羽織るのではなく、まず右肩に羽織って左肩に羽織る。次に右腕を袖に通して左腕を袖に通す。このように1つ1つの動きを丁寧にした方が、美しいですよ。」


さらに右、左、と袖を通す際に膝を軽く曲げて体をくねくねとくねらせる。壇蜜先生がこうです。とお手本を見せてくれた。


実にセクシー且つエロかった。


人間はくねくねするとエロイんだということを学んだ。


「座った状態から立ち上がるときの動作も、よっこらしょと立ち上がってはだめです。右足から膝を立ててすっすっとたちあがりましょう。」


「着付の他に、所作も同時にお伝えしていきたいと思います。同じことをやるにも、少し動き方を変えるだけで美しく見えますよ。」


一生ついていきます!壇蜜先生!


わたしは3週間に1度のペースで壇蜜先生のお稽古に励んだ。


「さとみこんこんさんは、わたしの東京の最初の生徒さんだから思い入れがあるの。だから綺麗に着物を着れるようにしてあげたいの。」


4回目のレッスンの時に壇蜜先生がわたしに言った。


わたしはとても嬉しかった。わたしも壇蜜先生のように可憐に着物を着て、はんなりした大人な女性になるんだと意気込んでいたので、

がってん!と壇蜜先生の美しいお顔をみて頷いた。

4回目のレッスンでも、相変わらず着物はおろか浴衣も着ることができなかったのだが、壇蜜先生一生ついていきます!の気持ちはより一層強くなったのであった。


そして5回目のレッスンのある日。


約束の時間にエロ店主の着物屋に向かうと、


エロ店主が笑顔で迎えてくれた。


しかし、笑顔のエロ店主からまさかの事実が告げられたのであった。


「さとみこんこんさん。実は、担当の講師なんですけど...都合によりお辞めになられました。」



「?!!?!!?」



え?5回目で辞職?!



え?こないだ言ったあの言葉、思い入れのある生徒だからというあのセリフ....



言ったばかりじゃんか!壇蜜先生!!



「え....!そうですか.....。」



肩を落としてわたしは落ち込んだ。



「急でごめんなさいね。それで、今日からは新しい講師にお願いしてるから。

もともとわたしの知り合いで、とっても教えるのが上手なの。それで、今どの程度までレッスン進んでる?」



「浴衣を習っている途中でした。」



「え?まだ浴衣やってんの?え?今日何回目?5回目でまだ浴衣やってるの?....はぁ....。」


「すみません。わたし物覚えが悪くて。」


「そうじゃないの。お金いただいてるんだからそんなダラダラやらないほうがいいと思うわ。カリキュラムをちゃんと作ってやらなきゃ。浴衣なんて精々2回くらいで終わらせなきゃ。しかもなんでこの季節(当時冬)浴衣の着付けやってるのかしら。」


エロ店主は呆れたという顔でわたしに愚痴っていた。


「今回お願いしている先生は、とにかく自分で着て覚えなさいという先生なの。わたしも同じ考えよ。早く自分で着てお出かけしなきゃ。だからこの季節に浴衣の指導ってのは...。こちらの先生のほうが上達が早いと思うわ。」


「こんにちはー!」


店主がわたしに愚痴っていると、新しい先生がやってきた。



「今日からよろしくお願いしまーす。」


今回の先生は全くエロスを感じなかった。衣紋も拳一個分しか抜きません。そのかわり靴下の重ねばきで体の毒素を抜いてます。というような雰囲気の先生で、実際に靴下を何枚も重ねて履いていた。わかりやすく言うと服部みれい系である。


「ねぇ。みれい先生。浴衣の着付けをやってたみたいなの。どうする?」


エロ店主が困った顔でみれい先生に小声で話しをした。


「あーー浴衣。でも途中で終わらしちゃもったいないですしね。じゃあ今日で浴衣終わらせましょう。じゃ、早速こっち来て。」


みれい先生はわたしのことをテキパキ誘導して、ちゃっちゃとお稽古を始めた。


「ここはそうして、ちょっと!違う!もう一回。」


「次は...そう。そう。それで?....だからこうでしょ!」


「なんでそっちなの、ここ、ここ、これをこうでしょ!」




「はぁーーーーーー!!!」(みれい先生のめちゃめちゃでかいため息)


みれい先生は初っ端から、はんなりとした壇蜜先生と違って強めな姿勢でご指導くださった。



「ゆっくりやりましょう!」


壇蜜先生の笑顔が懐かしい。



みれい先生のスパルタ指導真っ最中でも思い出すのは壇蜜先生だった。



「わたしの思い入れのある生徒さんだから綺麗に着れるようにしてあげたい!」


(だ、壇蜜先生....。)



「美しく見える所作も一緒に教えますからね。」



(だ、壇蜜先生....!)



気づくとわたしは、着付けをしながら泣いていた。


(うぅぅ。。なぜ...壇蜜先生。)



涙が溢れていた。ガチで泣き始めた。



「え!どうしたの!あ、あたしのせい?」


みれい先生は困惑していた。


どうしたの!のみれい先生の声でエロ店主も着付けの部屋に慌てて顔を出した。



「だ!大丈夫?」


「す、すみません....。」



泣きながらわたしは謝った。



アラサーの突然の号泣に2人がドン引きしているのがわかった。



するとエロ店主は、部屋からすっといなくなった。


「ちょっと座ろう。ごめんね。わたしが急いでやりすぎた。」


「違うんです。いろんな感情がちょっと込み上げてしまいまして...お恥ずかしい。」



みれい先生と話をしていると、エロ店主が戻ってきてコップに入ったオレンジジュースをわたしに手渡してくれた。



「ごめんね。急に講師が変更になっちゃったからね....」

エロ店主が言った。


「わたしが厳しく指導しすぎました。」

みれい先生は落ち込んでいるようだった。


「みれい先生は何にも悪くありません〜」

わたしは泣きながらオレンジジュースを飲んでいた。


オレンジジュースを飲み干す頃には気持ちが落ち着き、またみれい先生のご指導が再開された。

わたしが号泣したあとのみれい先生は、相変わらずテンポの速い指導だったが、口調が優しくなった。


みれい先生は宣言通り浴衣の指導をその日に終わらせた。

そして次回からは、着物の着付けの稽古となった。


着物を持っていなかったわたしに、みれい先生は着物を一式貸してくれた。


「返すのはいつでもいいよ。たくさん着て使って。お稽古のあとは着たまま帰ってもらうから。」


みれい先生はとにかく着物を着て、たくさん出かけろとわたしに指導した。


ぐちゃぐちゃでもいい。とにかく着物を着て、電車に乗ったりごはんを食べたり、日常を過ごして、そこからいろんな気づきを感じることが大切だと教えてくれた。そして着物を着て楽しむことが1番大事だと言っていた。


「完璧にやらなくてもいい。まずだいたいの形を作ってから、そこから余計なこと、無駄なことを削ぎ落として理想の形をつくってけばいいと思っている。」


わたしが、ここのシワを取りたい。ここもう少し綺麗にやりたいと言っても、


「今日はまだそこはいい。そこは気にしなくていいから次進みましょう。」


と言われ、少々不満を感じることもあったけど、今思うとそこは二の次三の次の問題で、その時、時間を割いて指導してもらうことではなかったということがわかる。


ちゃんと指導できる人は、全体を見据えて今その人に何が必要かをきちんと導いてくれる人なんだと思う。


壇蜜先生が教えてくれたことで、わたしのやる気がアップしたのも事実だけれど、みれい先生の指導は、わたしが早くひとり立ちして着物を一人で着て出かけられるようサポートしてくれた。


どっちの指導も間違ってはいないと思うけど、目的を達成させるためにわたしにあっていたのは、みれい先生のきびきびした指導だったのかもしれない。そしてわたしが上達するよう、自分の貴重な着物を惜しげなく無期限で貸してくれるみれい先生の方が、言葉だけ優しかった壇蜜先生よりも遥かに優しい。と今は思う。


時間はかかったが、少しずつ着物のアイテムを揃えてみれい先生に着物をお返しすることができた。


ちなみに、萬田久子御用達のエロ店主のお店でしっとりした着物を仕立てたのだ。


「衣紋をわたしくらい抜きたかったら、ここの部分のサイズを変更するけど、どうする?」


「....店主の半分くらいの抜き加減でお願いします。」


人よりちょっと衣紋が抜けるよう、仕立ててもらったのだった。


みれい先生と、ちょっと人より衣紋が抜ける素敵な着物のお陰でわたしは事あるごとに着物を着て出かけていた。フィリピンまで持って行って着るほど着物に熱意を持っていたのだが、去年くらいからブームが過ぎ去り、今年はまだエロ店主の店の着物を1度も着ていない。

誕生日の日にでも着て出かけようと思う。


また、着物はすっかり着なくなってしまったけれど、壇蜜先生の教え

「羽織るときは1つの動きを丁寧に。」

は、未だに守っており上着やパジャマを羽織るときに実行している。

そして壇蜜先生を思い出し、上着を羽織るときに無駄にクネクネ動いてセクシーに見えるよう心がけているのである。





だんご屋のバイト

高校3年生の頃、だんご屋でバイトをしていた。

このだんご屋は60歳くらいの茶髪の店長と、60歳をすぎているであろう、キビキビしたパートのおばさんと、どんくさい女子高生バイトのわたしで運営されていた。


夕方の5時から7時というたった2時間だけわたしはだんご屋で働いていた。

だんご屋は6時閉店だったので、学校が終わってだんご屋に着く頃には、だんご屋は閉店の準備をする時間であった。

わたしの仕事は、閉店の片付けの手伝いと、6時までにくるお客さんの接客だったのだが、わたしはだんごの値段を全く覚えることができなかった。


いらっしゃいませー!と元気よくだんごを売り、お会計の時には急に挙動不審になり始めるので、キビキビしたパートのおばさんが怖い顔をしてわたしをレジの奥に引っ込めてお会計から交代してくれていた。


お会計ができないなら店頭に立つべきではないのかもしれないが、ミーハーなわたしは花より団子のつくしちゃんのように笑顔で店頭に立ちたかったので、隙があれば店に立ちニコニコしていた。そして会計の度にキビキビしたパートのおばさんに首根っこを掴まれて奥に引っ込められるのであった。


だんごの値段を覚えるのも苦手だったが、もっと苦手だったのはだんごを製造する機械の片付けである。これは1番やりたくない仕事であった。

だんごの機械がシンクにつけてあればありがたいのだが、忙しかったりするとだんごをこねる機械がそのままになっている。

これをある程度解体して、シンクで洗い、また組み立て元に戻すという仕事がそれはそれは大変であった。

だんごをこねる機械は結構な大きさがあり、解体するときはナットレンチを使ってネジを外していた。


このナットレンチもまぁ大きくそして重い。

重い重いと言ってナットレンチを持ち上げナットを外していった。


ナットを外す。



外す。


ナットを外す。



外す。


外す。


外す。


外す。


外す。



「おいっっ!!!あんたどこまで外すんだよ!!!」



茶髪の店長が怖い顔をしてわたしからナットレンチを取り上げた。


「こんな外してどーすんだよ!だんごの機械どーすんだ?壊すつもりか?」



「ごめんなさい。。。」



複雑な機械、一体どこまでをはずしていいのやらさっぱりわからなかった。


それ以降、なるべくキビキビしたおばさんが怖い顔をして5時までの時間にだんごの機械を外し、水につけてくれていた。


またこのだんごの機械。組み立ても厄介なのである。

何がどうなっているのかさっぱりであった。


「おいっ!あんたいつまでネジ回してるんだよ!ネジも回せないのかよ!!」


「こんなどんくさい子初めてだわ。」


「あんた!就職しないほうがいいわ。あんたはさっさと嫁にでもいって、誰かの帰りをニコニコ待ってたほうが向いているわ!」



茶髪の店長の口調はきつく、時には悲しい気持ちになった日もあったが、

この時は、わたし自身も就職は向いてないと思っていたし、わたしもさっさと嫁にいって誰かの帰りをニコニコ待ちたいわ〜と心から思っていたので


「正論!」と思ってニコニコ立っていた。


口調のきつい茶髪の店長だったが、茶髪の店長がきつい口調でネジの回し方を教えてくれおかげで、機械の組み立ては覚えることができ、1人でできるようになった。



相変わらずだんごの値段は覚えられなかったけど、なんとなく仕事もスムーズにいくようになった、だんご屋バイト3ヶ月目。

わたしは受験勉強に専念をするということで、だんご屋を辞めることになったのだった。

それなりに楽しかったし、廃棄のだんごを大量に持ち帰っていたので、辞めるのが忍びなかっただんご屋のバイト。


最終日。だんご屋最後の労働を噛み締めていると、茶髪の店長がわたしを呼び止めこう言った。


「きみさ、本当にどんくさくて、この子社会にでて働けないわって思ってたんだけどさ、なんか一生懸命働いてるし、たぶんね、その姿をみてしょうがねぇなって面倒みてくれる人がいると思う。だから頑張んだぞ」


普段怒鳴ってばかりだった茶髪の店長だが、今日の口調は優しかった。


「ありがとうございます!頑張ります!」


わたしは茶髪の店長に元気よく言った。


まだ社会の荒波に揉まれる前の高校3年生であったが、この時の店長の言葉はわたしの胸に響き、とにかくなんでも頑張ってやろうと誓ったのである。そうじゃないと、わたしは社会にでたら即解雇・即クビ。頑張るはわたし最大の防衛。

この時の店長の言葉をそう解釈した。


そしてさらに店長は、


「あと、あんたさ...榎本加奈子に似てるよ。」



「え?」


急に店長に言われた榎本加奈子


そして


「わたしもそう思ってた。」


と、普段は怖い顔のキビキビしたおばさんがこの時は笑顔でそう言い、わたしに近づいてきたのだった。



「店長....おばさん....。」


わたし、榎本加奈子に似てるのか。この言葉も先程の店長の言葉と同様、胸に響いたのであった。


その後だんご屋のバイトを辞めたわたしは、歯科衛生士学校の進学が決まり、無事歯科衛生士となり、東京までの定期が欲しいという理由で東京の歯科医院に勤務することが決定した。


そして今ではユニット(歯医者の椅子)の調子が悪くなればドライバーをくるくる回してせっせと直すことができるほど、わたしは頼もしくなったのだ。これもあの時ネジの回し方を教えてくれた店長のおかげだと思っている。



就職先が決まってたから、だんご屋に一度挨拶にいったことがある。

その時は店長もおばさんもとても喜んでくれた。


もうそれから10年は、そのだんご屋に行っていない。


茶髪の店長は元気だろうか。


口調はきついが、思いやりのあった店長。


わたしは知っている。おばさんが長時間労働にならないよう、架空の人物を雇っておばさんの払う税金を少なくしてあげていたことを、わたしは知っている。




そして、もう1つ気にかかっていることがある。それは、






榎本加奈子は元気か?ということである。




おっさんの話

危機管理能力が欠如しているのか、わたしはまぁまぁ変な人に遭遇しやすい。

最近の話だと
「ナンパとかじゃないんで話を聞いてもらえますか。」
と仕事の帰り道におじさんに声をかけられた話がある。
なんだなんだと話を聞いてみると、
「僕は人体のパーツをごにょごにょ.....」
と声がデクレッシェンドしてしまったので、何を言ってるのかちゃんと聞き取れなかった。
おそらく人体のパーツをどうにかしている人物ということはわかった。小さい声でブツブツとまだ説明をしていたが、よく聞こえない。若干の好奇心からもう1度最初から言ってくれ!とダ・カーポを期待したが、
よく見るとおじさんの目が死んでいたので「ごめんなさい。用事があるので。」と言い、わたしはアッチェレランドな足取りでその場を去った。


話は変わって。
これは高校生の時の話だが、おのぼりさん状態でラフォーレ原宿に1人で行った際「ちょっとお話いいですか?」とラフォーレ内でおじさんに声をかけられた。雑誌の占いページを担当しているというおじさんであった。

「キスマーク占いという占いページがありまして、星座の横にその星座の女性のキスマークを乗せているんです。あなたの唇の形のサンプルを取らせてくれませんか?5000円あげます!この台紙にチュッとしてもらえばいいので。」

5000円もくれるの!?マクドナルドで7時間労働してやっと5000円くらいなのに、チュッの1秒で5000円もくれるの!?労働って何なんだろう!!
高校生のわたしの心は揺らいだ。

「結構多くの女性にご協力いただいてるんですよ。これはご協力いただいた方のキスマークです。」

台紙には、赤のキスマーク、ピンクのキスマーク、小さい唇から大きい唇まで様々なバリエーションのキスマークが付けられていた。
(みんなやってるんだ。それなら大丈夫だろう。)

「わたし、やります!」

高校生のわたしはラフォーレ原宿で元気よく返事をした。
まんまと引っかかったバンドワゴン効果。地方の女子高生はちょろかった。
「じゃあこっちに来てください。」とおじさんはわたしを人影のない方へと誘導した。

しかし人影の無いところで「実はもう一つやることがあって、キスマーク占いは、キスマークの横にこの唇の人のキスがどんなだったかを僕が感想を書いているんです。つまり....」と薄ら笑いをしてきたため

「わたし、辞めます!」

と、得意のアッチェレランドな足取りでラフォーレ内を逃走。
東京はおっかないと目に涙を浮かべながらも、電車賃払ってここまできたんだという意地で地方の女子高生はラフォーレ原宿に残留。買い物を続行した。幸いその変態に2度と会うことはなかった。

そして3人目は、もう一度会いたいと思わせる変なおじいさんの話である。

おのぼりさんからおマセさんに成長した19歳のわたしは銀座の中央通りを1人で歩いていた。
たぶんみゆき通り手前くらいだったと思う。
そこで初老に話しかけられたのだった。

「きみ、ちょっと。」

基本的にはお年寄りには優しい私ですから、何ですか?と足を止めた。

「ここは人の邪魔になるから端によって。」

中央通りの端の方へと誘導され、おじいさんはそのまま話をした。

「僕ね、基本的にはいつも車で移動してるんだ。運転手がいてね、いつもあっちだこっちだ連れまわされるから疲れちゃって。だから車から降りてちょっとゆっくり歩きたかったんだ。あとね、君みたいな普通の女の子と話がしてみたくてね。普通の女の子がいいんだ。」

「はぁ。」

「10分僕とおしゃべりしてくれたら、100万円あげる。」

「はぁ。」

「嘘だと思ってるよね。まぁね、そうだよね、じゃあね...見せてあげるから。」

といって、初老は財布から分厚い札束を取り出して、銀座の中央通りでわたしに札束を見せつけてきたのだった。

「!!!?!!」

わたしは初めて見る札の束に驚いた。

「わ、わかりました!わかりましたから早くしまってください!しまって!しまって!」

「はっはっはっ。」

初老は上機嫌だった。

「でもわたし...そんな大金いただけません。だから...いいです。」

19歳のわたしはピュアだった。今だったら「わ!太っ腹!OK、前払いでお願いします!」とノリノリで言うだろうが、19歳のわたしは違う、今は亡きピュアな心の持ち主なのだ。

初老もピュアなわたしを気に入ったのか、
「大丈夫、心配いらない。あげるって言われたものはありがたくもらわなきゃ。いい子だね君は。さっきのお嬢さんたちなんか、10分間話をしてくれたらバックを買ってあげる。っていったら喜んでおしゃべりしてくれたよ。2人いたから2人にバック代を渡して、ブランド物のバックを買っていたよ。君だけにしているわけじゃない。」

またでてきましたよ、バンドワゴン効果
しかしこれにより19歳の心はちょっと揺らいだのです。

「僕ね普段は森ビルの会社の偉い人なの。ほらね、名刺みて。」

「だから君みたいな普通の女の子と喋る機会なんてないの。わかるでしょ?」

この初老の言ってることは嘘なのか本当なのか。よくわからなかったが初老は淡々と話を続けた。

初老とお喋り10分100万円の話だったか、商談成立もしていないのに20分は初老の話を聞いていた。もういいからさっさと金をくれ。とも思わなかったのがピュアな19歳のわたし。

とにかく初老の話を聞いて、タイミングを見計らって立ち去ろうとしていた。

「おじいさん。やっぱりわたしは100万円は受け取れません。ごめんなさい。」

「何を言っている!あげるって言われたら素直に受け取ればいいんだ!」

「受け取れません!」  

「遠慮しないで!」

「受け取れません!」

「うーん。金額が少ないのかな、わかった。300万だしてやろう!!」

「さ、300万円も受け取れません!100万円でいいです!」

こうして交渉は成立した。
受け取れないと言いつつも、あの時みた札束が忘れられない。札束から逃れることはできなかったピュアな19歳。

「ここは人目も気になる、お金のやりとりもあるし、もっとビルの奥で話をしよう。」

初老に連れられ、ビルの奥の方へと入り込んだ。

100万円...何に使おう。
10分100万円。1秒5000円からの大出世だ!

ところが
「10分おしゃべりして100万円って言ったけど...キスもしてくれないとあげない。」

と初老がほざきだしたのだ。

しかし、ありがたいことにわたしには1秒5000円の仕事で免疫がついていた。
今回は動揺することなく、きっぱりと、

「お話はいいけど、キスはイヤです。」

とじーさんに伝えた。

すると初老は、

「じゃ。いいや、君じゃなくてもいいから。ばいばい。」

といって解放されたのであった。

この時は、得意のアッチェレランドな足取りが登場することもなく、
わたしはトボトボ銀座の街を歩いた。
ピュアな19歳の頭の中は札束でいっぱいになっていたのだ。
これで良かったのだろうか。我慢すればあの札束はわたしのものになったのではないだろうか。
30歳になった今でも、あのときの100万円が忘れられない。
10分100万円、10分100万円、10分100万円

わたしは株に手を出し始めた。
おのぼりさんから、おマセさん、おっさんへとわたしは進化している。




ロマンスは突然に

今年の桜は綺麗だった。穏やかな天候が続き、桜の開花から雨の日が一度もなかった東京の桜はとても綺麗だった。

3月最後の日曜日、わたしは一人で散歩に出かけた。
歩けば少し汗ばむくらいの快晴。心地よいそよ風が吹いて、お花見にぴったりな陽気だった。

ふらふら街を歩いては、気になるものを写真に収めてみたり、初めてみる野良猫に声をかけてみたり、知ってるようで知らない道を歩いていく。

この街に越してきて4年目。4回目の春を迎える。

4年過ごしていてもこの街の知らない道や場所があるもので、家から20分程歩いた所に寂しげな公園を発見した。


立派な桜の木が一本、公園の彼方此方に点在する丸椅子、少し狭い砂場、カエルの遊具はペンキが剥げて溶けたカエルみたいだった。

その公園にはわたし以外、誰もいなかった。

ここに来る前に通った公園は、多くの人が花見を楽しんでいた。シートを敷いてお年寄りが談笑していたり、若者達が笑顔でお酒を飲んでいたり、子供が紙飛行機を飛ばしたり...
その光景を見て、平和だなぁと染み染み感じた。

一方こちらの公園は同じように綺麗な桜の木があるのに、人も集まらず寂しげなのは何故だろう。
不気味な表情の溶けたカエルのせいだろうか。

せっかく見つけた公園だし、ちょっと休憩していこうかな。

彼方此方に点在する丸椅子から1つ選んで腰を掛けた。
青空に満開の桜のピンクが生えて美しい。
心地よいそよ風に紛れて、時々強い風がビューと音を立てて吹いた。

貸切の公園でお花見なんて贅沢だな。いい休日。
読書でもしようかな。
誰もいない桜の咲く公園での読書。趣き深いではないか。

わたしは使いすぎてクタクタになったトートバッグから  腐女子のつづ井さん3  を取り出した。

誰もいない公園で読むつづ井さんは良い。
表紙にカバーがついていなくても、堂々と読めるから。

彼氏がいないのに、彼氏がいると想定して彼(架空)と過ごしたクリスマスを演出、さらにその時に彼(架空)からもらったクリスマスプレゼントを持ってきてみんなで交換する。
というクリスマス会の話に没頭した。

「クリスマスの日の服装は、清楚さを意識したアイボリーのワンピース。と見せかけて背中のフックは首元で留めるタイプ、ファスナーは随分下まで下がります。つまりこれは誰かに脱がせてもらうための服です。」

なるほど....彼のため(架空)に徹底した服装選び。流石Mちゃん。(Mちゃんはつづ井さんの友人。)
同じ姿勢で真剣に読み進めるわたしに太陽の日差しがジリジリと照りつけた。

「熱っ!」

と顔を上げたその時、

彼はいたのだ。


8メートルほど先の丸椅子に腰を掛けた男性。
お洒落な自転車と相性の良い素敵な服装をしている彼は、お洒落な自転車を丸椅子の横に止め、携帯をじっと見ていた。


貸切の公園に突如現れた彼。


わたしは目線の高さに固定していた 腐女子のつづ井さん3 をばっ!と膝の上に乗せ表紙が見えないようにした。



....いい男じゃないの!



公園にはわたしと彼の2人きり。春のロマンスは突然訪れた。


(いつからいたのだろう。全然気づかなかった。こんなことがあるならつづ井さんじゃなくて村上春樹とか読んでいたかった...)


2人きりの公園は妙に静かで、聞こえてくるのは時々ビューと吹く強い風の音。

(ちょっとでもこの情景に合うよう雰囲気だけでも美人を装おう。)

わたしはそこそこ長い自分の髪を、できるだけ左に寄せた。
これで「5秒でできる、即席中村アンのかき上げセクシースタイル」の完成だ。

表紙と顔は絶対に上げてはいけない。常に下向きを心がける。

足はどうする?組むか揃えるか?中村アンなら組むだろう。でも組んでる女は偉そうに見えるからNG!と雑誌に書いてあったぞ。え?どっち?

とりあえず、足首の位置で足をクロスさせてみた。

即興で作ったわたしの演出は、

「控えめな中村アン、桜の咲く公園で村上春樹を熟読。」

である。

とにかく知的を演出させるために一切本(腐女子のつづ井さん3)から目を離さない。
いい男は見るな!自分に言い聞かせる。

(中村アンならこのシチュエーションでターザンの服を着ていただろう。いやここは清楚系の後ろにファスナーのついたワンピースがよかっただろうか。ノースフェイスのジャンパーだもんなぁ...まるでエロがない。)

(ていうか全然話が頭に入ってこないぞ!)

腐女子のクリスマス会を数分前まで熟読していた集中力は、いい男に全部持っていかれてしまった。いい男は世界を救う。

あ、また余計なことを。
とにかく任務を全うしようと、目だけでもいいから本を読み進め、村上春樹を読んでいるように詐った。


するとである。


ざっ、ざっ、ざっ、


強い風の音しか聞こえない静かな公園に砂利の上を歩く音が聞こえる。

ん?足音?

でもわたしは村上春樹を熟読中。わたしは村上春樹を熟読中。顔を上げたら負けだ!

ざっ、ざっ、ざっ


近寄る足音。


まさか....いい男が...


(待って!近寄らないで!つづ井さんが....見えちゃう!)


控えめな中村アンの演出を打ち切り、わたしは顔を上げた。すると、


「!!!?!!」


両手を上げてiPadで桜を撮影するおばさんが立っていた。


(い、いつのまに!!!)

それからおばさんは、わたしの周りをぐるっと一周するように、桜の花、公園の様子、わたしの背後に咲いている白い花を撮影していた。

(パーソナルスペースを超えている!!!)


ヘアースタイルだけは中村アンなわたしが不安そうな表情でいると

いい男がむくっと立ち上がり、お洒落な自転車にまたがって、そして去っていった。


「!!!?!!」


あの人は、公園に一体何をしにきたんだろうか。

(も、弄ばれた!!!)


悲壮感漂う中村アン。その横を

ざっ、ざっ、ざっ

と砂利を踏む音をたて、おばさんも公園を去っていった。


(え?いっちゃうの?)


いってしまった。2人ともいなくなってしまった。


そうしてわたしはまた1人になった。

また1人になってしまったわたしであったが、何か右手に感触を感じた。



右手をあげた。


!!


アリがのぼっていた。


(アリ!!)


アリを見たのはひさしぶりだった。

一瞬久しぶり!な気分になったが、されどアリ。

わたしは右手をブンブンしてアリを振り払った。


「!!!?!!」

噛まれた


(アリ!!!!!)


ロマンスは突然に。
そして桜が散るよりも早くわたしのロマンスは散ったのだった。


私今年の夏はターザンの服を買おうと思います。

おおきちナイトニッポンナイトに行かないであらいはまナイトに行った話


「!!!?!!」


わたしはしょっちゅう、驚く女である。
今回驚いている訳は、

「おおきちナイトニッポンナイトやります!3月16日です!」


この告知をツイッターで見たためであった。

「おおきち.......ナイト....!」

ハイエナズクラブ、オモコロ、ジモコロ、ヌートンなど幅広く活躍される
おおきちさんの単独イベントが3月16日に開催された。

正直わたしはおおきちさんのことをよく知らない。

「でもハイエナズクラブの先輩だし...。」

念願のハイエナズクラブの採用が決まっていたわたしは悩んだ。

「先輩の単独イベントには行かないといけないよなぁ。。」

誰にでも従順が売りのわたし、もちろん先輩のおおきちさんにも従順でないといけないと思っている。

しかし、

「この日あらいはまさんと会う約束なんだな...」

わたしが所属する情報サイト、『素人の研究社』の優秀ライター
あらいはまさん と名古屋で会う約束をしていた。その翌日は友人に会う約束もあり、楽しい旅になるよう既に段取りが済んでいたのであった。

「おおきちさん、なんで16日にしたんだろう...。」

悩むところではあったが、この日は名古屋から熱いエールを送るということで、おおきちナイトニッポンナイトへの参加は諦めた。


数日後。


「!!?!!!!」


わたしはまた驚いていたのであった。その訳は、

「おおきちナイトニッポンナイトがあるので緊急帰国します。」

素人の研究社社長でもあり、ハイエナズクラブの会長でもあるzukkini氏のツイートを見たからであった。


これは...まずい。

社長までアメリカから緊急来日するっていうのに、いいのだろうか。わたしはいかなくていいのだろうかおおきちナイトニッポンナイトへ!?


連日の驚きからか吐き気までしてきたわたしは、とりあえず確認のため社長にメールをしてみることにした。

「社長。アメリカから一時帰国されるのは事実ですか?」


「嘘です。」

この返答によりあらいはまナイトの続行は決まった。

「よかった!この日あらいはまさんに会う約束をしてるんです。社長が来日したら名古屋行きをどうしたらいいんだと慌ててました。」

「え?あらいはま君に会うの?」

「そうです。」

「いいなぁ!あらいはま君には、挨拶したいなぁ!!」

「(社長....わたしは?)そうですか!ではもしご都合が合えばインターネットを介してあらいはまナイトへご参加ください。」

わかりましたと社長からの返信を受け取り、詳しいことはまた後日ということで話は終了した。
 

つまり、

〜あらいはまナイト2018 スペシャルゲスト zukkini〜     (主催さとみこんこん)

が開催されることになったのであった。

うーんワンダフル....!

いーじゃんいーじゃん、豪華じゃん!
あははこのイベント金とれんじゃないか?!?!

うーん緊張してきたぞ!

3月16日が待ち遠しかった。

ここで突然ではありますが、わたしとあらいはまさんの関係を簡単に説明します。

我々は、情報サイト『素人の研究社』の「同期」である。
ドタバタ暴れるように自薦で入社したわたしとは異なり、
あらいはまさんは社長のスカウトによりスマートに入社をしていた。

わたしは自薦コンプレックスがあり、スカウトの人が羨ましくてしょうがなかった。
社長の御眼鏡にかなって入社なんてかっこいいではないか。だからスカウトのあらいはまさんのことを

「犬のチーズケーキの奴に、絶対負けない。」

と言ってライバル視していたのであった。

入社時のわたしは尖っていたため、あらいはまさんのことを影で犬のチーズケーキと呼んでいた。あらいはまさんのツイッターのアイコンが犬がチーズケーキを頭に乗せて喜んでいるように見えたから、犬のチーズケーキだ。(本当はドクロがカステラを考えている絵だそうです。)


そしてデビュー作が発表されるのもほぼ同時で、たしか若干彼の作品の方が提出が早かったため、先に彼の記事がアップされた。
彼のデビュー作は建設工事現場の角のパネルの調査であった。その名も角ディスプレイ!

「すごい、角ディスプレイ.....」
「やるじゃん、犬のチーズケーキ...」

ちなみにわたしは自転車に設置された雑巾のことを調べて発表した。

デビュー作から実力の差は浮き彫りになっていたが、
それでも無知で考えが青かったわたしは1作読んでも自分はまだ戦うんだ!と意気込んでいたのであった。2作目をどうしようかと手こずっていた時、彼の2作目がアップされるという情報がグループチャットに入った。

「コンビニのコピー機の間違い探し?」
「え?あとどこ間違ってんだ?」

わたしはコピー機の間違い探しの調査記事に夢中になっていた。

「犬のチーズケーキ。文章も面白いけど、まず視点が違う...負けるもんか。」

大変馬鹿野郎なわたしはまだ同じ土俵にも立てていないことにも気づかず、けれど気合いだけは十分であった。

しかし彼の3作目の路上の補修面の記事で、最後に落書きコーナーを載せたことに愕然し、やっぱりスカウトの奴はすげぇとようやっと実力の差を受け止めることができたのであった。

それからというもの、わたしはあらいはまさんを「心の同期」だと思っている。有能な奴とは友達でいたい。わたしのマインドはジャイアンスネ夫、それでいいのだ。

そして「心の同期」には一度ご挨拶を。と思いあらいはまさんにコンタクトをとって、あらいはまナイト開催へと繋がった次第である。

あらいはまナイト開催前日。

明日はあらいはまナイトだ。彼はどんな人だろう。
同じ研究社ではあるが、社の人たちの顔を全員しらない。
もちろん心の同期あらいはまさんの顔も知らなかった。
文章から想像すると髪はロン毛で、痩せてて、絶対偏食。

心の同期は亀川千代

わたしがぼんやり亀川千代を想像していると、あらいはまさんが

「待ち合わせですぐわかるよう、どういう風貌かを先に伝えておきますね。僕は3ミリくらいの坊主に眼鏡をかけて全身黒の服装です。」

と連絡をくれた。  

3ミリ坊主?亀川千代じゃない。
眼鏡の坊主で全身黒って...ウシジマくんじゃないの!
少々戸惑いながら、了解しました。わたしは茶髪のロン毛です。と返信をした。

「待ち合わせの15分くらい前は職場のパソコンでDMのやりとりができるんですけど、
ガラケーなんで直前の待ち合わせはショートメールか通話になると思うんでよろしくお願いします。」


眼鏡のボーズで全身黒、さらにガラケーってますますウシジマくんに寄ってきたではないか...

どうしよう。
あらいはまナイトのエンディングは「さとみこんこん、栄の風俗に沈められる」とかそんなオチがまっていたら.....

「了解しました!ところであらいはまさん、うさぎ飼ってます?」

わたしは彼がウシジマくんでないことを祈った。


当日。
名古屋に到着したわたしは、ホテルに荷物を置いてから、全く土地勘のない名古屋駅をうろうろしていた。
するとJRゲートタワーというはっきり名前の書いてある建物があったので、その建物に隣接するコスメキッチン前で待つことにした。
わたしはDMでJRゲートタワーのコスメキッチン前で待っていることを送信し、あらいはまさんからはオーケーの返信が届いた。

コスメキッチンで物色をし、5分前にはすぐにわかってもらえるよう表の出口の前に立って待っていた。

(店の前に立ってる人はわたしだけだから、ここに立っていればあらいはまさん、すぐわかるよね。)

わたしは落ち着きなくキョロキョロあたりを見回し、ウシジマくんっぽい人を探した。

そして約束の6時を少し過ぎた頃、全身黒のボーズを発見した。
全身黒でボーズのウシジマスタイルはJRゲートタワーの地図を真剣に眺めていた。

(あれ?あの人かな。)

わたしが立っているところから5メートル先くらいにウシジマスタイルの男が立っていたが、地図から目を離すと彼は上りのエスカレーターに乗って、見えなくなった。

(あ、違う人か。)


数分後。

ウシジマスタイルの人がコスメキッチンから出てきて、店の出口を左に曲がってどこかに消えた。


(あれ?あの人さっき地図見てた人だよね。え?あれじゃないの?なんで店まで来てくれてるのに会えないのだろう...)

次目の前を通過した時には絶対声をかけよう。あれは...あらいはまさんだ。

コスメキッチンの店の前で待ち構えていると、また先ほどのウシジマスタイルの男が早歩きでわたしの前を素通りしていった。そしてピタッと立ち止まりガラケーをだして電話をかけ始めたのだった。

わたしはすでに見つけていたが、一応電話に出て、もしもしといいながらウシジマスタイルの男に近づいた。

「あ!はじめまして。」

お互い、やっとあえたー!の雰囲気だったが、わたしがあらいはまさんを随分前から見つめていたことは黙っておくことにした。

「すみません、こっちの方来なくて、場所がよくわかりませんでした。」

そう言ってあらいはまさんは、穏やかに笑った。

(よかった。あらいはまさん優しそうな人で。たぶん栄の風俗に沈めるようなことはしないだろう。)
あらいはまさんの穏やかな笑顔にわたしは安堵した。

「いえこちらこそすみません。もっとわかりやすい場所で待ち合わせすればよかったですね。
あらいはまさん、あの、わたしすごいお腹がすきました!」

ホッとしたせいかお腹がすいてしまった。
じゃあ早く店に向かいましょうということで、我々は名古屋の街へと繰り出した。

いつかサイトのメンバーと鳥貴族に行くことを夢見ているわたしは、もし行き先が決まっていなければ、あらいはまさんに焼き鳥を食べに行くことを提案しようと思っていた。

「あの、あらいはまさんって苦手な食べ物はありますか?」

「肉っすね。」

鳥貴族の夢は秒速で散った。

「お肉苦手なんですね。。」

「魚は好きなんですけどね。」

「じゃあ魚食べましょう。」

「俺、ほとんど外で食べることがないから、店よく知らないんですよね。」

「あらいはまさん偏食ですか?」

「偏食ですね。パンばっかり食べてます。」

やはりあらいはまさんは偏食だった。

しばし歩いて、我々は魚が強調された看板の店へと入った。
小綺麗なカウンターに案内され、メニューを見た。

美味しそうな名前の料理が縦書きでずらりと並んでいるが、
偏食のあらいはまさんは何を食べるのはかよくわからない。
なので、
「わたし、この白海老のかき揚げが食べたいです!」と自分の食べたいものを1つだけ言って、あとはあらいはまさんに選んでもらった。

「えーっと。」

メニューをじっと眺めるあらいはまさんをわたしはじっと見ていた。

(あらいはまさん、何選ぶんだろう。)

あらいはまさんがお店の人にすみません、と声をかけ、
えっと?とわたしの方を見てきたので、

「生ビールと白海老のかき揚げ下さい。」

と自分の食べたいものを注文をした。

「えーっと、牡蠣のバターソテーと、カツオのサラダと、白魚の天ぷらください!」

え?似たような揚げ物を2種類?揚げ物好きなのかな。やっぱり偏食だな。

料理がくるまで、我々は雑談をしていた。
好きな漫画の話になったときに、わたしがここ最近1番笑った漫画、ポテチ光秀氏の話をした。

「ポテチさんの食べる前に死んじゃうマンガ、あれがすっごい好きで、こんな面白いマンガ一人で楽しんじゃだめだ!と思って不特定多数の10人にマンガを送ってあげたんですよ。そしたら5人にシカトされ、3人に人格を疑われ、2人は面白いけど不特定多数に送るあんたはどうかと思うと言われました。」

「えー!俺も!最近のポテチさんのマンガで泣きました!どうした!?ってマンガです。俺、なんでこんなに泣くほど面白いのかな?って思って面白さを言語化してみたんです!」

「ポテチさんのマンガの面白さを言語化?教えてほしい!!」

などとポテチ光秀氏について盛り上がっていると

「お待たせしました。」
といって店員さんが料理を運んできたのだった。

カウンターに、エビのかき揚げが置かれ、そのあと牡蠣のバターソテー、サラダ、 

「白魚の天ぷらは抹茶塩か、あちらにある岩塩でお召し上がりください。」

と店員さんは言って、白魚の天ぷらが最後に置かれた。すると、

「あれ!?なんか似たような食べ物が2つきましたね!!」

「.....。」

バカかよ....

偏食だから似たものを頼んでいたわけではなかったようだ。
山のように積み上がった白魚の天ぷら、海老のかき揚げは贅沢にも2つ並んで我々の前に鎮座していた。

賑やかになった机を囲んで我々は乾杯をした。あらいはまさんはオレンジジュースを飲んでいた。

「酒は乾杯程度しか飲まないんです。」

酒好きのわたしとは正反対で、彼はお酒が弱いのか、ほとんど飲まないらしい。

飲酒に関しては合わないが、心の同期あらいはまさんとは、ポテチの件といい、なかなか共通点があった。

まず素人の研究社(以下シロケン)の調査で使用しているカメラが全く同じものであった。
そして、同じうさぎ年であった。
そして、どちらもふかわりょうが好きであった。

「えー!わたしもふかわりょうが好きで、ロケットマンの10周年記念ライブに行きました!三宿のWebのロケットマンデラックスにもちょこちょこ行ってましたよ!」

「俺はロケットマンショー(ふかわりょうのラジオです。)をよく聞いてて、ハガキ職人をやってましたね。あの人がなんであんなに虐げられるのかよくわからない!」

「おおきちさんもロケットマンショーの熱心なリスナーだったらしいんです。俺、ラジオネーム教えてもらったんですよ。そしたら面白いからよく投稿を紹介されていた名前で!あの人おおきちさんだったのか!って思いました。
おおきちさんは本当に面白いけど、そういうところを見せないところがすごいですよね。」

あらいはまナイトでは、おおきちさんの素晴らしさを讃え名古屋からエールを送っておりました。届いていたでしょうか、おおきちさん!

「おおきちさんもリスナーだったんですか!あ、あらいはまさん、フニオチ鍋パーティー(ふかわりょう主催の鍋パーティー)は行きましたか?」

「行きました!俺2〜3回行きました!」

「わたしも行ってました!2012年くらいの会かな。もしかしたら、あらいはまさんも、おおきちさんも、同じフニオチで会っていたかもしれませんね。」

フニオチ仲間、ラジオリスナーと同期になり、後輩になった。そしてそんなふかわ育ちのふかわチルドレンは、zukkiniと名乗る男のサイトで活躍をしている。不思議だ。

「そうそう、今日あらいはまナイトをするってzukkiniさんに言ったら、あらいはまさんと挨拶したいなぁ。と言っていたのであらいはまナイトに誘いました。」

「zukkiniさん?!ほんと?小見出しについて聞いてみたいな。」
「ところでさ、zukkiniさんって何者なの?」

「え...。わかりません。」

「なんでさぁ、アメリカにいるの?」

「え...外資系の人なんじゃないですか?」

我々は、我が社の社長のことをよく知らない。よく知らない人の下で働いている。

「あらいはまさん、ところで小見出しって?」

「今度のシロケンの記事で小見出しを使いたいんだよね。シロケンってあんまり小見出しを使っているイメージがないから...zukkiniさんに小見出しについての意見を聞きたいな。」

なんかよくわからないけど、あらいはまさんの新しい記事が楽しみだなと思った。

そんなあらいはまさんの小見出し記事はこちらです→ http://shirouto-kenkyu.com/?p=1396

この時間だったら通話できる。という社長との約束の時刻がきたので、あらいはまナイトの目玉企画、

『アメリカからこんにちは、zukkini社長!』
のコーナーに移ることにし、わたしは電話をかけた。


プルルルル....

「もしもし?」

社長...?
当たり前だが、電話の向こうから男性の声がする。ドキドキする!わたしの社長のイメージは、
社長=目つきの悪い黒いうさぎ  だから!(ツイッターのアイコンの情報しか社長のイメージがないため。)


「社、社長ですか?」

「はい、そうです。」

「....今あらいはまさんに変わります。」

うさぎじゃないじゃないのー!男の声!イヤラシイ!!!緊張して足早に電話を変わった。

「もしもし!zukkiniさんですか!はじめまして。あの、小見出しについてなんですけど!」

あらいはまさんは、宣言通りがっつり小見出しについて語っているようであった。

小見出しについての見解を語り終わったようで、また電話がわたしに戻ってきた。

「社長、あの。。。えっと。」

「はい。」

「あの...」

「はい。」

「あの...わたしは、何も聞きたいことがありません!!」

「...はい。」

終了〜

わたしと社長との会話は以上で終了した。
次に、せっかくなのでスピーカーモードに切り替えて、3人で話してみることを試みた。

「もしもし!」

「.........。」

店内がザワザワしているせいか、社長の声は何も聞こえない。

「も.....し..」

いや、微かに聞こえる。

我々は机にへばりつき、初めて携帯をみた人類のように社長の声のする方へと耳を傾けては、おーい!おーい!と微かに聞こえる声の方へと呼びかけた。
しかし、スピーカーモードでは全くコミニュケーションがとれず、3人の通話はおーい!の呼びかけで終了した。

「社長、3人で喋るのは限界があるようでした。やっぱり直接お会いして話さないと。ということで早く日本に帰ってきてくださいね!」

こうして目玉企画

『アメリカからこんにちは、zukkini社長!』のコーナーは幕を閉じた。

社長、お忙しい中ありがとうございました。

目玉企画が終了したあと、我々は店を出ることにした。

もう一軒いきましょうか。ということで、名古屋の街を再び歩き出した。

「俺、いい物もってるんですよ!」

そういって取り出したのはたまごっちくらいの大きさのハンディGPSだった。

「これすごく良いですよ!歩いた経路に線が出るんですよ!シロケンの調査をする時にも何度も同じ道を通らなくて済むから便利ですよ!」

「(住んでいる町で同じ道を何回も通ることある?)へぇ!そうですか!」

「しかもこれ、通ったあとの線で鳥の絵とかかけるんですよ!」

「へぇ。鳥の絵。すごーい」

熱心にGPSのことを語るあらいはまさんの横で、わたしは名古屋の夜さみーな、と思っていた。

(すごい寒い...あらいはまさん早くどっか入ってくれないかな。)

「あらいはまさん、わたしコンビニのイートインスペースでもいいですよ?」

「流石にイートインスペースは案内できません!」

じゃあさっさとどっかに入ってくれよと思いながら、あらいはまさんの後をついて歩いた。

「あらいはまさん、わたし、お酒じゃなくてあったかいココアでもいいかも!」

選択肢を広げて早くどこかに入ってもらえるようにした。

しばらく歩いて名古屋駅前に到着した。名古屋駅前では、口からゲロのでたサラリーマンのおっさんにあらいはまさんが突撃されそうになったりしていた。

「今の人見ました?ゲロでてましたよね。やばいっすね。やっぱ人が1番面白いですよね〜人の調査が1番やりたいな。」

あらいはまさんは楽しそうだったが、わたしはずっと寒いからどっか入ってくれと思っていた。

5分後。

我々はまだ外を歩いていた。あらいはまさんはGPSを見ている。一体どこに向かっているのか。

「あらいはまさん、言っていいですか?わたし寒い。」

「そうですよね!今日は寒いっすよね。」

一刻もはやくどこかへ入ってくれ。

数分後。

さっき入った店の前に到着した。

「!!!?!!」

わたしは大変驚いた。

あらいはまさん、GPS見てたよな。

え?もしかして鳥の絵描いてた?

「あらいはまさん、これ、さっき入った店。」

「わ!ほんとですね!」

犬の....チーズケーキめ

「じゃあ、今度はあっち行ってみましょう!」

ずっと見ているそのGPSよこせと思いながらも、わたしは引き続きあらいはまさんについて行った。誰にでも従順、それがわたしである。

数分歩くと、小料理屋がでてきた。

「ここでいいですか?」

「いいです、いいです!」

寒さでカタカタ震えるわたしとあらいはまさんは小料理屋へと入った。午後の11:00くらいだったと思う。

(寒い...お湯割りを頼もう。)

「わたし、麦のお湯割りにします。」

「そういえば、俺今日乾杯してなかったですね。カシスウーロンにしようかな。」

「え?あらいはまさん、ソフトドリンクでもいいですよ?お酒弱いんですよね?」

「いや、本当は飲めるんですよ。むしろ強いと思います。俺、飲みすぎると、

死にたくなっちゃうんですよ!」


「!!!?!!」

「飲むなーーーーーーーー!」

わたしは叫んだ。

「あらいはまさん、やめて。や、め、て!」

「カシスウーロンなんて、飲んだうちに入らないですよ〜。」

いよいよもって、こいつ大丈夫かよ?と心配し始めるわたしの横で、あらいはまさんはニコニコしていた。
今日初めて出会ってから、あらいはまさんはずっと穏やかな笑顔である。


しばらくすると、早くわたしを温めてほしい麦のお湯割りと、心配でたまらないカシスウーロンがテーブルに置かれた。

そして我々は乾杯をした。

「あの。」

と言ってあらいはまさんがポケットから小さく畳まれた紙を取り出して、机の上に広げた。
A4サイズの3分の2くらいまで、なにやらびっしり書かれている。

「話すことなくなっちゃうかもしれないな。と思って、小話を用意してきました。」

.....?

よく見ると、
藤子不二雄を知らない親戚   小松菜奈の全クリ   カーブミラーを見ていた所ジョージ
等タイトルが羅列されていた。たぶん、50はタイトルがあった。


「!!!?!!」


わたしは状況を理解した。


あらいはまナイトはまだ始まっていなかったのだ。


あらいはまナイトは...これからだ!!


「あらいはまさん、紙、貸してください。」

はい。と手渡されたネタの詰まった用紙をみた。

「.....あの、このポテチ光秀って?」

「あ、これさっき話しましたね。貸してください。」

と言ってわたしから紙を奪い、

あらいはまさんはポテチ光秀の字にボールペンで二重線を引いた。

(あ.....!わたしあらいはまさんが考えてきたポテチネタ、喋っちゃったんだ...)

そしてまた「はい。」とネタ帳がわたしの手元に戻ってきた。
二重線を引かれてしまったポテチ光秀に、わたしはごめん。と謝った。

それから、まずわたしが気になるタイトルを指差して

「あらいはまさん、これ!」

「あらいはまさん、次はこれ!」

と、ランダムに小話を聞かせてもらった。

話の長さは小話によって様々で、

小松菜奈の全クリの話は

小松菜奈は海外でも活躍してるし、可愛いし、演技もできるし、モデルもやってるし、世の中全クリしてるなって思った。」

で終了した。

え?それで?みたいな話からハハハっと笑える話まで、小話はバラエティーに富んでいた。

最初はランダム指差し方式で話が進んでいたのだが、

そのうちわたしが(飽きてきて)

「最近、わたしオモコロに時々でてくる大喜利に挑戦してるんですよ!」

とあらいはまナイトの進行を妨害し始めたので、あらいはまさんからネタ帳を取り上げられてしまった。

ちなみにこの時にあらいはまさんが、

大喜利にはコツがあるんだよ。」

大喜利のコツを教えてくれたのだが、
マジでなにを言っていたのかわからなかったので割愛したい。

取り上げられたネタ帳は、あらいはまさんが、頭から順にネタを読み上げるしらみつぶし方式に変わり、

わたしは、うん、うん、と聞いていた。

午前の12:30

ネタはまだ半分は残っており、

あらいはまさんの小話は続いていた。

(これ、全部話すまで帰れません。的なかんじなの?)


話していた小話が終わって、じゃあ次の話。と、話を続けようとするあらいはまさんを見つめて、わたしは呼びかけた。


「あらいはまさん.....。

帰ろう。」

あらいはまさんは穏やかに笑って、A4サイズの紙を畳んでポケットにしまった。

こうして、

〜あらいはまナイト2018 スペシャルゲスト zukkini〜     (主催さとみこんこん)

のイベントは終了した。

わたしはあらいはまナイトの終盤で栄に沈められることもなく、楽しかったあの日を今こうしてブログに綴っている。



✳︎✳︎✳︎

最後にこの場を借りてメッセージを送りたい。

まず、おおきちさん!

おおきちさん、はじめましてハイエナズクラブ後輩のさとみこんこんです。先日はおおきちナイトニッポンナイト行けなくてとても残念でした。また次回を楽しみにしています!

あらいはまナイトのこの日、あらいはまさんがおおきちさんのはてなブログのフォローを実はしていないと言ってました。
本当はしたいけど、「読者になりました」の通知がいって、こいつ俺のことフォローしてなかったの?と思われたくないからフォローができないと悩んでました。
なので、「わたしがおおきちさんに言ってあげるから!」と心の同期と約束したので、この場を借りて言わせていただきました!
あらいはまさん、そのうちおおきちさんの読者になると思いますが、どうぞお気を悪くされないでください。というか、見てますか?最後までこのブログ読んでくれましたかね?10000字のこのブログ読んでくれましたか?今後ともよろしくお願いします。




あらいはまさん!

先日はありがとうございました。楽しかったです!
今年のフニオチ鍋パーティーは、是非参加しましょう。

あと、最後に1つ教えてほしいことがあります。

大喜利のコツ、わかるようにもう一回説明していただけますか?





zukkini社長!

先日はありがとうございました!


社長....


あの....



特に話したいことはありません。